第18話 好機
そこで
甚右衛門は俺に、二人を紹介してくれたのだが、
「私の妻と子だ。
と、途中で言葉に
俺は簡単に自己紹介した。
「
もはや、
甚右衛門の
「怪我人の手当てで、力になってくれたと聞きました。感謝してます。出来るものなら、私も手伝いに行きたかったんだけど」
幼い子を放り出して、というわけにもいかなかったのだろう。彼女の
俺は「
「もしも、怪我をした方が高熱を出すことがあれば、この薬を飲ませてください。そして、こちらの薬は……」
と、一つ一つ説明していくと、二人とも真剣な顔で耳を
怪我をした後に起こり得る症状は、ある程度想定できる。それに対処するための薬や方法を伝えておけば、俺もいくらか気が楽になる。
本当は、しばらく俺がこの里に留まって、何かあった時にすぐに対応するのが一番いい。
だがそれは、「この里に泊めてくれ」と要求するも同然だ。そこまでは望めない。こういった
一通り説明が終わると、奥方は
「あり合わせの薬をかき集めて、ここまで対策を
「え? はい。そうですが」
「そういうこともあるのね。私は、
奥方の
医者もいろいろですので……と答えるだけでもよかったのだが、俺はなぜか、
「私は……まだ修行中と言えば修行中ですので。供人を引き連れて旅をするような身の上ではないのです」
と答えていた。
それを聞いて甚右衛門は、
「そう言えば、都へ行くために、その道を確認しにうちへ寄ったのだったな。修行中に都へとなると、
と、俺の事情を推測した。
そんなところです、と答えて済ますことも出来たのだが、
「実は、師匠のもとを……正確には実家を、飛び出してきたので。都へは、新たな
と、本当のことをぽろりと口にしていた。
なぜなのか、自分でもはっきりとは分からない。
これまで誰にも、何も打ち明けず、自分の中に留めるばかりだったから、少しばかり疲れていたのかもしれない。
後ろ暗いことをしているわけでもないのに、いちいち
おそらく、行きずりの、
甚右衛門は
「それはまた……。医者の家の子だったのか。
「
俺がそう断言すると、奥方は明るい声で、
「医者を
「ええ。だからこそ私も、都へ行こうと考えたのです。……もっとも、いずれは、医者そのものがいないような土地で人を診たいので、ずっと都に留まる気はありませんが」
「え?」
甚右衛門も奥方も、きょとんとしている。
俺は
「これまで、
上等な衣食住も、人からの評価も、東国にいた頃に充分に得た。それらへの欲求は昔から薄かったが、今はさらに薄まり、もはや俺を動かす要因にはならない。
二人とも、俺の話をじっと聞いている。
どうせもうすぐ別れて、あとは会わない相手とはいえ、さすがにちょっとしゃべり過ぎたか、と
甚右衛門が、ちょっとためらいつつも切り出した。
「それなら……どうせなら、この
俺のほうが驚かされた。
思いがけない提案に返答できずにいると、甚右衛門は
「いや、無理にとは言わん。都会のほうがいろいろと便利だし、仕事もしやすいだろうし……何より、そっちのほうが安定した稼ぎが得られるだろうしな。ただ、軽谷に医者はいないし、医者に診てもらったこと自体がない者も大勢いる」
奥方も、顔を輝かせて、
「ここで医者をやってくれるのなら、出来る限りあなたを支えるわ。里のみんなも、きっとあなたを
と、俺を
この
迷いはまったく起きなかった。むしろ、手を伸ばしてつかまなければ、逃げてしまう――そんな
俺はあれこれ考える前に、何かに突き動かされるように、
「私で構わないのなら……ぜひとも、ここでやらせてください!」
と頼んで、頭を下げていた。
甚右衛門はそれを制して、
「いやいや、頭を下げるのはこちらのほうだ。この里にも医者がいたら……という話は、前々から
「そんな。元より私は、礼などわずかも期待してはおりませんでしたから」
俺が本心からそう伝えると、奥方は、
「話は決まったわね。じゃあ
と、どこか
こうして俺の、「燎玄」としての第一歩が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます