第15話 決別
年が改まって、俺が十八になると、俺の行動に対する父親の目は再び
「裏手」へ行くのも、他流派から学ぼうとするのも、監視されて口うるさく
俺の医術の
もっとも、気づいているのは俺だけで、父親自身は今も俺を「未熟者」「
だから、いくら話しても平行線で、分かりあえる日など来そうもない。
七見家に留まったまま、父親が認める
そして同時に、縁組の話がひそやかに進んでいることもまた、決断せよと俺を
父親の目が厳しくなったのも、おそらく縁組と無関係ではないのだろう。
母親は母親で、時折、俺の将来や、さらに
ここまで来ると、
どうするか――医者の仕事をこなしながら、考え続けた。
俺がこのまま七見家にいたところで、誰にとっても、いいことなどない。
両親には跡取り
早い段階であきらめさせて、方針を転換してもらったほうが――と、思いはするのだが。
七見家を離れてしまえば、
そうして。ようやく、いくらか冬の寒さがやわらいできた、ある日。
いや、顔を合わせる機会自体は何度かあったのだ。あったが
館に泊まっていくことが出来ない分、せめて、お会いして二人で過ごす時間ぐらいは、こまめに確保したいところだが。それすらままならないのが、もどかしい。
俺は浮き立つ気持ちを
その途中で――。
「あ!」
という声とともに、何かが倒れるような音がした。
庭のほうだ。そう思って庭を見ると、子供が地面に倒れていた。
十二、三歳ぐらいの少年だった。身なりからして、この館の下働きだろう。
そばには
「どこか、
そうたずねてみると、少年は
「いえ、大丈夫です」
と返事をした。
実際、血が出ているような
俺は苦笑しつつ、
「無理して一度に運ぼうとするより、二回に分けたほうが確実だし、かえって早い。次からはそうしたらいい」
「……はい」
「見かけない顔だな? 最近、ここで働くようになったのか?」
「はい。父がこの館で
俺は
「名前は?」
「
「そうか。私は
と伝えた。
兵衛尉様との短い
「あ」
去り
俺は瞬時に方向転換して、廊下を引き返した。
こんな
とにもかくにも、この
とはいえ、兵衛尉様はどこから耳にされたのか、
「また
と、うんざりした顔でおっしゃっていた。
次の逢瀬が先に延びると分かったら、いっそう不満を
それでも――お分かりいただくしかない。
兵衛尉様がいらっしゃる部屋が近づくにつれ、何やら、声が聞こえてきた。
部屋に誰かをお呼びになって、話していらっしゃるんだろうか。相手によっては、お邪魔するわけにもいかないが――。
誰とお話しになっているのか知りたくて、足を止めて会話の内容を聞き取ろうとしていると、
「父親に
という、兵衛尉様の声がした。
何か、とてつもなく
俺はそっと部屋の前まで行き、耳を
兵衛尉様は、
「そなたは、身分こそ
「あ、あの……あ、わ、私は……」
この声は――ほんの少し前にも、よく似た声を聞いた。
仙吉だ。
「そなたはもう、あのような
「いえ、あの……そ、その……」
「ん? まさか、私と鷹一郎のことを知っていて、それを気にしておるのか? ならば心配無用。鷹一郎は、見目はともかく、もう
なめてるのか、こいつは。
完全に迷いが吹き飛んだ俺は、すっと部屋の
部屋の中では兵衛尉様が、仙吉を抱きかかえるようにして膝の上に乗せて、顔を近寄せていた。
兵衛尉様は俺を見た
俺は、にこやかに微笑みながら、
「用事を思い出したので、戻ってまいりました」
と、言ってやった。
仙吉は、すがるような目でこちらを見ている。俺は顔を廊下に向かって小さく振り、
「大丈夫だ。行け」
と
仙吉は足をもつれさせながらも、
俺は兵衛尉様をしっかりと
兵衛尉様はと言えば、気が動転しているのか、あるいは単に
逢瀬のために人払いがされているのだろう。他に人の気配がない。
それでも声をあげれば人が駆けつけてくるのだろうが、今の兵衛尉様は、その声も出ないようだ。
俺は部屋の
刀掛けから、
「
と、聞いてみた。
返事はない。
構わずに俺は、
「海の向こうの国じゃ、
と語ると、手の中の刀を兵衛尉様の眼前に突き付け、
「これ、悪い奴を切るもんですよね?」
と確認した。
そして、返事も待たずにすらりと刀を鞘から抜き、
「切っちゃいましょう」
と宣告してやった。
兵衛尉様の顔は恐怖で引きつっているが、知ったことではない。
俺は刀を振り上げ――突き立てた。
兵衛尉様は失神し、そのまま後ろに倒れてしまった。
刀は、股間の手前の床に真っすぐに突き立っている。
「やってられん」
俺は兵衛尉様に背を向け、館を後にした。
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