第8話 狭量
のみならず、思いも寄らない展開に
俺は胸をなでおろし、お礼を申し上げた。
「助かりました、伊戸崎様」
「礼には
伊戸崎様は、過去に俺に言い寄ってきた方の一人だ。その中でも、最も誠実で、道義を重んじられる方だと思ったから選んだのだが、正解だった。
こんなことにご助力いただくのは、さすがに申し訳なくて、ためらいもあったが、背に腹は代えられない。状況のあらましをお伝えし、「庭の
伊戸崎様は豊九郎殿に視線をやりながら、
「しかし……この者は、武士は一方の言い分だけ聞いて物事を
「両者の言い分を
俺が伊戸崎様にそうお伝えするのを聞いて、豊九郎殿はぎょっとしている。ようやく、自分がどんな計略にかけられたのかが分かったのだろう。
伊戸崎様は大きく息をつき、
「さて……この者をどうするか。
とおっしゃった。豊九郎殿は顔を
俺は小さく苦笑しつつ、そっと申し上げた。
「それなのですが……出来れば、
「……
「ええ。あの父のことですから。発覚すればかえって、私の行動まであれこれと制約し始めるのではないかと思うと……」
「確かにな……」
伊戸崎様は深く
俺は豊九郎殿の前に進み出て、
「まさかこの
と、
豊九郎殿は、口を動かして何か言いかけたが、結局、唇を
俺は真っすぐに豊九郎殿を
「命が
豊九郎殿はじっと聞いていたが、やがて、こくりとうなずいた。
伊戸崎様は、どこか物足りなさそうに、
「本当に、それだけでよいのか? もっと
「よいのです。二度と私の前に現れないでくれさえすれば。痛めつけたり殺したりしたところで、こちらの手が汚れるだけです」
「ずいぶん
「いえ。私の心は
怒りや
ただ――どれほど罰しても、それですべてが解消されることなどあり得ないのも、
そして、気持ちの解消に
割に合わないから、やらない――それだけだ。
伊戸崎様は、豊九郎殿を
「では今から、この者が荷物をまとめて鷲之江から出ていくまで、私がしっかり見届けよう。長屋暮らしなら、持っている物もそう多くないはず。大して時間もかからんだろう……ああ、それだけでなく、柊斎殿の一門を抜ける
「伊戸崎様にそこまでしていただいては、申し訳のうございます。あとは私が」
「これぐらいせんと、私の気が済まん。それに、甘く考えてそなたの身に万一のことがあっては、
「……かたじけのうございます。伊戸崎様のお心を
感謝と詫びの入り混じった俺の言葉に、伊戸崎様は軽く顔をそらし、
「
とだけおっしゃった。
他人を
だがそんなものは、どうでもよかった。
手段にこだわって目的が
流派を守ることにとらわれて、目の前の病人を治せなければ、いったい何のための医術なのか。
一部の裕福な人間だけ
俺が本当になすべきことのためなら――他はどうだっていい。
豊九郎殿を連れて、伊戸崎様が去っていかれた。
それを見送り終わると――俺は思わず、大きく息をついた。
疲労と
もう大丈夫だ。あんな目にあったりしない。しっかりしろ――
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