第7話 逆襲
それから三日たっても、五日たっても、
六日目には、他の
「ここ数日どうも、めまいがしてな。疲れてるのかもしれん。治ったらちゃんと顔を出すから」
と答えたらしい。
加えて豊九郎殿は、
様子を見に行った兄弟子は、「何日も連絡すらしてないから、師匠が怒ってるんじゃないかと心配だったんだろう」と
あの後。俺はずっと、豊九郎殿がどう行動するかに神経をすり減らしながら、外に出かけるのも最小限にして暮らしていた。ひょっとしたら
どうやら、
むしろ、
俺が父親に被害を
それほど恐れていながら、長屋を引き払って逃げようとはしないところからすると、俺が父親に言い付けさえしなければ、のうのうとやって来て、何食わぬ顔で医術の修行を続けるつもりに違いない。
俺の胸の奥から不安や迷いが消え、代わりに、腹立たしさが静かに炎をあげた。
なめられたものだ。
おそらく豊九郎殿は、あと二、三日もすれば、うちに来るだろう。
さて――どう
豊九郎もようやく体調が回復して、また修行を再開する――そうあらかじめ聞かされていたので、豊九郎殿が復帰する当日、俺は自宅の前庭で、植え込みの
やがて豊九郎殿は、どこか
いかにも
豊九郎殿は話している間も落ち着きなく、あちらこちらへ視線を走らせていた。まるで、何か異変がないか
出迎えも終わり、みんなでぞろぞろと中に入ろうとしていた――その時。
「豊九郎殿」
と呼びかけながら、俺は前庭に姿を現した。
豊九郎殿は不意打ちでも食らったように、目を見開いている。まさか、俺のほうから声をかけるとは思わなかったのだろう。
豊九郎殿の
俺は他の兄弟子たちに、
「私はちょっと、豊九郎殿と話したいことがあるので。みなさんはお先に行っていてください」
と伝えると、
兄弟子たちは疑う様子もなく、家の中へ入っていく。
豊九郎殿は何をするでもなく、突っ立っている。俺の
俺は豊九郎殿を
「
豊九郎殿の表情が
俺はさらに、
「洗う前の
あのとき振り下ろした硯は、豊九郎殿の後頭部だけでなく、肩もかすめた。そして実際、衣の肩の部分が黒くなっているのがちらりと見えた。
豊九郎殿は目を泳がせたが、それはほんの一瞬で、すぐに余裕のある
「何を言ってるんだ? 墨がいったい、俺とどう関係があるんだ?」
「墨がついた衣を、まだお持ちのようですね。すでに処分していらっしゃったら、もっと平然としているでしょうから」
「だから、いったい何のことなんだ? 俺が墨のついた衣を持っていたら、何かの
しらを切ることにしたのか。仮に俺が父親に訴えても、「言いがかりだ」と反論する腹づもりなのだろう。
確かに、衣に墨がついていたからといって、それが俺を襲った
別の原因で汚れたのに、俺が言いがかりをつけて豊九郎殿を
それだけでなく、もしかすると豊九郎殿は、俺と父親との関係が良好とは言えないことに気づいているのかもしれない。その辺りも計算の上で、こんな
すんなり認めるとは期待してなかったが――やはり、こちらも手段など選んでいられないようだ。
「豊九郎殿は、私が誰に訴えると思っていらっしゃるのですか?」
俺がそう問いかけると、豊九郎殿は
俺はあえて、
「師匠に訴えられたらどうしよう――おそらくあなたは、そればかり考えて身を
「誰に訴える気なんだ?」
内心でうろたえているのが
「私は
「師澤家」の名に、豊九郎殿がはっとした。
明らかにおどおどしながら、
「まさか……」
と言ったきり言葉の続かない豊九郎殿に、俺は事実を教えた。
「みなさん、私を信頼してくださってます。どなたに訴えても、私をお疑いにはならないでしょう――豊九郎殿は、師澤家での私の評判を、いささか軽く見ておられたようですが」
「そっ……そればかりは、
「
「いや、あの、それは……」
「
俺から次々と現実を突きつけられて、勢いをなくしていた豊九郎殿が、不意に
「覚悟なら……あった」
「え?」
「おまえを俺のものにして、俺の手で殺して……そしたら、俺も死ぬ気だったんだ!」
それは、体の奥底に抱え込まれていたものが
少しも自分を取り
俺は、背筋がひやりとした。
襲われた時、「俺は殺されるのだ」と、なぜかそう思ったが――その予感は、間違っていなかったのだ。
みぞおちを
もしも、
もしも、
もしも、他の人間が音に気づいてくれなかったら――。
想像すると、今さらながら
こちらが圧倒されて口ごもっていると、豊九郎殿は何かに取り
「もう少しで、すべてが
と
あと数歩で短刀が俺まで届く、という距離に豊九郎殿が
「そこまでだ!」
と、
師澤家の家臣の、
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