第6話 蹂躙
俺は母親に聞いてみた。
「私の父親は誰なのですか?」
あえて感情は込めずに聞いたが――そのせいかどうかは分からないが、母親は少しも
「あなたは私の子。それで充分です」
とだけ答えた。
どういう意味なのか、聞こうか迷った。
だが結局、俺はそこで話を終わらせた。
聞いたところで、大した意味などないのだろう。
その後も俺は、父親の目を盗んで「裏手」に足を運んだ。
そしてまた、医術を教えてもらえないかと他流派にかけ合ってみたこともある――たいてい、断られたが。
すでに
父親は、はたして気づいていないのか。それとも、気づいていながら何も言わないのか。俺には分からない。
ただ――俺を七見家の後継者候補から
それどころか、以前よりもさらに熱心に、父親が俺に医術を仕込もうとすることもあった。
父親の中では、いまだに大きく気持ちが
俺もそのことに対して、何も言わず、何も聞かなかった。
そうやって、こつこつと
俺は自宅で、病人を
さほど広くないものの、
学ぶのも武家の方々を診るのも
それでも、やめようという気は起きない。「裏手」に行っているほうが、心の奥深い所が満たされるのだ。
自分は、このために生きている――そんな充足感が、俺を突き動かしていた。
とはいえ、さすがに疲労が
医者の
体を伸ばすと、余分な力が抜けて、
ちょっとだけ
視界から
そうして、どれぐらいの時間がたったか。
何かが体に
最初は夢かと思った。
いや、何か……おかしい。これは、夢……ではない!
胸の内に急速に危機感が広がり、俺は目を覚ました。
その
「!」
みぞおちの辺りに、
……
意識がぐらぐらと揺らぐ。体全体がぼんやりとして、自分が
だが、すぐ目の前に人がいるのは、分かった。
その人物は、俺の上に
胸の上を、何か
俺は……殺されるのだ。
なぜだか分からないが、強くそう思った。
体をまさぐっていた人物は、やがて俺の
このままでは、
好きにさせてはいけない――動かなければ。
俺は一心に念じた。体のどこでもいい。動け、動け、と。
動いてくれと必死に力を込めた――その時。
右腕は、そばにあった文机に勢いよく当たり――大きく揺れた文机から何かが、がしゃんと落ちた。
俺は右腕に意識のすべてを集中し、硯をつかんだ。
しっかりとつかんだ硯を持ち上げ、目の前の人物の後頭部に――振り下ろした。
「っが!」
強打された人物は、悲鳴を上げるとともに身をのけぞらせた。苦しげにうめきつつ、後頭部を押さえている。
俺はこの
硯に
硯滴は一瞬のうちに
打ちつけられた床が、がんがんと音を立てる。破片はさらに細かく砕けた。
父親は出かけていて
硯で打ち
がらんとした部屋に残された俺は、ゆっくりと起き上がり、はっとした。
自分の体を見下ろすと、胸どころか、肩のあたりまで肌があらわになっていて、
俺は人が来る前にと、乱れた衣を
まさか、
襲ってきたのは、
豊九郎殿は、しばらく前から俺にしつこく言い寄ってきていた。すでに
もちろん俺は、言い寄られるたびに断った。その時はっきりと、兵衛尉様の存在を伝えればよかっただろうか。
しかし、武家の方々ならまだしも、兄弟子に教えるのは、やはり不安が強い。聞いた豊九郎殿がどう動くか、どうにも予想がつかないからだ。
まかり間違って、兵衛尉様とのことが父親に伝わったら……と思うと、話す気になれなかった。
せめて、俺が何人もの武家の方々から言い寄られていることだけでも、話しておけばよかったか――そう
俺が自分の衣を整え終わるのと同時に、ばたばたと数人が書斎にやって来た。豊九郎殿とは別の兄弟子と、家の雑用をまかされている男だった。
「どうした? 何か、
とたずねられた俺は、平静を
「どこから迷い込んだのか、急に猫が入り込んできたんです。そこらじゅうを暴れまわって、おかげで硯滴や硯まで引っくり返されて……。結局もう、どこかへ行ってしまいましたが。お
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