第4話 裏
十六になる頃には、俺は貧民たちが集住している地域へ、たびたび足を運ぶようになった。
どんな暮らしをしているかで、
もっと病について深く知りたい。それには、この世の
大きな商家や職人の工房が建ち並ぶ、
貧しい者が多いのは確かだが、まともとは言えない仕事で、それなりに
薬や道具の入った
見かける人々は、着ている物も顔つきも、俺の家の近辺で見かける人間とは違う。薄汚れた
かと思えば、数人が集まり、何が楽しいのか、けたたましい笑い声をあげている者たちもいる。
ここでは、俺のような人間は完全に
もう少しで目的地という所で、俺に声をかけてくる者がいた。
「あんた、また来たの?」
振り返ると、俺と同じ年頃の女が立っていた。
目に焼き付くような鮮やかな染めの衣を、しどけなく
また来たのかと言いたいのはこちらだ、と思いつつ、俺はその女に、
「必要だから来てるんだ。そっちこそ、何か用でもあるのか?
「用なんてないけど、あんたは変わってるから」
「
「いくらあんたがそう思ってても、自然と
蓮華の言葉に、幼い頃の
父親と
父親が知り合いと話し込んでしまったので、早く家に戻って書物を読みたかった俺は、一人で先に帰ることにした。
家まではあと少しだ。平気だろうと思ったのだが――
俺は立ち止まることも振り返ることもせず、そ知らぬ振りで歩き続け、さり
そして曲がった瞬間、
必死に走り、民家の裏を通りがかった時に、その家の裏庭に続く
すると簡単に開いたので、そこから中に入り込み、
「どっちに行ったんだ?」
「分からねえ。しくじったようだな……」
「あんな
と、
じきに、男たちはどこかへ行ってしまった。
心臓が
俺は過去を頭の
「さすがに、ここまで体が大きくなると、さらおうと考える奴は減る。それに、あらかじめ
「え? 権八に?」
「俺を見かけたら何か良からぬことをしそうな人間には、すでに権八殿が言い
「ふうん、そっか。さすが権八。あれには誰も勝てないか。権八に堂々と話を通したあんたも、なかなかのもんだけど」
権八というのは、この辺り一帯を取り
決して
俺は蓮華と別れ、五日前に診た病人の所に向かった。
まさに
「この間の医者です。いますか?」
と声をかけてみると、
「生きてるよ」
という返答があった。
そっと薦をめくって中に入ると、さして広くもない屋内の真ん中に、髪がぼさぼさで
屋内と言っても、板張りの床はない。
年齢はよく分からないが、四十ぐらいだろうか。顔を見ただけでも、やつれているのが分かった。
「本当にまた来るとはな……」
と言いながら、半身を起こそうとした。俺はそれを手で制し、出来るだけ
「楽にしていてください。こういう時は、体に
「いや。薬が
「それはよかった。確かに、前とは違って声にも力があります」
「……あの頃は、このまま死ぬんだとばかり思ってた」
俺が勘太のかたわらに座り、薬籠を脇に置くと、背後から声をかけてくる者がいた。
「そいつは薬代なんか
振り返ると、権八が立っていた。
まだ三十をいくつか過ぎたぐらいと
他の住人に比べると整った身なりではあるものの、背には
後ろには
俺はきっぱりと、
「医術の
「後ろめたい、と? ここの奴らにとっては医者も薬も
「それは、文句を言わせない圧力にもなりかねません」
「は?」
「本来なら必要な薬代を、払っていない……そういう立場だと、不満があっても口にしにくくなります。内心でどう思っていても、ありがたがらなければいけない――そんな
仕方なく、医術の
しばし、権八はぽかんとしていたが、やがて快活に笑い、
「やっぱり、変わった奴だな。
と
それから、病の
「どうだ? 医者に診てもらった感想は」
「……金のある奴は、病になった時もこんなことをしてもらえるんだと分かっただけで、
「そうか。そりゃよかったな」
「……今、この病が治ったところで、どうせそう長く生きられねえだろうけどな。俺ですら、ここの住人の中では長命な部類だから」
あきらめを多分に
俺は、ろくに
「薬だけでは限界があります。もっと
権八は、すっと
「そりゃ、そういう養生が出来るぐらい本人が稼ぐか、
と言い切り、「じゃあな」と小屋を後にした。
俺は
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