葬式の度に喪服を買い換えている女の話

星来 香文子

ありがとう、し●むら

 先月のことである。

 入院していた祖母が亡くなった。

 それは本当に突然で、あまりにも早かった。

 余命半年だと言われていたのに、二ヶ月もせずに祖母は逝ってしまった。

 医者から本人に癌であることが告げられてから、一気に祖母は体調を崩したのである。

 誰よりも元気で、足は悪かったけれど、それ以外は健康そのものだった。

 どこくらい健康かというと、何年か前に骨折して病院にかかった時に検査したが、怪我をしたところ以外全く異常なし。

 あまりに健康すぎるため、看護師さんが驚いていたくらいである。(普通のお年寄りなら、糖尿病だとか高血圧だとか、どこか悪くて薬を服用していることが多いんだとか)

 それから数年、耳も遠くなってないし、認知症にもなっていない。

 一番高齢なのに、家族の誰よりもしっかりしていた祖母が、本当にもう突然逝ってしまった。


 一方、病気のためしばらく外に出ていなかった私は、薬の副作用(だと思いたい)と怠惰なほぼ引きこもり生活のせいで、むしろ祖母より元気がなかった。

 そして、人生で一番のわがままボディになっていた。

 急なお葬式、しかも遺族側なので出席をパスすることはできない。

 何より、祖母には情けない姿しか見せて来れなかった。

 なので、せめて祖母の葬式だけはきちんとやり遂げようと決意したのである。


 しかし、このわがままボディ。

 数年前に買った喪服が入らない。

 いや、入らないことはない。

 ギリギリ入る。

 しかし、ピッチピチで座れない。

 これはやばい。

 本当にやばい。

 今からダイエットなんてできやしない。

 無理だ。

 新しい喪服を買うしかない。


 そして、思えばこのピッチピチの喪服も、前の喪服がピッチピチで着れなくなったので大きめなのを買い換えたやつだ。

 それは確か、叔母の葬儀の時だ。

 気づけば私は、葬儀の度に喪服を買い換える女になっていた。


 しかし、このわがままボディが入るサイズの喪服なんて、どこで買えばいいのか。

 ちょっとネットで調べてみると、我らがし●むらならば大きいサイズも売っている可能性があるとのことだった。

 喪服を着なくてはならない通夜まで時間があるので、私は翌朝いつもより早起きしてし●むらへ向かった。

 何、ど田舎ではあるが市内にしまむらは何店舗もある。


 そして、ありがたいことにワンサイズ上の喪服を発見!!

 やった!!っと、早速試着てみると、これもちょっときつい……


 季節は夏。

 こんなピッチピチの喪服では、暑くて死んでしまう。

 もっと大きなサイズを……と、店内を探し回った結果、黒いワンピースを見つけた。

 これだ!!

 この大きさならこのわがままボディでも入るはず。

 形が2種類ある。

 胸の下お腹の上あたりにゴムが入っていて絞られているやつと、ストンとしたタイプのものだ。


 もう諦めるべきだったのに、私はなんとまぁ、ちょっとでも痩せて見えるようにゴム入りの方を最初に試着。

 苦しい。

 着れはしたけど、脱げない。

 ちくしょうめぇぇい!!


 一人で試着室の中で格闘し、なんとか脱いでもう一枚の方を着てみる。

 表記は同じサイズなのに、ストンとしてる方はすんなり入った。

 むしろ余裕があるくらいである。

 君に決めた!!喪服ゲットだぜ!!と、心の中で叫び、すぐに会計を済ませて店を出てふと思う。


 び、美容室に行こう。


 恥ずかしながら、ほぼ引きこもり状態だったので美容室にもろくに通っていなかったのである。

 試着室で思ったのだ。

 立派な喪服をゲットしたものの、この頭では何を着ても似合わないと。


 私はひどいくせ毛なので、つねに長い髪を一本に束ねていたのだが、それ以前の問題だと思った。

 このままいったら、通夜に来た普段会わない遠い親戚のおばさまたちに、あの子やばいと思われる。

 勇気を出してし●むらのすぐ隣にあった美容室に駆け込んだ。

 髪を綺麗にカットし、とりあえずこのわがままボディ以外は普通の人間になった気がした。

 私は亡くなった祖母に似ているとよく言われる。

 とくに上半身に肉がつきやすいところが。(今は上にも下にも肉がついているけれど)


 納棺の時に祖母の顔に化粧をした。

 自分の化粧もしばらくまともにしていなかったのに(嬉しいマスク生活)、大役を任されてしまったけれど、イラストを描く時の要領で頬と顎先に少し濃くチークを塗ると、祖母はただ眠っているだけのように見えた。

 今すぐにでも目を覚まして、いつものように私にお菓子を食べなさいって持って来てくれそうだった。


 祖母がいつもくれるお菓子(仏壇から下ろしたもの)でわがままボディに拍車はかかっていた気はするが、そこは一旦置いておこう。


 棺の中の祖母の顔を見て、みんな綺麗だと言ってくれた。

 孫か化粧してくれたから、きっと喜んでると思うよっていろんな人に言われた。

 通夜の時、お経を上げてくれた住職さんは泣いていた。

 本当は火葬場まで一緒に行きたいのだが、忙しくて行けないことを申し訳ないと謝っていたくらいだ。

 後から知ったが、祖母は熱心な檀家さんだったから、住職がまだ子供だった頃から交流があったのだそうだ。


 私もそれなりに親戚の葬式を経験しているが、お坊さんが泣いている葬式なんて初めてだった。


 そして、葬儀場には、お客さんが入りきらなくなった。

 次の日、若いお坊さんが泣きながらお経をあげた。

 この若いお坊さんも、まだお坊さんになったばかりで他の檀家さんの家で失敗して落ち込んでいたところを、祖母が励ましていたらしく、祖母には特別な思いがあったらしい。


 祖母は、本当にいろんな人たちから愛されていたんだなぁと、その時とても誇らしく思ったし、何より、自分が恥ずかしくなった。

 私は一体、何をしているのだろうかと。

 もっとしっかりしなければと改めて思ったのだ。


 葬儀場でも火葬場でも、悲しくはあったが涙は出たがそれだけだった。

 全部終わったのは、祖母が亡くなって三日後の夕方だった。

 ピチピチじゃないけども、結局汗だくになった喪服を脱ぎ捨てて、シャワーを浴びた時、そこで初めて声を出して大泣きした。

 孫として恥ずかしい姿は見せられないと、ずっと気を張っていたのが一気に緩んだのだ。

 今でも思い出したら泣きそうになる。

 いや、むしろ泣きながらこれを書いてる。


 こうして無事に終えることができたのは、し●むらのおかげある。

 ありがとう、し●むら!!


 祖母が亡くなって、約一ヶ月が経とうとしている。

 私はこのわがままボディをなんとかしようと、葬儀の後から努力しているが、まだ成果は出ていない。

 微塵も体重が変わっていない。なんでだ。


 次に誰かのお葬式がある時には、また喪服を買い換えたくない。

 というか、これ以上わがままボディになってしまったら、単純にもう、し●むらでさえサイズがなくなてしまう可能性が高い。

 このままでは、祖母のように長生きできない。


 ありがとう、し●むら!!

 次に買いに行くときは、一つ下のサイズの服を買いに行くからな!!

 ちょっと待ってなさい!!




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