(九)良兼討伐

良兼軍の勝利を聞いて、京から貞盛が常陸に戻って来た。それと合わせるように良兼が真壁の館を訪れる。

「また悪しき謀を企てるつもりと見える。此度ばかりは良兼伯父と言えども許すわけにはまいらぬ」

病の癒えた将門は、弔い合戦とばかり一千八百の兵を率いて真壁へと向かった。

将門は良兼が居処としていた服織はとりの宿を急襲して周り一帯を焼き払う。敵わぬと見た良兼は筑波山の麓、弓袋ゆぶくろ峠の南の谷に逃げ込んだ。

「逃がすか」

将門軍は弓矢で圧倒するも、あと一歩のところで良兼を取り逃がしてしまう。


「おのれ貞盛め、逃げ足の速い奴」

将門が攻め寄せてくると聞いた貞盛は、戦う姿勢も見せずにさっさと戦場を離脱していた。

「朝廷の裁定を無視して上総の良兼が常陸の貞盛と手を組んで下総に侵攻してきた。常羽御厩いくはのみまや一帯が焼き払われ、将門の妻子も含めて女子供に残虐の限りが尽くされた。

やむなく合戦となり敵を粉砕したが、良兼と貞盛は取り逃がした」

将門は、京の太政大臣・藤原忠平に宛てて良兼たちの暴状を訴えた。


この年(937)の十一月、富士山が大噴火した。溶岩流が川を堰き止め、相模国や

武蔵国には幾日にも亘って火山灰が雨雪のごとく降り注いでいる。

「田畑など、東国の被害は計り知れぬものとなりなしょうな」

「不作が続けば、俘囚どもが暴動を起こさぬとも限りますまい」

京では朝廷が頭を抱えていた。依然として瀬戸内では海賊が暴れまわっており、これに東国の騒乱が重なりでもしたらたまったものではない。

「そう言えば、下総の将門から書状が届いておりました」

藤原忠平に仕える公家が書状を差し出した。

「何と書かれておった」

「はい、上総の良兼や常陸の貞盛らの襲撃を撃退したとの報告でございました」


「やれやれ、まだ火種は燻っておるようじゃな」

忠平はじめ公家たちが顔を曇らせる。

「東国に平静を保つには、新たに強力な国司を送らねばなりますまい」

「しかし南海に騒乱を抱えておる中で、誰を送れば良いと・・・」

「ならばいっそ、将門に全権を預けて坂東を治めさせてはどうであろう」

   ・・・・・ 彼の者は多少粗野なところはあるが、根は実直な男であった

忠平は昔、滝口の武者として仕えていた若き将門を思い起こしていた。

「馬寮に属する常羽御厩を焼き討ち、鎮守府将軍を支える製鉄所を襲うとは言語道断の所業である」

良兼と貞盛の行為は朝廷を蔑ろにしたもの、と断罪する。

「良兼とその子・公雅と公連、および源護、平貞盛を追捕せよ」

武蔵、安房、上総、常陸、下野の各国に官符が下された。


「かくなる上は、将門の警備が手薄になった隙を突いて奇襲をかけるほかあるまい」

   ・・・・・ 無念ではあるが朝敵となってしまっては、正面から戦いを挑んで

   も勝てる見込みはない

賊軍となった良兼は、将門の駆使くし(使い走り)であった丈部はせつかべ子春丸こはるまるに目を付ける。

子春丸は悪事を働いて役人に追われ庇護を求めてきた者だが、なかなか気の回りが

早いので将門から重宝されていた。

「我らに力を貸したなら、荷夫の役を免除して郎等に取り立ててやるぞ」

良兼の使者が餌をぶら下げて子春丸の調略に取り掛かる。

本当まことにございますか」

「もちろんだとも。将門を討ち取った暁には必ずと、良兼様が約束されておる」

子春丸は良兼の使者を石井営所に招き入れ、将門の居所、兵具の置所、東西の馬打、南北の出入口などを見知させた。

石井営所の構造を把握した良兼は八十騎をもって将門の館に夜襲をしかける。

「おのれ良兼、性懲りもなく」

将門を守る兵はわずか十人にも満たず、一時は命の瀬戸際まで押し込まれてしまう。

「我こそは平将門である。命が惜しくない者は掛かって参れ」

将門自ら先頭に立って大声で討って出ると敵は怯んだ。良兼は筑波山に駆逐され、

その後は表舞台に戻ることなくひっそりと世を去ったという。


子春丸が捕らえられてきた。

「い、命ばかりはお助けを」

涙ながらに震える手を合わせて懇願する。

「助けてやりたいのはやまやまなれど、また同じような者が出てこられては困るの

でな」

見せしめの処刑が行われた。子春丸の四肢は四頭の馬に繋がれ、合図とともに馬は別々の方向に走り出す。

「ぎゃぁ~」

悲鳴と共に、両腕と右足が子春丸の胴体から離れていった。

将門の苛烈さは瞬く間に坂東全土に広まり、各地の有力豪族から一目置かれる存在

となっていく。

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