(八)絶体絶命

将門は石井いわい営所に潜伏する。石井営所は島広山と呼ばれる台地に築かれた、宿舎や

食料庫なども備えた要害である。

敗戦から十日ほどの後、将門は軍勢を立て直して良兼軍に立ち向かった。しかし、

「兄者、如何なされた」

弟の将頼が駆け寄る。何と、騎馬の名手・将門が馬から落ちたのだ。

「大事無い。しかし、どうにも足に力が入らぬわい」

それすらも言い終わらぬうちに将門の意識が朦朧となる。現在で言う脚気かっけであった。

「これでは戦はできぬ。撤退じゃ」

三郎将頼、四郎将平らが奮闘して敵を退けている間に、六郎将武が将門を馬に乗せて妻子が避難している大結おおいの牧へと向かった。


「まもなく敵が押し寄せてまいるかと。姉さまたちは如何致しましょう」

「ここでは護り切れまい。一先ず何処かに身を隠して頂こう」

三艘の漁船が用意され、女子供とそれを守る郎党を乗せた舟は葦津江あしづのえの方角へ漕ぎ

出した。葦津江は猿島さしま郡にある広河の江で、葦やよしなどの深い茂みの中に船影を

潜ませる。

将門一行は陸路を通り、山を背にして陸閑むつへの岸を砦にした。


「あの舟は何だ。誰か乗っておるように見えるが」

不幸にも、探索に来た敵兵に女子供を隠した舟が見つかってしまう。

帯同していた将門の兵が応戦するも多勢に無勢、瞬く間に蹴散らされた。

飢えた敵兵が女たちに群がる。

「乱暴は許しませんよ」

まなじりを決して桔梗が立ち向かう。

「何を~、このあま

荒くれ男が桔梗の腕を掴んだ。

「あっ、お嬢様」

幸いにも良兼の家臣で、桔梗を見知っていた隊長が気付いた。

「お前たち、この方に手出しはならぬ」

隊長が命令する。


「お嬢様、上総にお戻りいただきます」

「ここにいる者たちはどうなるのです」

「・・・・・」

隊長は無言で首を振った。

「ならば、私もここに残ります」

「それはなりませぬ。御免」

強烈な当身を喰らわし、隊長は気を失った桔梗を担いで戻っていく。

かしら、後はどうします」

「お前たちの好きにして良い」

「いやっほ~ィ」

兵たちは喜び、女たちに凌辱の限りを尽くした。

君の御前(平真樹の娘)も殺害されてしまう。その亡骸は、後に将門の手により

生まれ故郷の大国玉に葬られたという。


良兼は娘の桔梗を上総国武射郡の館へと連れ帰った。

桔梗は納戸部屋に入れられ軟禁状態とされる。

「姉上、姉上」

夜更けに公雅が忍んできて、小さな風呂敷包みを手渡した。

「これは・・・」

見ると、またまた男物の着物である。

「将門兄さまの処へ戻られませ。外で公連が馬を用意して待っております」

「このようなことをして、お前たちは大丈夫なの」

桔梗が弟たちのことを心配する。

「此度の戦は我々に道理がございませぬ。常陸源氏におもねって平一族である将門兄さまに兵を向けるとは誠に遺憾なことにございます。しかし父上と兄さまが戦うとなれば我々も将門兄さまと刃を交えねばなりますまい。その時には負い目を感じることなく勝負を挑めるよう、姉上をお返しするのはその為であります。兄さまにもそうお伝え下さりませ」


公雅も公連もこの腹違いの姉が大好きであった。せめて桔梗だけは将門の許へ返してやりたい、その思いだけである。

「さ、早く」

弟の衣装に着替えた桔梗を公連が馬に乗せる。

「上総の国府までお連れ致します」

上総国府は上総と下総の国境近くにあった。国府に着くと公連は、伝達事項があるとして国境を守る兵を召集する。

国境警備が手薄くなった隙をついて、桔梗は裏道から下総へと入った。


「兄者、兄者、姉さまがお戻りになられました」

石井営所に戻って病の回復に努めていた将門に明るい報せが届いた。

「おぉ、おぉ、よう戻ってくれた」

「申し訳ございません。和子わこは父の手の者に・・・、恐らくは君の御前も」

桔梗は涙で後の言葉が続かない。

「お前のせいでは無い。儂の力が及ばなかったのだ。お前がこうして無事に戻って

くれたことが、今の儂には何よりの喜びじゃ」

   ・・・・・ 公雅、公連、この恩は終生忘れぬ

将門は南の方角に手を合わせた。

桔梗の献身的な看病のおかげで将門の病状はめきめきと回復に向かっていく。

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