(五)非は源家にあり

この頃から正式に「将門」を名乗るようになる。上洛する前に父・良将から将門の名を与えられてはいたが、京では官位も低く「滝口の小次郎」で通していた。

九三二~三年にかけて、この国を大飢饉が襲った。穀倉院の在庫が底をついた朝廷は地方の徴税に拍車をかける。過酷な税の取り立てに耐え切れなくなった農民の中には田畑を捨て郷を捨てて他国で奴婢に身を落とす者もいた。

将門は彼ら流民も受け入れて未開墾地の耕作に力を入れる。また、市で馬を買っては種付けや放牧にも精を出した。馬や田畑ばかりか領民までもが増え、下総はあっという間に昔の活気を取り戻した。


豊田郷の勃興を見て、近隣の豪族たちが将門とよしみを通じようと次から次へと訪ねてくる。来る者は拒まず、親分肌の将門は誰とでも気軽に酒を酌み交わした。将門の勢力圏は、いつしか下総に止まらず近隣諸国、いては坂東全域へと広がっていく。

この頃、常陸国では源扶と真壁郡大国玉の土豪・平真樹たいらのまさきの間に、筑波に至る領地の境界を巡って争いが絶えなかった。平真樹は娘(後の君御前)を将門に嫁がせて主従関係を結ぶと、源家との調停を依頼してきた。話を聞く限り、非は源家にある。

「大国玉の平真樹より調停の依頼がございました。つきましては、貴殿のご意向も

お伺い致したく・・・」

将門は源家の棟梁である護に宛てて書状を送りつけた。


「将門がやって来る」

源護が扶たち息子を真壁の屋敷に呼び集めていた。

「何用でございましょう」

「平真樹との調停だそうだ」

「そればかりではありますまい。下総の営所についても何か言ってくるのでは」

次男の隆が顔を曇らせる。

「最近は彼奴あやつも随分と羽振りが良さそうじゃ。厄介なことにならねば良いがの」

「此処に来る前に叩いてしまいましょう。談判に参るのであれば、それ程の兵も率いてはおりますまい。我が方は三百もあれば十分かと」

紛争の当事者である扶が腕を撫した。


九三五年二月、将門は百騎ほどの兵を連れて真壁の館に向かっていた。

「あ、あれは・・・」

野本の辺りで供の一人が異様に気付いた。道の向こうに見えたのは、一行の行く手を塞ぐ軍兵の影である。

「どうやら、我らを待ち伏せておったようじゃな。どこまでも卑劣な奴らよ」

敵は源護の子である扶・隆・繁ら三兄弟が率いる常陸の軍勢三百騎、しょうを打ち鳴らして威嚇してきた。

「鉦を打つとは、何と恐れ多きことを」

鉦とは、鎮守府将軍の上兵が指揮に用いる金属製の打楽器である。

   ・・・・・ 鉦を打たれて引き下がったとあっては、賊軍を認めたことに

   なってしまう

寡兵ではあったが、将門は意を決して合戦に及んだ。


「将頼、この場でしばし敵を食い止めよ」

「兄者は如何されますのか」

「儂は奴らの背後を突く」

そう言い残すと将門は、三十騎ばかり率いて脇の茂みの中に馬を進めた。

「将門、覚悟せい」

源軍が圧倒的な数を頼みに押し寄せてきた。これに将頼らが必死で応戦する。

やがて、

「うわぁ~」

敵の後陣で悲鳴が上がる。騎馬にけた将門が、巧みに源軍の背後に廻り込んで襲い掛かった。後ろから攻められてはたまらない。敵の兵は散り散りとなった。

「逃すかぁ~」

前線で戦っていた扶らを目掛けて将門が鬼の形相で迫ってくる。

「引けぇ~」

その恐怖に、扶ら三兄弟は慌てふためいて戦場から逃げ出した。


将門は隊列を立て直すと、真壁に向けて扶らを追った。

とある部落まで来た時、

「兄者、何かおかしくはありませんか」

将頼が異変に気付いた。

「何がじゃ」

「この辺りの家に、人の気配が感じられませぬ」

その言葉も終わらぬうちに、何処からか火矢が飛んできて茅葺の屋根が燃え上がる。

「火責めか」

   ・・・・・ 奴らの考えそうなことじゃ

建物の陰から扶の兵が攻め掛かって来た。しかし源軍は討ち取られた者や逃げた者

も多く、ここでの兵力は五分と五分。火の粉が舞い散る中、激しい戦いが繰り広げ

られた。

将門は扶ら三兄弟を討ち取ると、そのまま兵を進めて源護の館を包囲する。

「慮外者めが」

護の跡目を継いでいた国香が館から討って出てきた。

「伯父上こそが元凶にござる。覚悟召されよ」

将門は難なくこれを押し戻すと、館に火を放って国香を焼死させた。


「何で儂は三人の息子を一度に失うことになったのか」

水守の良正の屋敷に身を寄せていた源護はガックリと肩を落とした。

「談判に来た将門を待ち伏せるとは、少し奴を甘く見すぎたのではございませぬか」

良正が扶たちの軽率を指摘する。

「何を言う。元々は其の方ら一族の諍いが発端ではないか」

それを言われては、良正には返す言葉がない。

「一族の長である国香兄が討たれたとあっては、我らとしてもこのまま捨て置く

つもりはありませぬ。将門めには必ず思い知らせてやりまする」

「頼むぞ。儂の無念を晴らしてくれよ」

良正は妾の子であり、平一族の中では格下に扱われていた。むしろ常陸源氏の中に

自らの存在価値を見出していた。

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