(四)略奪婚
早速にも将門は上総国に良兼を訪ねた。
「ご無沙汰致しております」
「おぉ、其方も立派になったものじゃ。京は如何であったか」
「お恥ずかしきことながら出世は叶いませなんだ。藤原の世となっては都におっても
先は開けませぬ故、見切りをつけて戻って参りました」
京の様子や、留守中の坂東の情勢などの話に花を咲かせていると、
「小次郎兄さま、お久しゅうございます」
「しばらく見ぬ間に大きゅうなったな」
父・良将と良兼は折り合いが良く、子供の頃に上総に来た時にはよく従弟たちと遊んでやったものであった。
「京より無事にお戻りになられ、嬉しゅうございます」
「おぉ、桔梗か。
「まぁ、そんな、お
頬を赤く染めて
「久し振りじゃ。今宵はゆっくりと皆で語り合うが良い」
子供たちを残して良兼が部屋を後にした。
話は尽きず、夜も更けた頃、
「小次郎兄さま、夜が明けぬうちに此処を発たれた方が宜しいかと」
桔梗が将門に囁いた。
「何故じゃ」
「兄さまが此処に来られましたこと、母さまが常陸に知らせたようでございます。
明日にでも兵を率いて押し寄せて来ぬとも限りませぬ」
桔梗の母は地元の豪族の娘であった。今、桔梗が「母さま」と言ったのは良兼の後妻となった源護の娘のことである。
将門は眉間に皺を寄せ、小さく頷いた。
明け方、まだ暗いうちに従者と帰り支度をしていると、馬屋の前に小さな男が立っている。
「そ、その恰好は如何した」
見れば桔梗である。
「弟に着物を借りて参りました。私も一緒にお連れ下さいまし」
目立たぬようにと男に変装して待っていたらしい。
何と応えてよいか分からずに躊躇していると、
「昔、大きくなったらお嫁さんにしてやるというお約束、お忘れでございますか」
「忘れるものか。であればこそ真っ先に上総に参ったのではないか」
「嬉しゅうございます。実は母さまは扶殿を私の婿にと考えているのです。あのような男の嫁になるくらいなら、死んだ方がましでございます」
・・・・・ なるほど、国香伯父が儂を目の敵にしたのには、領地の他にも
理由があったのか
将門は桔梗を馬に乗せ、下総へと帰路を急いだ。
「おのれ小次郎の奴、挨拶にかこつけて娘を
翌朝、目が覚めると、将門はおろか桔梗の姿も見えない。
「情けなきことにございまするな」
妻からも侮られる始末である。
当時は「婿入婚」や「通い婚」が通常であった。良兼は将門に娘を
陰ながら将門に味方してきた良兼は、裏切られた怒りで全身を震わせた。
「帰ったぞ」
「ご無事でようございました」
将門が豊田館に戻ると、中から弟たちが飛び出してきた。
「あれ、桔梗姉さまではありませんか。如何されましたか、その恰好は・・・」
将頼が男装の桔梗に気が付いた。
「うむ。儂の嫁になってくれるというのでな、一緒に連れてきたのじゃ」
「おぉ、・・・」
館の中が喜びに沸く。
「これから宜しくお願いしますね」
桔梗が微笑みながら頭を下げる。
「今日からは
「ならば早速にでも、今宵は歓迎の
今で言う披露宴のようなものである。
「では、
弟の将平が飛び出して行く。
桔梗の恰好を見て、弟たちも何かしらの事情があることは察していた。何も聞かずに歓迎の宴とは、弟たちの心遣いが嬉しい。
敬愛する良将の嫡子・将門が戻ってきたと聞き付けて、良正らの横暴に耐えきれず
他国に散らばっていた領民たちも下総に戻ってきていた。その将門が嫁御まで迎えたと聞いて、多くの民が畑で採れたばかりの野菜などを持ってお祝いにやって来る。
「やれやれ、今日は疲れたであろう」
宴もお開きとなり、将門が新婦を気遣う。
「いいえ、皆様に喜んで迎えていただいて本当に嬉しゅうございました」
桔梗が目に涙を浮かべた。不安もあったのであろう。
将門は桔梗の躰を引き寄せ、太い腕の中に優しく包んだ。
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