(三)伯父たちの陰謀

九三〇年、父・良将が死去した。

長兄の国香が良兼、良正を常陸の館に招いていた。この頃にはまだ兄弟相続の慣習が残っており、良将の遺領を巡って伯父たちが暗躍する。

「お前たちを呼んだのは他でもない。下総の領地を切り分けて、たすくたちに与えてやりたいと思うてな」

扶たちとは源護の三人の息子、扶、隆、繁のことである。護の跡を継いでいた国香には、三人の息子を引き立ててやる義理があった。


「しかし兄者、下総は良将が開拓した土地ではないか。小次郎たちが承服するはずがなかろうが」

良兼が首を捻る。良兼は国香とは違って温和な性格である。

「これは義父おやじ殿(源護)からの要請なのじゃ。ならば良兼、其方の領地を切り分けてもらえるか」

「い、いや、それは・・・」

「儂は国香兄さまに賛成ですぞ。その折は、儂にも下総の領地を分けてもらいたい」

兄弟の中では所領を持たない良正が膝を進める。

「ならば良正、扶たちと相談して下総の営所を取り込め」


日を置かずして良正が豊田の館を訪ねた。

「良将兄が亡くなって、お前たちも心細いであろう。まずは仮の葬儀をあげて、

小次郎が戻ってくるのを待つが良い。それまでは儂が力になってやろう」

父が亡くなって心細い思いをしていた三郎将頼、四郎将平ら将門の弟たちは叔父

の言葉に励まされる。

「周りでは俘囚どもが隙を狙っておると聞くが、何か変わりは無いか」

「実は叔父上、いくつかの営所では馬が盗まれるなどしております」

「何、それはいかん。ならば我らの手の者で守りを固めてやらねばなるまい」

ほどなく良正や扶らの配下が各地の営所に入り込んだ。

実はこの馬泥棒は良正らによる仕業であった。将頼らの不安を煽って営所に入り

込もうとしたはかりごとである。


承平元年(931)、第六十一代朱雀天皇が僅か九歳で即位した。

その前年には朝議中の清涼殿が落雷を受け、大納言藤原清貫をはじめ朝廷要人に

多くの死傷者が出た。更に、それを目撃した醍醐天皇も三ヶ月後に崩御したことで、これらも全て菅原道真公の怨霊の仕業に違いないと噂された。

母后・穏子は道真を貶めた藤原基経の娘であり、朱雀天皇は怨霊の祟りを恐れて

幾重にも張られた几帳きちょうの中で育てられたという。

幼い天皇を藤原忠平が摂政となって補佐する、政治を欲しい侭にする「摂関政治」

の幕開けであった。


父の訃報に接した将門は、滝口衛士の職を辞して帰郷の途に就く。

   ・・・・・ 藤原の天下となっては、このまま都にいても出世は望めまい

鎮守府将軍を父に持ち、自らも桓武天皇の五世ではあったが、藤原氏の一門でない

限り朝廷内での官位は高くは望めない。十二年ほど在京して検非違使の官職を得ようと励んだが、口の重い武骨な将門のこと、結局は出世は叶わなかった。

京に見切りをつけた将門は坂東への帰路を急いだ。


「将門を坂東に入れてはならぬ」

良正や源扶ら三兄弟が、将門の帰郷を阻止しようと上野国染谷川で襲撃を企てる。

「大義は国香らにあらず」

この時、武蔵国に在った叔父の良文が上野に出張って将門を援護し、常陸源氏の一族を撃退して事なきを得た。

実は、その前々日のこと

「国香兄が小次郎の襲撃を企てている」

良文の手元に良兼から報せが届けられていた。

良兼は源家の一族となっていたため反対こそできなかったが、この襲撃には加わらず良文に将門の擁護を頼んでいたのだった。


下総に入った将門は安堵した。

武蔵野は何も変わっていない。丘や平野、川も道も十三年前のままであった。

「お前たちには苦労を掛けたな」

久し振りに館に入ると、懐かしい郷里の匂いが将門の鼻孔に広がった。

「申し訳ございません。各地の営所は良正叔父たちに占領され、馬は奪われ、使用人たちも奴らの横暴に耐えかねて散り散りになっております」

叔父たちに騙されていた将頼ら弟たちの顔が悔しさで歪んでいる。

「なに、儂が戻ってきたからにはもう心配は要らぬ。領地など、直ぐに取り返して

くれるわ」

将門はひとまず豊田郷を本拠として力を蓄えることに専念した。

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