(二)滝口の衛士

九一一年、高望は西海道の国司を命じられ大宰府に赴任した。

しかし父・高望の上総介の任期が過ぎても、息子たちは帰京せず自らの荘園開拓に

専念する。国香は源護より常陸大掾を譲られ、良兼は父・高望の上総介を継いだ。

良正も源の一族として常陸国に残った。

良将は下総国に在って未墾地を開拓して私営田を経営、鎮守府将軍に任じられるなど坂東に平氏の勢力を拡大していく。


「小次郎よ、其方そなたも十五を過ぎた。そろそろ京に上って官位を授かって参れ」

良将が将門に命じた。

「私は宮仕えなど真っ平でございます。ここで馬を追っている方が性に合っております」

「馬鹿を申すな。いずれ儂の跡を継ぐとなれば官位を得ておくことも必要じゃ。国香兄のところの貞盛も、ずいぶんと前に出仕したではないか」

従兄の貞盛は京でなかなかの出世をしていると聞く。


延喜十八年(918)、遥か坂東より数十日の長途を経て、将門はようやく京の入り口

・逢坂山に辿り着いた。眼下には賀茂川が流れ、その向こうには平安京の都が広がっている。

東西一里五町、南北一里十二町、縦中央には朱雀通りが南北を貫き、その北端には

大内裏が孔雀色に輝いていた。東西には一条から九条までの大路が通り、街は碁盤の目のように美しく配置されている。

   ・・・・・ まるで極楽浄土の絵図をみているようだ

将門はこれからの暮らしを思い描いて希望に胸を膨らませた。


ところが、その頃の京の都はと言うと、菅原道真の怨霊に恐れおののいていた。

道真は低い家格でありながらも、類稀なる文才をもって宇多天皇の側近として重用

された。続く醍醐朝では右大臣に昇進し、藤氏長者・時平と肩を並べるまでになる。

しかし昌泰四年(901)、道真の台頭を快く思わない左大臣・藤原時平の讒言により大宰府へ左遷されてしまう。

二年後、左遷先の大宰府で道真は無念の死を遂げた。享年五十九。

すると朝廷では、次々と不幸な出来事が続く。

九〇九年、道真を貶めた藤原時平が三十九歳の若さで病死した。更に四年後には、

右大臣・源光が狩りの最中に泥沼に沈んで溺死してしまう。これらは全て菅原道真の怨霊の祟りと噂され、都全体は不穏な空気に包まれていた。


京に上った将門は、藤原北家の氏長者であった右大臣・藤原忠平に仕えた。

忠平とは後の摂政・関白・太政大臣。かの菅原道真を貶めた時平の弟ではあるが、

道真とも親交が深く、兄とは違って寛大で慈愛が深かったという。

「平良将の一子、小次郎将門にございまする。お引き立てのほど、宜しくお願い申し上げ奉ります」

「おぉ、亡き高望王さまのお孫さんじゃな。さすがに凛々しき面相をしておる。始めは滝口の衛士からとなるが、出世を目指して励みなされよ」

滝口の衛士とは清涼殿で天皇の警護を行う令外官りょうげのかんのこと。内裏の中心にある清涼殿

その東庭の北東にある滝口(御溝水みかわみずの落ち口)の近くに詰所があり、将門は「滝口の小次郎」と呼ばれた。


「小次郎にございまする」

「おぉ、よう参った。良将兄から文が届いておる。とは言え父上や兄たちが坂東に

向かった頃、儂はまだ小さかったのでよく覚えてはおらぬのだがな」

京には叔父の良文がいた。父とは違って優しい風貌を持つ武士である。都に不慣れな将門は何かにつけて良文を頼り、良文も将門をよく可愛がったという。

九二三年、三十六歳になった良文は醍醐天皇から「相模国の賊を討伐せよ」との勅令を受けて坂東に下向する。

「京では小次郎がずいぶんと世話になったそうじゃな。其方も坂東に参ったからには所領も必要であろう」

良将は良文を後見し、下総に隣接する武蔵国熊谷郷村岡に領地を与えた。


京の都は北東から南西に向かって緩やかに傾斜している。内裏の東側、左京の一条・二条あたりは地勢が良く、位の高い公家などの屋敷が並んでいた。一方で西側、右京の七~九条あたりは湿地帯であり、家屋も廃れ群盗などの溜り場と化している。

治安悪化が深刻になったのは宇多天皇の御代、重税による治安の悪化が進み、盗賊たちが地方から集められた稲などの官物を狙って暴れていた。時には盗賊が内裏にまで侵入することもあり、これを守るために設けられたのが「滝口衛士」である。天皇の間近で警護をするため、律令に定めの無い官職ではあるが選ばれた者しか就けない

役職ではあった。

将門は日課の訓練や調馬に励み、特に「馬を扱わせれば小次郎の右に出る者は無し」と言われるほどに名を上げた。検非違使(京の治安を守る警察)を目指しており、

その官位に就いても恥ずかしくないようにと暇を見つけては読書にも勤しんでいたという。

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