[3000字]アキラと魔法少女

千織

アキラと遥

 国語の時間。先生が井上遥を指名して音読させた。


 遥は優等生で頭も良く、運動もできて、学級委員長もやっていた。中2の時に転校してきたため、制服が一人だけ違う。ウチの学校はブレザーだが、遥だけはセーラー服だった。


 遥の澱みなくハキハキとした音読に、片桐アキラは聞き入っていた。



 つい一か月前のこと……遥は下校しようとしてリュックを背負った。そのリュックにスカートの裾が引っかかり、遥のピンクのパンツが丸見えになってしまったのだ。教室には自分しかいない。アキラの目はパンツに釘付けにされ、一方で教室を出る前に教えてあげなくてはいけないという良心もあった。でもそうしたら自分がパンツを見たことがわかってしまう……それは事故だからしょうがないんだけど……!と、1秒間に様々思いが駆け巡った。


 幸い、スカートは自然に定位置に戻り、自分がパンツを見たことも知られることなく済んだ。それからというもの、度々パンツのことは思い出され、遥に対してなんとも言えない気持ちを抱いていたのだ。



 ふと、遥の音読が止んだことに気づいた。教科書の内容はまだ途中だったはずだ。辺りを見回すと、みんなじっとしている。先生すらも、瞬きもせずに。黒板の上の丸時計の秒針も止まっている。時間自体が止まっているのだ。アキラはつい遥を見た。


 遥は机の上に教科書を置くと、教室を勢いよく飛び出して行った。アキラも、わけもわからないまま慌てて遥の後を追った。

 


 遥は屋上を目指しているようだった。階段を一段跳びで駆け上がっていく。遥の確信をもった走りからすると、遥にとってはこれは異常事態ではないらしい。アキラは一定の距離を保って遥について行った。


 屋上のドアは施錠されているはずだが、遥が蹴りを入れると、鉄のドアは吹き飛ばされ、外から光が差し込んできた。遥は屋上に出ていく。アキラも後を追ったが、入り口の壁から屋上を覗き見ることにした。



 屋上の真ん中に立った遥は、左手で拳を作るとその手を胸元に置き、右手は天に向けて突き出し、こう叫んだ。


「我は魔法少女ハルカ! 光の世界の精霊、エーヴェルの加護があらんことを!」


 すると遥の体が光に包まれた。

 まばゆさに、アキラは目元に手をかざした。


 光が収まると、ハルカは制服ではなく、おそらく魔法少女であろうコスチュームになっていた。一つ結いにされていた髪はほどかれて風になびき、全身黒で、丈の短いジャケットに、チューブトップ、ホットパンツにロングブーツという格好だった。


 太ももがまぶしい……。こんなよくわからない状況でもそんなところに目が行く自分が情けなかった。




 急に暗雲が立ち込めてきた。辺りは暗くなり、雲の表面が紫色に光り始めた。幾筋かの雷が走ったあと、雲の合間からニョロニョロと巨大な蛇が出てきた。蛇はハルカの方を向くと、シヤーッ!と鳴いて威嚇した。蛇の尻尾まで出終わったがかなりの大きさだ。とぐろを巻いても、校庭の敷地いっぱいが埋まりそうだった。



 ハルカは勢いよく屋上のフェンスに駆け寄り、飛び乗ると、そのまま空中に飛び出した。


 遥が、蛇の顔面めがけて拳を繰り出す。その細い腕からは想像できないほどの衝撃が生まれたようで、蛇の頭はひしゃげて吹き飛ばされた。が、同時に尻尾がハルカを叩き落とそうと鞭のようにしなって襲ってくる。


 ハルカはうまく尻尾の攻撃をかわしながら、蛇の頭上に位置どり、今度は脳天に拳を振り下ろした。これも直撃し、蛇は唾液をこぼしながら苦しそうに空中でよろめいた。



 アキラは壁から覗くように見守っていたが、ふと、蛇がゆっくりと漂いながらハルカを中心に円を描き始めたことに気づいた。アキラは壁を離れ、フェンスに駆け寄って叫んだ。


「ハルカちゃん! 蛇に囲われてるよ!」


 ハルカはハッとして蛇の円の中から飛び出そうとするが、暗雲から紫の雷が生まれ、ハルカを直撃した。



「ハルカちゃーん!!」


 アキラはまた叫んだ。雷により煙っていたが、ハルカが身を縮めているのが見えた。無事のようだった。ハルカはふらつきながらも、屋上に戻ってきた。




「……アキラ君、この異空間で動けるってことは、あなたも戦えるのね?」


 ハルカは息も絶え絶えに言った。


「そ、そうなの? よくわからないけど……」


「私の守護精霊はエーヴェル。精霊は四人で一組……。手を出して……」


 ハルカに言われるまま、アキラは手を出した。ハルカはアキラの手の上に、赤、青、緑の小さな石を乗せた。すぐに赤い石が光を放ち始めた。



「アキラ君は、剣を司る精霊、レイリーの加護があるのね。さあ、変身して……」


「そ、そんなこと言われても……!!」


「私は、さっきの雷の攻撃を防ぐために、精霊石の力を使い切ってしまったの。少し休まないと戦えない。私たちが負けたら、現実世界にこの化け物が出てきてしまう……。お願い、一緒に戦って……!!」


 ハルカに見つめられ、アキラは恐る恐るだが戦うことを決意した。

 赤い石を左手で握り締めると、言葉が頭の中に浮かび上がり、体が勝手に動いた。右手を天にかざす。



「我は魔法戦士アキラ! 光の世界の精霊、レイリーの加護があらんことを!」


 光がアキラを包む。


 アキラは赤いマントに詰襟の軍服のようなコスチュームだった。右手には、細いソードが握られている。



 空中に視線を向けると、あの巨大な蛇は体の途中から分離し、尻尾側の胴体がさらに幾筋にも裂けて、小さな蛇が何匹も生まれていた。


「き、気持ち悪い!!」


 アキラはゾッとした。


「気持ちで負けちゃダメ! 来るわよ!」



 小さな蛇たちが屋上目掛けて襲ってくる。


 アキラはソードを構え、渾身の一撃を放った。屋上のフェンスごと斬り、剣撃が蛇の群れに届くと炎が生まれ、蛇たちを次々に焼き尽くした。



「残すは本体よ!」


 ハルカの掛け声に後押しされ、アキラは空中に飛び出した。そして蛇の頭目掛けてソードを降り下ろした。蛇の頭と胴体が真っ二つに切り落とされる。



『ギャアアアアアアア……』


と、蛇の叫び声が響き、蛇はすぐさま塵となって消えた。




 アキラが屋上に戻ると、ハルカは笑顔で迎えてくれた。


「ありがとう、戦ってくれて」


「あ、うん……。なんとかなるもんなんだね……。ハルカちゃんは、いつもこんなことしてるの?」


「たまにね。仲間を探しながら。でも良かった、アキラ君が仲間で」


「そ、そお? そう言ってもらえるのは嬉しいけど……」


「アキラ君て、心は女の子なの?」



 ハルカにそう言われて、アキラは返事ができなかった。



「精霊の力はね、ありのままの自分の時が一番強いの。変身したらスカートだったから、女の子なのかな、って」


 アキラのコスチュームは、膝上のプリーツスカートだった。変身は、本心を映すようだ。



「うん……女の子に生まれたかったなって……」


 アキラは女の子の下着を身につけたかったし、ミニスカートもはいてみたかったのだ。



「じゃあこの異空間ならそのままでいいし、日常でも……私といる時は、遠慮しないでね」


 ハルカはにっこり笑って言った。



♢♢♢



 アキラは遥と遊ぶようになった。遥はホットパンツ、アキラはミニスカートをはいている。一緒にプリクラをとり、ときに男の子たちからナンパもされる。


「ごめんね、私たち男のだから」


 と、遥が言って二人で逃げる。


「精霊はね、どんな時も、どんな私たちも愛してくれるのよ」


 遥はそう言ってアキラに微笑みかけ、アキラも遥に笑顔を返した。

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