第2話 遺跡で生活する

 遺跡の内部は人工的な光によって一定の明るさが保たれており、内部に進むほど不思議と寒さが和らいでいった。

 遺跡内部を大まかに調べて回ると、居住区のような区画と様々な機材や書物がある区画が左右に、中央には中庭のような草木が生えた区画になっていた。一通り回り終えると、一番暖かい空間であった中庭で荷物を下ろして休憩をする。どうやら動くものの気配はないので荷物の中から手記を取り出してこれまでのことを書き記した。元は生態調査のためのものであったが、あまりにも現実離れした出来事を体験したために忘れぬうちに書き留めておこうと思ったのだ。


「あとで書斎の方も詳しく調べてみようかな」


 動作停止したマグを調べてみるのもいいかもしれない。もしかしたら外壁の騎士も機械なのかもしれないなどと考えていると、突然背後から草を踏むような音が聞こえた。まさかと思いつつ直剣を鞘から引き抜き、振り返る。


「おいおい、物騒なのはやめてくれよ」


 音の正体は両手をあげて自身が無害であることを主張した。その者はよく見れば20代前半の女性のように見えた。彼女は平均的な身長で腰まで伸びる美しい銀髪が特徴的で、その髪色と対照的にグレーのタンクトップの上に黒い薄手の上着、黒のカーゴパンツを着用している。服装についてはエヴァンはよくわからないが、少なくとも現代の服装ではないだろう。そしてこのような山脈に上るような服装でもない。


「自分は帝国辺境伯、エヴァン・アルスターノ。あなたは誰か?」


 銀髪の女性は両腕を下げると、フッと笑う。


「私は......そうだな、シルヴァ。シルヴァという。たまにこの山に来るのだがな、この嵐であろう?貴様と同じだよ」


 彼女は腕を組み、ふふんと偉そうな態度をしている。しかし、その姿はどこか高貴さを感じ、彼女の美しい銀髪は神話に語られる運命の女神を想起させるものだった。


「これは失礼しました。お疲れでしょう、飲み物でもどうですか」


「気が利くな。頂こう。そこな干し肉も頂こうか」


 シルヴァと名乗った女性は、荷物から食料を取り出したエヴァンから半ばひったくるように干し肉を取り上げた。彼女はそのまま干し肉を噛みちぎり咀嚼する。そして飲み込むと「うーん、文化の味!」などと言っている。確かに肉は干し肉にしては柔らかめだし、スパイスを利かせているが文化の味というには無理がある。


「どれ、これもいただくか」


 シルヴァはエヴァンが注いだ飲み物をこれまたぶんどるように受け取るとそのまま口にする。


「ふむ、これは茶か?飲んだことのない味だが気に入ったぞ」


 彼女は豪快にぐいっと一気に飲み切る。そして、ドカッとその場に座り込んだ。


「ふう。久々に人の食べ物にありつけた気がする」


「はあ。それで、あなたはなぜここに?」


「まあ、見回りだな。私は、まあ、そうだな......。使徒は知ってるか?」


「ええ、この世を造られた六神の眷属ですよね」


 人の間で信仰されている「正教」の信仰対象が六神。火や水などの魔術の属性を司るとされていて、その眷属が使徒である。それぞれに神々からの使命が言い渡されており、それを忠実に実行しているらしい。エヴァンも旅の途中に出会ったことがある。

 

「私はそれ。どのカミサマの眷属かは言わないけど、こういう場所をめぐって手入れをしてるってわけよ」


「へえ、使徒様だったんですね。道理で」


 シルヴァにはなんとなく高貴で尊い雰囲気を感じていた。彼女の口調は大分砕けたものではあるが、その所作の節々にはなんとなく貴族や王族のようなものを感じる。それに曲がりなりにも帝国の兵士の中でも強者にあたるエヴァンに気取られずに背後に近づける存在は限られている。


「で、その使徒への捧げものの返礼で1つ教えてやるが、この嵐は長い。この山脈の天気は変わりやすいが、逆に長く続くこともある。いつまで続くかは分からんがな。それこそ、幻と運命の女神にでも祈るといい」


 エヴァンは自身の心が見透かされたような気がして少しヒヤリとする。そして、今後のことを考える。無事に嵐をやり過ごしたとして、問題なのは帰り道と食料だ。嵐のせいでどうやってこの遺跡にたどり着いたかは定かではないし、遺跡でやり過ごしているうちに食料は減ってしまう。嵐の長さによってはどう節約しても足りなくなってしまうだろう。

 

「うーん、それは死活問題だ」


 洞窟内で食べるものを探さないといけないわけで、それが長期間に及ぶとなればこのまま遺跡で朽ち果ててしまうかもしれない。


「そうだな、人間。1つ条件をのめば手助けしてやろう」


 シルヴァはいいことを思いついたとばかりににやりとして、渋い顔をしているエヴァンの顔を覗き込んだ。


「なんです?」


「私の信徒となれ。何、私に従えだとか教えがどうのという話ではない。週に一度、私に祈るのだ。内容は何でもよい。その日あったことでも、お前の知っている知識についてでもよい。重要なのは私の姿を意識し、話しかけるように祈るのだ」


「は、はあ。六神ではなく使徒様にお祈りするのですか」


「最近ちと、衰えてきてな。このままでは使命が果たせん。手っ取り早く力を得るなら信徒からの祈りが必要なんだ。使徒への祈りがやがて神にもつながろう。捧げものを供えてもよいぞ」


「まあ、使徒様がそうおっしゃるのであれば」


 シルヴァの言葉に一応は納得したエヴァンだったが、会話が一区切りついた瞬間に眩暈と疲労に襲われ、倒れかけた。何とか持ち直した彼はシルヴァに「お見苦しいところを」と謝罪する。


「気にするな。この嵐だ。疲れたのだろう。私が見ていてやるからゆっくりと休むといい」


 シルヴァの優しい声を聞くと途端に眠気がエヴァンを襲った。そして彼は気絶するように眠りに落ちた。



***



 エヴァンが目を覚ますと辺りには誰もいなかった。辺りの様子を見るために軽く荷物をまとめて見回ると、外は相変わらず吹雪いており、遺跡内には誰もいなかった。

 それから1週間ほどは何も起こらず、朝起きては剣術の鍛錬をし、休憩をはさんで書斎にある読めない文字の書物を解読しようとしてみたり。そんなことを続けていたが嵐が治まることはなく、食料も心許なくなってきていた。


「おや人間。まだいたのか」


 神の使徒と名乗った女性、シルヴァとの約束のために祈ろうとしていたところ唐突に彼女に声をかけられた。彼女は外を回っていたのだろうか、体の所々に雪が張り付いていた。


「しっかりと祈るとは感心感心。しかし嵐はまだ収まらんだろうなあ」


「使徒様、何か御用ですか?」


「まあ、なんだ。お前のことが少々気になってな。一応伝えておこうと思ったんだよ」


「何をです?」


「中庭に自生している植物は食べられるものばかりだ。洞窟にも小さな獣がいるし、食料が尽きても食いつなげるはずだ。うまく生き延びろよ、私の信徒」


 彼女はそれだけ伝えると、まるで幻だったかのようにゆらゆらと輪郭をゆがめて消えてしまった。

 


***



 それからどれくらい時間が経ったのだろうか。シルヴァと名乗る使徒は何度かエヴァンの様子を見に来ることがあったが、特別何をするわけでもなかった。剣術の鍛錬をしている時にはそれを見守り、魔術の訓練をしている時は魔術のコツなどを教えてくれたりし、謎の言語で書かれた書斎の本の解読をしている時はたまにその言語について教えてくれたりしていた。

 

「よし、これでしばらくは」


 洞窟内で見つけたウサギのような動物を仕留め、手に取ったエヴァンは額の汗をぬぐって立ち上がった。すると、背後の何者かの気配を感じて振り返る。


「やあ、君も神霊の気配に敏感になってきたようだな」


 やはりというべきか、気配の主はシルヴァであった。彼女は相も変わらず続く嵐の中を歩いてきたのだろうか、雪が衣服に張り付いた状態でニッコリと笑った。


「どうも。一緒に食べますか?香辛料もあまり残ってないので大したものは出来ませんが」


「ん、それもいいな」


 彼女は短く答えると、遺跡の中庭に戻って調理をするエヴァンを眺めて過ごした。エヴァンは簡単な肉と野草の炒め物をつくり、彼女に渡すと残りを自身の器に移した。


「今日来た訳だけどもね」


 シルヴァが料理を口に運びながら話し始める。


「ようやく嵐が治まりそうなんだ。荷物をまとめておくといい。欲しいなら、1冊くらいなら本も持って行ってもいいぞ」


「本当ですか!?」


「なんだ、随分うれしそうだな。私と会えなくなるのがそんなに喜ばしいことか?」


 今にも飛び跳ねて喜びそうなエヴァンにシルヴァは口をとがらせて文句を言う。


「いえ、護衛のものも随分またせてしまったし、領地もほったらかしになってしまいましたから気になっていたのです」


「ふむ、そういえばお前は貴族だったな。そういうものか」


 彼女は食事を終えると何か考え込むようにして、口に手を当てた。


「ええ、数か月は経っているでしょうし早く戻らないと」


「そうだな。だが、戻っても私との約束をわすれるなよ」


「ええ、わかっています」


「そうだ。これを持っていくといい。私には必要ないものだから」


 彼女はどこから取り出したのか、小さな時計を差し出してきた。腕に巻きつけられるように革のバンドが取り付けられているもので、針の奥には小さい歯車がいくつも組み込まれている。見たこともないそれに首をひねっているエヴァンにシルヴァは笑って「腕時計だよ」と言った。その精密なつくりの小さな時計はエヴァンの知る限り王国の機械都市でしか作られていない程の貴重品であることが分かった。


「洞窟をでたらまっすぐ進んで、大きな岩が見えたら斜め左方向に進むといい。達者でな」


 そういった彼女はどこか寂し気で、自分が悪いことをしてしまったのではないかとすら思わせる雰囲気であった。


「いえ、短い間でしたがお世話になりました」


 エヴァンがそう言い、頭を下げる。そして数秒の後、頭をあげるとそこにはもうどこにもシルヴァの姿は見当たらなかった。


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