元辺境伯の忘備録 ―魔術剣士と世界の秘密―

九崎 要

第1話 北の大山脈

 世界の西大陸の最も北に位置する大山脈がある。解けることのない氷の山脈で、古くはドラゴンなどの今では幻創種と呼ばれる伝説の生物の住処であり、現在は貴重な動植物が生息する禁足地である。立ち入るには唯一の入り口である「白の北壁」と呼ばれる国から立ち入り許可を貰う必要がある。

 そして今、その大山脈に足を踏み入れた男がいた。彼の名はエヴァン・アルスターノ。東大陸の大部分を領土とする「帝国」で兵士の教練と国境の警備を主な仕事とするアルスターノ辺境伯領の若き領主である。肩ほどまでの長さの髪を適当に結んでおり、少々切れ長な目が特徴の青年だ。彼は生物観察が趣味であり、自ら出向いた土地の動植物を観察しては手記に生態を書き記すのが彼の生きがいである。


「おお、これは燈火草か?確か文献では大山脈中腹に群生する野草、だったか。ある程度成長したそれは山脈から吸い取った魔力を燃料に橙の火を灯し、その一帯は暖かく、小動物の活動圏になる」


 エヴァンは歩く速度を速め、雪山では異様なほどに植物が蔓延る地帯に足を踏み入れた。一帯は燈火草の特性によって比較的暖かくなっており、ネズミのような小動物が散見される。燈火草は摘み取ってもしばらくの間、魔法の火を灯し続けるため後でいくらか頂戴しよう、などとエヴァンは考えながら休憩のために背負っていた荷物を下ろした。


「にしてもやはり"大山脈"。俺一人で来ていてよかった。もし全員で来ていたらここまでで半壊してたな」


 背負っていた荷物から干し肉と飲み物を取り出して、軽く火の魔術で温めながら道中を振り返った。

 最も気候が安定しているといわれる夏季に入山できたのは僥倖であったが、登頂開始してから数十分で雪崩に巻き込まれかけるわ、見たこともない生物に追い回されるわで散々だった。幸い数が少なかったので見た目が派手な魔術で追い払えたのだが。

 大山脈を管理する「白の北壁」まで共に来ていた護衛の者たちは北壁で待機してもらっている。彼らは戦力としては申し分ないが、自然に対する知識が心許ない。入山早々に様々なトラブルに遭遇したエヴァンは「自分では全員の命を保証できない」と判断した過去の自分に感謝した。


「ここに到達するまでに20日。もう引き返すべきか」


 往復に同じだけの時間がかかるとして、帝国までの帰りに最低でも半月はかかるから、などと思案しながらエヴァンは食事を続ける。

 

 燈火草の火が一瞬ゆらいだ。なんだか空気が冷たくなったような気がする。そんなことを思ったのも束の間、今度は一帯の燈火草の火が消えた。異変を感じ取り、すぐさま荷物をまとめ、愛用の剣の柄に手をかけた。いくらかの静寂の後、辺りが暗くなり始め、気温が急激に下がった。

 エヴァンは空を仰ぎ、そして悟った。


「嵐が来る」



***


 

  エヴァンが予期した嵐は数分と経たずに猛威を振るい始めた。先ほど採取した燈火草に自身の魔力を流して火を灯す。燈火草は採取しても1週間程度は魔力を流せば火を灯せる。灯としては申し分ない光量だ。


「洞窟......か?」


 当てもなくさまよっていたエヴァンの前にはいつの間にか人4人分程度の大きさはあろうかという洞窟の入り口に立っていた。中は何かが動いているのか、一定の間隔で何らかの音が鳴り響いており、真っ暗なその中の様子は外からは伺うことはできない。


「行ってみるしかないか」


 愛用の刀身の細い直剣を鞘から引き抜き、その剣先に魔術で火を灯した。何があるか分からない洞窟内で燈火草を片手に持っていては何かあった時に対処ができないと判断してのことだ。

 

 しばらく進むとぼんやりと光る鉱石が岩肌から露出する地帯に入っていた。辺りは洞窟の入り口に比べさらに広くなっており、目を凝らすと奥には何か大きな建造物があるようにも見えた。


 「ここは遺跡なのか?」


 エヴァンは自身の知識からこの建造物がいつのものなのかを導き出そうとする。だが、辺境伯領地で学んだ知識をもってしても目の前の建築様式がどの年代にあたるものなのかが分からない。まず、資料の多く残っている700年ほど前までの建築様式ではない。

 

「そもそもなぜ"禁足地"にこんな大きな建造物が、それも隠すように建てられているんだ?」


 徐々に見えて来た建造物の壁に触れる。冷たい。が、微かに魔力の流れを感じた。

剣先に灯した火の明かりであたりをよく観察する。エヴァンのいる外壁は城壁のように高く、一定間隔で大きな騎士の彫像のようなものが飾られていた。剣と盾を持つ騎士、銃のようなものと盾を持つ騎士の2種類があり、こちらもエヴァンの知識では年代を計りかねるものだ。


「な......んだ?」


 しばらく外壁に沿って歩き続けると、建造物の入り口のような場所にたどり着いた。こちらも城の入り口のように大きなもので両脇には先ほどの騎士の彫像よりはいくらか小さい、と言っても人間の1.5倍ほどの大きさの彫像が設置されていた。片方は半ば崩れているが、もう片方は完全な状態で設置されている。

 そしてそれはエヴァンが近づくと同時にガチャリと音を立てた。


「像......じゃない。マグというやつか!?」


 剣先の火を消し、構える。像だと思っていたそれは西大陸の王国のある都市の防衛兵器として使われているといわれる失われた古代の人型機械。それの登場でうすうす感じていた目の前の建造物に対しての違和感が確信に変わる。

 この遺跡は文献がほぼ残されていない古代の遺跡であるのだと。



***



「ええい!」


 得物を持たない人型の機械兵器、マグが腕を振り下ろす。自身の能力と得物の直剣では受けきれないと判断したエヴァンはすぐさま後ろに飛び退き、そして反撃の体勢を取る。マグの拳は洞窟の地面にヒビを入れ、抉っていた。受けていたら間違いなく得物を折られ、エヴァンも致命的なダメージを負っていただろう。

 直剣に火の魔術を施し赤熱した刀身を振りかぶり、マグの右腕に振り下ろした。甲高い金属同士がぶつかる音と共に弾かれるかに思われた刀身は宿した高熱により徐々にマグの装甲を溶かした。とはいえ、たった数秒では切断に至らない。マグはエヴァンを拘束するべく左腕を突き出してくる。寸でのところで身をよじらせて回避したエヴァンはそのまま勢いをつけて装甲を溶かしつつある刀身を支点に自身の身を空中で一回転させてマグの背後を取った。


「いただく!」


 狙いすまし四肢の付け根、装甲の隙間を狙いさらに直剣に魔術を施す。外皮の硬い魔獣や鎧を纏った騎士相手に使用する"防御力を一定まで無視して内部にダメージを与えること"ができるようになる強化魔術である。それに加え、エヴァンが持つ剣術の技で最も得意とする攻撃で右脚の付け根を穿った。

 彼が放ったのは帝国の兵士たちの間では「三閃」と呼ばれている渾身の力を込めた突きを瞬時に三回行う技だ。寸分の狂いもなく同じ箇所に叩き込めればどのような鎧であっても貫通させたことから彼が"鎧狩り"とも呼ばれる理由でもある。


 放たれた3度の突きは装甲の隙間に入り込み、その内部フレームにダメージを入れることに成功した。一度目はわずかに穿ち、二度目はヒビを入れ、三度目には完全に破壊した感触が手に伝わって来る。

 片足が機能を失ったマグは体勢を崩すも、上半身のみ強引に振り返り腕を振り回してきた。間一髪で体をのけぞらせて回避したエヴァンは、マグのもう片足を狙って剣に魔術を施した。

 熱を帯びさせる火の魔術をやめ、"貫通"の魔術のみに専念する。そして三閃。三度の突きによってフレームを損傷させた後に剣先から魔術を発動させる。剣先から単純な水を生み出す魔術。生み出された水は瞬く間にマグ内部の隙間から全身に浸透し、装甲の隙間から漏れだす。そしてそれを確認したエヴァンは次の魔術を発動する。

 強烈な光と共にマグが痙攣する。彼が発動したのは雷の魔術。マグが失われた科学技術によって生み出されたということを知っていたため、思いついた作戦だ。

 いくらかの時間、内部で発生した電流によって継続ダメージを受けたマグはその後、糸が切れた人形のように動きを止めた。


「危なかった」


 愛用の直剣をマグから引き抜き、滴る水を振り払った。それを鞘に収めると遺跡の入り口の方を向く。とりあえず嵐が治まるまでは遺跡内でおとなしくしておこう。幾分か内部の方が寒さが和らいでいる。外にいる間に採取した燈火草もまだいくつかあるのでわずかな間であれば寒さをしのぐことはできるはずだ。




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