第6話 仮面

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 私とタケヤは、いつものように裏階段にいた。二人の視線の彼方には入道雲が見えている。でも、お盆もはるかに過ぎて、少し風向きが変わってきた気がする。セミの声はするけど、前のように耳元じゃなくて、どこかで鳴いている感じ。その代わり、トンボが飛ぶようになった。大きなシオカラトンボが、私たちの前でホバリングして、また、ツイっと飛んで行く。

 その日、タケヤはお父さんの使う仮面を手に持っていた。タケヤはそれを顔に当てて、あっちを見たりこっちを見たりしてる。タケヤ自身が被るものは、頭ごとすっぽりかぶる形だし、自分の物は、じっとしてなきゃいけない辛い時間を思い出して嫌なのだろう。私は「見せて」と仮面を手に取らせてもらった。思ったより軽い。舞台では鉄の仮面に見えるけど、実際は木製で丁寧に色が塗ってある。あのお父さんの顔を隠すのだから、とても大きい。顔に当てて覗いて見るけど、目の位置が違うのか、周りはよく見えない。私は仮面を返した。

 タケヤは再び仮面を顔に当てて空を見上げている。仮面は不思議だ。タケヤはきれいな顔なのに、中世の騎士のような仮面を当てただけで、タケヤがタケヤじゃなくなる。とたんに恐い感じになる。仮面を取っていつものタケヤに戻ったらホッとした。

タケヤがポツリと言った。

「どうして仮面を被るんだろう。何を隠そうとしてるんだろう…どう思う?」

「?………」 

夜店のお面を被るような子供っぽい動作をしていたタケヤから、突然難しい質問が飛んできた。私に答えられるわけがない。タケヤが言った。

「強がってみせるのかな…みんな、ほんとは弱いのに」

「ああ、そうかもしれないね」

「少なくともさ、自分の弱い面は隠せるよね。でも、それって、無理してるよね。本当の自分が弱虫だとしたら、きっとうまくいかないよ。そう思わない?」

「うん、そうだと思う…」

 子供、子供と思っていたタケヤから、こんな言葉が出てくるとは思わなかった。

「舞台で仮面被るのは、それが筋書だから仕方ないけど、俺、知ってるんだ。ダディは普段から仮面被ってること、ていうか…、周りのみんなが、ダディのこと、外国人っていう仮面で見てるんだよな。もう、日本人になってるんだけど、誰も、そんな風に思わない。みんな、ダディのこと『外人』だって思ってる」

「それは仕方ないよ。見た目が違うんだから」

「でも、その仮面が、ダディがダディでいられなくしてるんだ。日本人って、アメリカ人とかに変な憧れ持っていて、最初からそう言う目で見ちゃう。そのままの自分を見てくれない。ダディが舞台で仮面被るの、それがあるからなんだ。素顔のままでやると、自分が舞台で伝えたいものがあるのに、それを見てくれない。アメリカ人の芝居としか見てくれない。それが嫌なんだと思う。だから、ダディは、仮面を被ることで、初めから被せられてる仮面を隠すんだ。おかしいよね………」

 私はちょっとついて行けなくて、頭が混乱してる。私たちは、確かにラッセルさんのような外国人をあこがれて見てしまう。かっこいいと思う。それって、嫌なことなのかなあ………。

私が、タケヤのことちょっぴり好きになってる。それも、タケヤがハーフだっていう仮面に憧れてるの?違うな……好きは好き、理由はないのに……。


 タケヤは、さらに前を向いて何か考えている。目の前にトンボが浮かんでるのに、それすら目に入らないみたいに。セミを捕まえていた数日前とは違うタケヤがそこにいた。男の子は、ちょっとわかんない所があるな……。その時、真剣な顔をしていたタケヤの表情がふと緩んだ。

「大人って、子供の前では、大人の仮面被ってるよな。でも、それって、すぐ分かるんだよ。ああ、今、無理して大人のふりしてるな、って」

「ああ……そう言われてみればそうね。ウチのお母さんなんて、すごく分かりやすい。母親の仮面被ってる時もあれば、全然素になっちゃって、『ねえ、ねえ、サクラ聞いて…』って、私に甘えてくる時もある。酔っぱらってる時なんかそうなの。かわいいよ……」

「そうか……俺のダディは、そこまでいかないな。なかなか父親の仮面取らない。寝る時なんか、俺が眠るまで、じっと見てるんだ。最後まで父親の仮面取らない。あの人が、素に戻る時ってあるんだろうか、って思う」


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 それから、私とタケヤは、自転車で、少し遠出をした。タンパチ山という、サクラの名所で、山全体が公園になっている所がある。そこのふもとに自転車を停め、歩いて登った。登りながらタケヤが言った。

「俺のお母さんは、山登りが好きだったみたい。いつか俺と一緒に山に登りたいって言ってた。それで、最初に登ったのがこの山。こんなの山じゃないけどね……」

 頂上までいかないけど、南に向けて視界が開けてる所に出た。

「ここの頂上は、木が邪魔してて、全然見晴らし良くないんだ。ここが、一番眺めいいんだよ」

 そこには、何が書いてあるのか分からないけど、大きな板状の石碑があって、その周りにいくつもの石が立ち並んでる。

「俺、ここで遊ぶの好きだった。ここに来るときは、いつもお母さんと二人だったけど、ひとりかくれんぼして、いつまでも遊んでた。お母さんは、いつもそこのベンチに坐って見てたよ」

 私は、少しためらったけど、思い切って訊いてみた。

「お母さんは、今、どうしてるの?」

「さあ………どっかで、生きてると思うけど………」

 タケヤは、石碑の周りの、一段高くなっている所に上がって、石の周りをくるくる回ったりしたけど、そこで遊ぶには、タケヤは、もう大きくなりすぎてる。降りてきて、タケヤの母親が坐っていたベンチに坐ってる私を見て言った。

「母さんも、ダディもそうだけど、俺たちに見せてるものって、やっぱり仮面だよね。仮面の裏側にあるもの、どうせ、見てはいけないんだろ……それは知ってるよ。俺たちだって、子供じゃないんだから……」

 私は黙って頷いた。確かに、タケヤは私が思ってたほど子供じゃなかった。






 

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