第5話 縁日
1
私とタケヤが仲良くなったことから、お母さんも、タケヤ親子と親しくなった。タケヤ親子は「うなぎの間」に住みついているので、逗留が長くなるにつれ、夏だし、特に衣類の洗濯が大変。お母さんは、瀬戸屋の洗濯機を使って、一生懸命洗濯をしてあげる。その点、学校が夏休みで午前中の仕事がないのは助かる。寝間着の数が足りないと思って、お母さんは、別れた亭主の物を持ってきた。少しサイズを直せば、大丈夫。親子が持参してきてる物はわずかなので、お母さんは、色々必要な物を買いに走る。当然、お父さんのラッセル氏は代金を払うと言うが、お母さんは、それだと押しつけになっちゃう。あなた達が帰ったらウチで使うから、と言って受け取らない。その辺の交渉術、口で生きてるホステスの母はうまい。食事も、瀬戸屋の厨房で作ってあげるのだけど、同じ理由で、
食事中、お母さんは世間話をする。お客さんから得た情報が山ほどあるので、話題は尽きない。お父さんのラッセル氏、見た目は、若干怖そうな雰囲気あるけど、実は話好きでよく笑う人だった。話題が学校のことになると、私はよく喋るけど、タケヤは何も言わない。自分のことを話題にされるのは嫌なんだ。
お母さんとラッセルさん、互いの過去に触れることはない。その辺の感覚も、私にはよく分かる。私はもう大人だ。それに比べると、私と目を合わせることもなく黙々と食べているタケヤ、子供だなあ、と思う。
私は、食べながらタケヤのことをチラ見する。灰色の髪はお父さん、でも、目元はきっと日本人のお母さんに似てるんだ。鼻は、同級生達みたいな団子っ鼻じゃない。高くてかっこいい。口元もキリっとしてる。顔の下半分はお父さんなんだね。将来は間違いなく素敵な男性になる。でも、その時は、私は側にいない。だとしたら、そのまま、子供のままでいいから、そこにいてほしいな……。
2
親子が来て七日目に、近くの水天宮さんの縁日に行くことになった。お母さんは、いつのまにかラッセルさんの浴衣を準備してた。驚いて遠慮するラッセルさんに、「貸してあげるだけだよお。あたしも浴衣着るから、こういうのは、お揃いでなきゃダメなの」と押しつけてしまった。お母さんの着付けもうまいけど、ラッセルさんの体格がいいから、浴衣がとても似合う。「ほんとは、もう少しお腹が出てるといいんだけどね」と言って、ラッセルさんのお腹をポンと叩く。「オナカ?」ラッセルさんも笑ってる。
私も、以前から持っていた浴衣を着た。タケヤは、さすがに短パン、Tシャツ。浴衣を着た私のこと、チラ見すらしない。仕方ないよね…子供なんだから。
タケヤ達は夜の舞台があるから、夕方も早い内から出かけた。お母さんがラッセルさんと並んで歩くから、私とタケヤも並んでついて行く。ちょっと意識しちゃって、ぎこちないんだけど、ここは私の小学校の学区の外だし、時間も早いので、知ってる子に会う心配はない。
ラッセルさんの、背が高く、長い髪を後ろで束ねた外国人姿は、さすがに目を引く。でも、お母さんは、人の視線はまるで気にしていない。私たちが後ろで見ていなきゃ手もつないでしまいそう。男性との距離をあっという間に詰めてしまうのは、ホステスの技かもしれないけど、ポーズなのか本音なのかは、誰にも分からない。むしろ、そのどちらも見せておいて、男性側からのアプローチの空間を残しておく、どちらへも行けるようにしておくのが、女の奥の深い所。でも、最後に残る自分の思いは純粋だと信じてるのが女なんだ。
水天宮様の境内はまだ明るく、夜店の雰囲気はないけど、準備はできているので、もう子供たちが群がってる屋台もある。タケヤも、すぐに屋台の方に目が引かれた。でも、お母さんは、それが見えているように前を指さして「先にお参りするんだよ」と言った。私たちは二人ずつ並んでお参りした。ラッセルさんは、日本に来て長いので、堂に入ったお参り姿だ。私は、お願い事が長くなってるのを見られたくないからサッと済ませた。で、横を見てビックリ。タケヤ、まだお参りしてる。う~ん………ちょっとわかんない子だな。
私たちは、喉がかわいてたので、まず氷水の所へ行った。私はパイン味。タケヤはメロン味。甘くて、ホッと一息。それから、隣の水笛のお店に行った。青と黄色の、ハトさんの水笛をそれぞれ買う。実は私、水笛は苦手。いい音が出たためしがない。でも、タケヤは「ピーヒョロロ」と見事な音を出した。お店のおじさんが、「おっ、兄ちゃんうまいな!」と言うほど。
それから色々見てから、二人が「これ!」と意見一致したのがハッカパイプ。あの味は、なんか、永遠に心に残る。私は、すぐピンク色のを選んだ。タケヤは、いっぱい吊るされてるのをアレコレさわって選んでいる。意外とこだわりタイプなんだ……私が、あっさりしすぎてるのかな…。
その次にタケヤがやりたがったのは、コルク鉄砲。私はダメなの分かってるので、応援に回った。タケヤは「クソ!、クソ!」と金色のライターを狙って何度も挑戦する。……当たらない。お小遣いはたくさんもらったつもりだったけど、もう、底をつき始めた。タケヤが「50円貸して」と言うので貸してあげた。
私は、お母さんたちのこと、忘れてたわけじゃないけど、私たちも子供じゃないんだし、帰る時は声かけてくれるだろうと思って、気にすることはやめてた。
コルク鉄砲が当たらなくて、がっくりして歩き出した私たちの前に、二人の後ろ姿があった。お母さんは、しっかりラッセルさんの左腕にすがりついていた。
それを見てタケヤが言った。
「お前のお母さん、すぐ、ああいうことするのか?」
「仕事がらだと思う…」
私は、冷静な答えを返しておいた。タケヤは、あからさまに嫌な顔をした。そして「ふん!」と言って歩き出した。私は、黙ってついて行った。
あたりが少しずつ暗くなり、アセチレンの光がまぶしく見えるようになってきた。私は、足元の風船釣りの水桶に目をやった。風船の、いろんな色の光を受けて、キラキラ水が揺れている。私は、ふっと思った。今この時のこと、きっと何年たっても、私は覚えてるだろうな……と。
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