第4話 同級生

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 私(サクラ)と一人芝居芸人の息子タケヤは、ほんの少しだけ仲良くなった。公演三日目の午後、二人で裏階段に並んで坐って涼んでいた。タケヤ親子は隣町に住んでいて、今は学校が夏休みなので、気づかいなく瀬戸屋に親子で逗留することができるのだ。私の方も、お母さんの給食のオバさんの仕事が休みになるので、一日中一緒にいられる。だから私は、ほんとにほんとに夏休みが大好きだ。

 でも、タケヤは、父親の仕事に付き合わされること、あまり好きじゃないと言う。

特に今回は、自分が出演するので「疲れる」と言った。初日の舞台、あまりに時間が短かいというマネージャーの意見から、父のラッセル氏は、大幅に脚本を書き変えた。処刑人の来歴、罪人が犯した罪や、その半生について長々と語り合う時間を作った。その部分は劇の前半を占めるので、その間、罪人役のタケヤは、人形然とした姿で、ピクリとも動けず我慢してなきゃならない。ちょっとでも動いて、人形に人が入ってることが観客にばれたら、最後の場面で、人形に手足が生えて動き出すという、驚きの演出が台無しになってしまう。ホールには大型クーラー入ってるけど、さすがに照明を受ける舞台の上は暑い。汗だくになる、とタケヤは言う。そういえば、初日の舞台の後、私が抱きついてしまったタケヤ、いっぱい汗をかいていた。ごめんね、嫌な思いさせちゃったのかな………。

 今のタケヤは、水色のTシャツを着ている。ここは日陰だし、街並みの向こうの、川の方から吹いてくる風があって、それなりに涼しい。私は、並んでいる体を少しだけ後ろに引いて、タケヤのTシャツの背中、灰色がかった髪を見つめる。正直、その髪羨ましいし、「きれいだな」と思う。でも、ちょっとでも自分たちと違う部分があると、すぐイジメを始める小学生。きっと、タケヤも辛い思いしてるのかも………。

私が同じクラスに居られたら、思いっきり全力で守ってあげるのに、と私は思った。


 私とタケヤは、小4の同級生であることが分かった。小学校の高学年は、女子の方がちょっぴり成長が早く背も高い。だから、タケヤと私も、今は背丈は同じくらい。

でも、お父さんあんなにでっかいことだし、タケヤも、すぐに、見上げるほど大きくなっちゃうんだろうな……。タケヤが、そんなに大きくなった頃、私は、タケヤのそばにいるだろうか……。いないだろうな………どう考えても、きっと、この夏だけだ。さみしいけど、それは間違いのないことに思えた。

 こんな女の子の感傷など、男の子に分かるわけがない。タケヤは、目の前に飛んできたアブラゼミをバシッとつかまえた。タケヤの手の中で、ジョワジョワと鳴き暴れるアブラゼミ。「ど、どうするの?それ…」「待ってろ、今に来るから…」「何が?」タケヤは、目の前の、離れた所を飛びぬけるセミに向けて、手の中のアブラゼミを思いきり投げた。当たらなかった。両方とも飛んで行った。

「セミぶつけ。セミにセミをぶつけるんだ。なかなか当たらない…」

「かわいそうじゃない!当たったら、死んじゃうかもよ…」

「死なねえよ…それに、死んだって、どうせ、一週間くらいの命だろ?変わんないよ、少しくらい短くなったって…」

「そんなの……遊びで、生き物を殺すのはよくないよ…」

「ふん………」


 あ~あ…と思った。いつも学校で思う。男子は、1人の天才と99人のバカだって。タケヤも、バカの方だったんだ………。私がため息をついて、脇に目をやった時、

タケヤがポツリと言った。

「お前ってさあ……」

 私はドキッとした。タケヤが、何か、私のことに触れようとしたのは初めてだったから。

「親、ひとりなのか?………」

 一瞬意味が分からなかった。タケヤが続ける。

「お母さん、ホステスさんだろ?お父さんは?」

ああ………そういうことね。私は答えた。

「お父さんとは、離婚したみたい。私がちっちゃい頃に」

「ふうん………やっぱりね。俺のお母さんも、ダディと俺残して、急にいなくなった。学校入ってすぐだったかな………」

「そうなんだ………」

 私は、父親には、何もいい思い出がない。母親に暴力をふるう父親だった。ある日父親がいなくなってずいぶん経った頃、親戚のおじさんが来て、「美穂子さん、ここにハンコついて」と紙を持ってきた。母は呆然としていたけれど、私は、これで、あの人がいなくなるんだと思って、正直ホッとしたのを覚えてる。

「俺たち、似てるんだな……」

「あっ………そうね…………」


 私は、お母さんと二人でいられる今が一番好きだし、昔のことをそんなに思いだしたくない。タケヤもきっとそうじゃないかなと思って、それ以上何も聞かなかった。

一つだけ、最初に聞いてみたいと思ってたことを思い出した。

「あのさ、タケヤ君の名前、なんか、かっこいいけどさ………誰がつけたの?」

「ああ………ダディがつけたんだよ。あの人、十代で日本に来たんだけど、なんか、日本の竹がすごく気に入って、それで、俺の名前にしたんだって………」

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