第2話 断頭台

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 私は、マネージャーの田所さんがホステスさん達と話してるのを横で聞いていて、ようやく、あの不思議な親子が「うなぎの間」に入った理由が分かった。

マジシャンやバンドネオン楽団は、自分が出演する日にやって来て、ショーが済むと自分の家に帰っていく。あの親子が「うなぎの間」にいるのは、帰る家が近くにない。つまり旅の芸人ということだ。

 翌日、新しいショーの初日ということで、社長もやってきた。普通ショーの出し物は、ひと通り関係者の前で演じさせてからゴーサインが出る。でも、このところ続けているマジックやバンドネオンはどれも似たようなものなので、新しい人が来てもぶっつけ本番でやらせてる。特に今回は社長の知人の推薦があったし、なにより大道具の作成に手間がかかって、リハーサルの時間がなかった。 社長は目の前に立った、何処から見ても外国人の男を見て、ぶっつけ本番を決めた。大都市の裏側で流行っているアンダーグラウンド演劇を期待させる空気があったから。ただ、実際にそこで演じられた一人芝居は、大方の予想を越えるものだった。


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 その日のショーがいつ始まるかということは、実は決まっていない。その日の客の入り具合、八つあるボックス席が全部埋まり、飲食と会話がひと通り進んで、そろそろ話題も尽きたかな、という頃合いを見計らって、マネージャーの田所さんが司会役の大崎さんに合図を出す。大崎さんは、いつものように緑色の派手目のスーツ、蝶ネクタイに、わかりやすいカツラを頭に乗せ、舞台の縁に上がり、スポットライトの中に立つ。派手なオープニングの音が流れ、大崎さんが声を張り上げた。

「レディースンジェントルメン!本日のショータイムの始まりでございます!」

 昨日「うなぎの間」で見た、あの不思議な外国人のショーを、私が見逃すはずはない。私は、天井桟敷の特等席に陣取って見下ろしていた。

 司会の大崎さんが、手元のメモを見ながら言葉を続けた。

「本日は、はるかアメリカ合衆国よりお越しになった、ブライアン・ラッセル氏のショーをご覧いただきます。しかるに………………、こののち幕が上がり、スポットライトの中に立ちますのは、ラッセル氏ではありません。……………鉄面の死刑執行人です。では、最後まで、ごゆっくりご覧ください………」

 再び派手なオープニングの音の後、ボックス席のテーブルランタン以外、場内の全ての明かりが消え、真っ暗になった。闇の中ズルズルズルと幕が上がっていく。舞台の上も、まだ真っ暗。私の横には、道具係兼照明担当の宮前君がいた。宮前君がスイッチを押すと、「ジョバッ!」っとすごい音がして、スポットライトが点いた。


 青いスポットライトの中に浮かび上がったのは、わたしが「うなぎの間」で見た、あの外人さんの髭ずらの顔ではない。鉄の仮面を被っている。中世ヨーロッパの騎士が決闘の時被るような、ほとんど顔が見えない鉄の仮面だ。でも、体には鎧をつけていない。着けていないどころか、毛皮のようなみすぼらしい服を身にまとっているだけだ。

 仮面の男は、何も言わずにただ立っている。不気味な仮面と異様な姿。客は黙って見ているしかない。でも、ただ立っているだけで、あまりにも動きがないので、少しざわざわとし始めた。その時だった。男は突然「ウオ——‼」とホール中に響き渡る大声を上げた。ショーのつかみとして、よくあるパターンだけど、もう、その瞬間から、観客は全員、舞台から目が離せなくなった。


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 仮面の男は、右手に鉄のように光る長い棒を持って立っている。そして、よく通る声で、見事な日本語を話し始めた。

「わたしは、死刑執行人である。わたしは、この国の公正な裁判により死刑が確定した罪人の刑を執行する。わたしによって刑を執行されるその者が、いかような罪を犯したのか、それは、わたしの知ることではない。わたしは刑を執行する。そして、罪人は執行される、それだけだ………」

 少しずつ観客の目が闇に慣れてくる。同時に、ここが、照明係の宮前君の腕の見せ所なんだろう、男の左手にある何物かに、真上から少しずつ弱い光を当ててゆく。

舞台上に舞うホコリをキラキラさせながら、そこにある何かが姿を現し始めた。

とても背が高く木造りで簡素な長方形の物体。

 仮面の男は、左の方を向き、その背の高い物体を見上げる。

「これを何だとお思いになる…これが、わたしの死刑執行の道具、ギロチンだ…」

 男は一歩近づき、右手の棒で、その物体の最上部を指し示す。

「ここに大きく重い、そして研ぎ澄まされた刃物がついている…」

 うまく照明が当たり、キラリと光るのが見えた。

「そして、この紐が、この金具に留められているが、わたしが、この棒で留め金から紐を外した瞬間、刃が落ちて罪人の首を刎ねる。一瞬で、すべてが終わる。…………よくできた道具だ。古来数えきれない人の首が落とされてきたが、痛みを感じた者は、一人としてなかったろう。かのマリー・アントワネットもこの道具によって天国に行った。………話してるだけでは分からん。実際に見せて進ぜよう………」

 男は、足元に転がっていたダイコンを拾い上げた。罪人が首を乗せるために半円にくりぬいた板の上に、無造作にダイコンを乗せる。金の棒の先を、紐が留められている金具の先に当てた。

「ここは、ジャパン。そしてわたしはアメリカ人。だけど、なぜか、わたしは、この掛け声が好きだ……………いきましょう……………イー、リャン、………サン!」

棒が紐に触れた瞬間、巨大な刃物が落ち、中間で一瞬光って、ズドドンと落ちた。

見事に切れたダイコンは、舞台の縁までコロコロ転がっていった。

「うおぉぉ………」ため息のような声が場内に広がった。本物の断頭台であることが証明されたのだ。

 仮面の男は、おもむろに客席を見回す。

「言うまでもないことだが、ギロチンはダイコンを切るためにあるのではない。罪人の首を刎ねるためにあるのだ………」

 男は、断頭台の前に進み出て、さらに左側の闇の方へ体を向けた。ただの闇でしかなかったそこに、弱く白いスポットライトを受けて、坐りこんだ、一人の人間の姿が浮かび上がってきた。男が言った。

「みなさんにご紹介しよう。この男が、今日、首を切られる罪人です………」

 その罪人は、とても弱々しく小さく見えた。そして、やはり仮面を被っていた。



 


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