見られている

倉沢トモエ

見られている

 夏は日差しが強いので明るい色が映える、ということまでは考えていなかった。その日は急いで家を出たのでなんとなく白いトップスだった。


 うだるような暑さの中でも、仕事の手続きは待ってくれない。ネットで対応できることはしていても残るそれらを片づけていたら気づけば昼食を食べ損ねそうな時間だった。時間もないので立ち食いそば屋に入ろう。疲労で判断力が落ちているのでメニューをあまり考えたくなかった。


 食券を出して番号札を受け取り、水を入れた紙コップを持ってテーブルの隙間を探してさまよっていると。


 気のせいだろうか。


 広くもない店内で視線を感じる。


 それもあちこちから。


 しかし、誰もが目の前のそばやうどんをすするのに忙しいはずで、それで視線を感じるというのは私がどうかしているのである。きっと疲れているからだ。その時はそう思った。


(ひっ)


 だがようやく見つけた席で、隣の人が何度もこちらをちらちらとみているのはどうも気のせいではない。

 なぜ。

 私は水をひとくち飲む。冷たさが喉にしみわたる。


「……はっ!」


 その冷たさが私を冷静にした。


 先ほどからの店内の雰囲気。


 私は確かに見られていた。


 隣の席からの視線も、ほら、また見られた。


 私も注意を払いながら、隣席を見た。


「……」


 


 なぜ気づかなかったのか。隣人は紙エプロンを着用しているではないか。


「——」


 そのときカウンターからは私の番号を呼ぶ声が聞こえ、それを幸いにその席からは離れた。


「ざるそばでお待ちのお客様」


 立ち食いそば屋の客の回転は速い。

 私が水を飲みカウンターから呼ばれるのを待つ間に、空席はいくつもできていた。


(ありがとう)


 悲劇を回避させたのは、私に向けられた無数の名もなき視線である。


(自分が白い服着てるのも忘れていたなんて)


 ああ。猛暑がこわい。

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見られている 倉沢トモエ @kisaragi_01

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