【短編小説】宇宙の素
一.宇宙からのメッセージ
十四周期の間、我々がエステノイザで守って来た「宇宙の素」が崩壊を始めた。
外殻に亀裂が入った。間もなく、崩壊と膨張を始めるだろう。
最悪の事態を避けるべく、我々はあらゆる方法を用いて、宇宙の素を安定化させようと試みた。だが、崩壊を食い止めることができなかった。これ以上、宇宙の素をエステノイザに留めておく訳には行かない。アルタミバラは宇宙の素をこのままエステノイザに留めておくと、宇宙の素の崩壊と膨張に巻き込まれ、エステノイザは大爆発を起こして塵となるか、宙域の果てまで吹き飛ばされてしまうと言う。
いずれにしろ、我々は滅亡するしかない。
我々は宇宙の素を宙域に放出することにした。宙域にあるダミンへと放出するのだ。
宇宙の素をダミンに戻すことができれば、星団宙域は安定が保たれ、エステノイザはこの先も繁栄を続けることができる。
我々はダミンに向けて、宇宙の素を放出した。
だが、宇宙の素の崩壊は我々の計算よりも早く訪れた。宇宙の素がダミンに到着し、吸収され、再圧縮が始まる前に、崩壊してしまったのだ。
星団宙域で宇宙の素は膨張を始めてしまった。
星団の安定は損なわれ、我々は滅亡の道を歩み始めた。宇宙の膨張により、星団は散り散りとなり、エステノイザは広大な宇宙をさまようことになるだろう。
我々はエステノイザを捨てるしかなかった。
長い長い旅を経て、我々はハイスへと移動した。
アルタミバラは言う。宇宙の素が星団宙域で膨張したことにより、宙域内で数多のダミンが生まれた。宇宙の膨張により、宙域内に歪みが生じ、極度に圧縮された箇所が現れたからだ。それがダミンとなったのだ。
いずれにしろ、ダミンは宇宙の圧縮を始めた。
ダミンは星を成型するが、ごく稀に宇宙の素を成型してしまう。
宇宙の素は宙域の安定を損なう危険な物質だ。
我々はダミンが宇宙の素を形成してしまったことを確認した。
ダミンが形成してしまった宇宙の素が、膨張に伴い、星団宙域外へ飛ばされてしまった。いずれ、宇宙の素は崩壊し、膨張を始めてしまうだろう。
宇宙の素の進路にあたる者たちよ。我々の言葉を聞け。宇宙の素を見つけ次第、ダミンへと送り返すのだ。ダミンへ送り返し、宙域の安定を保つのだ。
我々の言葉を送る。もし、宇宙の素の進路に、我々の言葉を理解することができる者たちがいたなら、我々の言葉に従い、宇宙の素をダミンへと送り返すのだ。そうすれば、滅亡から逃れることができるだろう。
宇宙の素をダミアンへ送り返すことに成功したなら、我々に教えて欲しい。
我々の言葉を理解できない者たちは、滅亡の意味さえ理解できないであろう。
繰り返す。
十四周期の間、我々がエステノイザで守って来た「宇宙の素」が崩壊を始めた・・・
「何だ? これは?」原稿を机の上に放り投げながら、高橋が尋ねた。
蓮沼が答える。「はい。総理。総理は十年ほど前に宇宙から謎のメッセージを受信した時のことを覚えていらっしゃいますか?」
高橋誠之助は日本国第百二十三代総理大臣だ。科学技術庁長官の蓮沼忠己が大至急会って報告したいことがあると言うので、予算審議会を抜けて執務室に戻って来た。
「ああ、覚えている。世界中の天文台で宇宙からのどこかから発信された信号を受信した。あの当時、宇宙からのメッセージではないかと随分、話題になったものだ。単なる雑音だと言う学者も多かった。世界中の科学者がメッセージの解読に挑んだが、いまだに解読できていないはずだ。違ったかな?」
高橋は六十代、毛量の多い髪の毛と眠そうな眼が特徴的だ。
「ご記憶の通りです」と蓮沼が頷く。蓮沼は四十代、七三に分けて綺麗に撫でつけた髪に、黒縁の眼鏡、科学者と言うより、保険のセールスマンに見える。
「総理。その宇宙からのメッセージの解読に、加護山博士たちの研究グループが成功したのです」
「おう、そうか!」と高橋が喜ぶ。
世界に先駆けて宇宙からのメッセージを解読したとなると、総理大臣として高橋も鼻が高い。日本の科学技術を世界に誇ることができる。
「宇宙から送られてきたメッセージはピーピーという雑音にしか聞こえませんでした。ですが、詳しく分析すると、高い音と低い音、短い音と長い音に分けることができます。
加護山博士はそれを(情報を伝達する為の信号である)と考えました。要は、言葉です。世界中の言語や情報伝達手段としての信号、モールス信号などと比較し、コンピューターを駆使して解析を進めたのです。その結果、音階と音の長短、それに同じ音階でも尻上がり、尻下がり、平坦などの声調で言葉を表しているのだと気がつきました。加護山博士は信号を発音が意味を持つ表音文字だと考えたのです。
恐らく、未知の知的生命体は我たちのように声帯が発達していないのでしょう。それぞれの音をアルファベットに置き換えることで、発音は分かったのですが、そこまででした。意味までは分かりませんでした」
「うん、うん」と高橋が鷹揚に頷く。
「そこで、加護山博士はメッセージの中で頻繁に出て来るデラスタという言葉に注目しました。デラスタは『私、もしくは私たち』という意味ではないかと考え、そこからひとつひとつ単語を置き換えてみました」
「ほう~それで?宇宙からのメッセージは、どんな内容だったのだ⁉」
「それが・・・今、総理がご覧になった原稿です」
「これ⁉」高橋は机の上に放り投げた原稿を改めて手に取った。
「そうなのです。加護山博士によると、エステノイザやハイスは彼らが住む星か都市の名前、アルタミバラは個人、恐らく高名な科学者の名前か科学技術庁のような組織の名前、そしてダミンはブラックホールのことではないかと言うことです」
「この子供が書いたような文章が、宇宙から送られてきたメッセージだと言うのか⁉」
「はい。そうです。加護山博士によれば、恐らく二百億光年以上離れた星から送られてきたものだと言うことです」
「二百億光年・・・」
「ハイスに住む知的生命が地球の危機を知らせてくれているのです」
「地球の危機?どういうことだ。この文章を読んでも、よく分からないぞ」
「加護山博士によれば――」と蓮沼が説明する。
宇宙は膨張を続けており、外へ外へと膨張するだけでなく、内側にも膨張している。この膨張により、宇宙の内部に歪みが生じ、密度が高くなってしまう箇所が現れる。膨張のしわ寄せを受けてしまった箇所だ。この箇所がブラックホールとなる。
ブラックホールは宇宙を漂う塵や星、星の欠片など、あらゆる物体を吸い込み、圧縮してしまう。ブラックホールの圧縮により、星が誕生する。星の形が丸いのは、おにぎりを握るように、あらゆる方向から圧縮を受けるからだ。
ブラックホールは星を産んでいるが、時に「宇宙の素」と呼ばれるものを作り出す。
「宇宙の素、何だ? それは」
「加護山博士にも分からないと言うことです。丸いものであることは間違いないのでしょう。ですが、それがどういったもので、何なのか分かりません。宇宙そのものを極度に圧縮したものだそうです」
「宇宙そのもの? ふむ。それで宇宙の素がどうした?」
「十四周期がどれくらいの時間なのか分かりません。彼らが住んでいる星も惑星で、恒星の周りをゆっくりと回っていて、一回りする周期ではないかと加護山博士は思っているようです。いずれにしろ、長い間、彼らの星で、この宇宙の素を守って来たようです。ところが、ある日、この宇宙の素が崩壊を始めてしまいました。固い外殻で覆われているようですが、一旦、崩壊を始めると、元の宇宙に戻ってしまいます」
「元の宇宙に戻ると、どうなる?」
「例えば地球上で宇宙が広がってしまうと、大気や水、それに地表にあるものは全て宇宙に吹き飛ばされるか、宇宙に覆われてしまいます。水や空気が無ければ我々は生きて行くことができません。人類は勿論、地球上の生命は絶滅してしまうでしょう。
地球そのものも破裂して粉々になってしまうか、宇宙の果てに飛ばされてしまいます。太陽を中心に回っている太陽系の星々も宇宙の膨張に巻き込まれ、散り散りになってしまいます」
「おい!君、そりゃあ~一大事じゃないか!」
「そうです。だから、彼らは崩壊を始めた宇宙の素を宇宙へ捨ててしまおうとしたのです。ただ捨てるだけではダメです。自分たちの星の近くで宇宙が膨張を始めてしまったら、そのあおりで影響を受けてしまいますから。
宇宙の素はブラックホールへ捨てるしかないと、彼らは言っています。ブラックホールで生まれたものです。ブラックホールに投げ込んで、もう一度、圧縮してもらうしかないのです」
「なるほどな」
「彼らは宇宙の素をブラックホールへ捨てようとしました。ですが、彼らの計算より早く、宇宙の素は崩壊し、宇宙の膨張が始まってしまった。その影響は彼らの星や星系に及びました。絶滅から逃れる為に、彼らは住み慣れた星を捨て、別の星に移住したようです。
こうして、歪が生じた宇宙空間に幾つものブラックホールが出来てしまいました。ブラックホールのひとつが宇宙の素を作り、その宇宙の素が宇宙を漂っているのです。彼らは宇宙の素の進行方向に向けて警告のメッセージを発信しました。ブラックホールに送り返せと。そのメッセージが、地球に届いたと言うことは・・・」
「宇宙の素が地球に向かっている――と言うことか!」
「そう言うことです。既に加護山博士はメッセージ研究の第一人者、アメリカのディアス博士と連絡を取り、解読に成功したこと、そしてメッセージの内容について報告をしてもらっています。ディアス博士は直ぐに大統領と相談すると言っているそうです。
総理、後は総理の出番です。世界各国の首脳とメッセージを共用し、地球にやってくる宇宙の素を見つけ出さなければなりません。いや、総理、宇宙の素は既に地球に届いているかもしれません。隕石として、地球に落下しているかもしれません。そうなると、一刻を争います。地球滅亡の危機だと言って差支えないでしょう」
「うむむ・・・」高橋が唸った。
責任は重大だ。だが、国民に、そして世界中の人々に、日本国総理大臣としてのリーダーシップを示すチャンスが訪れた――と言えた。
高橋はぶるぶると身を震わせた。
「心配するな。武者震いだ。分かった。直ぐにアメリカのクルーズ大統領と連絡を取ろう。今は、世界中、仲たがいなんてしている時じゃない。中国やロシアとも連絡を取る。やるぞ!歴史に我が名を刻む時が来たのだ!」
真っ赤な顔をして高橋が叫んだ。
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