行列
いつから、この行列が出来ていたのだろう。
気がついたら、駅前に行列が出来ていた。長い、長い行列なのだが、歩道の端にきちんと一列に並び、通行の妨げにならないようにしている。
近くに人気のラーメン屋でも出来たのかと思ったが、行列が長過ぎるように感じた。行列は交差点を曲がり、延々と続いている。先頭がどこなのか、ここからは見えなかった。
翌日も、その翌日も行列が出来ていた。
流石に気になった。早めに出社している。始業時刻には、時間があった。好奇心から、交差点まで歩いて行って、行列の先頭を確かめてみようとした。だが、行列は歩道を延々と続いており、どこまで続いているのか見えなかった。
――何の行列なのだろう?
近くに並んでいた中年の男性に尋ねてみた。頭の薄い、その男は、「ははっ!実は、私、最近、リストラに遭ってしまいましてね。行くところがなくて、並んでいるだけなのです。この行列がどこに続いているのか、正直、知らないのです」と答えた。
すると、男の前に並んでいた制服を着た女子高生らしい二人が、「あら、この行列は“約束の場所”に続いているって聞いたよ。とっても綺麗なところなんだよ~写真を撮って、SNSにアップするんだ~」と教えてくれた。
「約束の場所?」
「うん。そこに行くと、誰でも幸せになれるんだって~」
女子高生たちはケタケタと笑った。
翌日、私は行列に並んでみた。
定年を迎え、昨日が最後の出社日だった。宮仕えから解放され、今日から晴れて自由の身だ。ところが習慣とは恐ろしいもので、今朝、いつも通り目が覚めると、一人で朝食を食べ、出社の支度を済ませてしまった。
何処にも行くあてなどないのに。
迷ったが家を出た。どうせ、家にいても邪魔者扱いされるだけだ。
――暇なら働いたら? 下の子はまだ大学生なのよ。まだまだお金がかかるの。さあ、さあ、家でゴロゴロしていないで、仕事を探して来てよ。
妻にそう言われることは、分かり切っていた。
改札を出て、行列を見つけると、最後尾を目指した。長い。駅を通り過ぎて、大通りの交差点まで、行列は続いていた。
「時間がかかるみたいですよ。水や食料、持っています?」前に並んだ中年の男性が話しかけてきた。中年と言っても、多分、私より年下だ。
「大丈夫です。水も食糧も持って来ています」私はバッグを抱えて見せた。
中年の男性の前に並んでいた若い男が、それを聞いて、「そうなんですか⁉ す、すいません。ちょっとコンビニに寄って、何か買って来ますので、順番を取っておいてもらえませんか?」と頼んできた。
「ええ」、「良いですよ」中年の男性と一緒に答える。ちょっとした連帯感が生まれた。
「行列の先に何があるんでしょうか?」
「約束の場所って呼ばれている場所があるそうです。そこに行けば、皆、幸せになれるそうです」
「えっ、私は楽園だって聞きました。そこには巨大な施設があって、食事や宿泊がタダだそうです。定員があるそうで、何時もいっぱいで、一人、出て一人、入る。だから、長い行列が出来ているんだそうです」
「へえ~」と私が驚くと、「そうなんですか⁉」と後ろに若い女性が並んできて言った。
「何だか、仕事に行くのが馬鹿らしくなっちゃいました」彼女はそう言って笑った。
昼前になって、行列が少しずつ動き始めた。
「おや、おや。楽園に飽きた人が出てきたようですね」
「早く、順番が来ないかなあ~」コンビニから戻って来た若い男性が呟く。
「トイレに行きたくなったら、遠慮なく言って下さいよ。順番、取っておいてあげますから」
午後になっても、行列は少しずつしか動かない。このままだと、今日は徹夜になるかもしれない。あきらめて行列を離れるものがいたが、振り返ると行列は延々と伸びていた。
陽が落ちてきた。段々、暗くなってくる。
昼間は、前後に並んでいる人たちとの間で会話が弾んだが、並び疲れたのか、皆、口数が少なくなってしまった。朝から立ちっぱなしだ。足が棒のようになっていた。黙々と、足を引きずりながら歩いた。
気がつくと、道が細くなっていた。ビルが立ち並ぶ隙間を縫った裏道だ。車が二台、やっとすれ違える道幅の道に、行列は並んでいた。目的地が、約束の場所が、楽園が近いのか、一列に綺麗に並んでいた行列が二列になり、やがて三列になった。
ビルとビルに挟まれた間の道を進む。映画の「十戒」でモーゼが海を割り、その間をイスラエルの民が進む様子が思い出された。そう言えば、何時からか、磯の香がしている。
気がつくと、行列は道一杯になっていた。誰もが(早く、楽園に行きたい)と、前へ前へと詰め寄せているのだ。
「痛い!」、「押さないで!」、「危ない。将棋倒しになるぞ!」
前の方から叫び声が聞こえてくる。
行列は道幅一杯に広がり、身動きが取れなくなってしまった。前に並んでいた中年の男性や若い男や、後ろの並んだ女性の姿は人ごみに紛れ、何処にいるのか分からなくなってしまった。
(これは、たまらない!)行列を抜け出そうにも、抜け出すことさえ出来なくなっていた。
一塊になって、粛々と行列は進んで行く。
「ああ~!」、「ダ、ダメだ!押すな!」
前方から聞こえてくる悲鳴が大きくなってきた。気がついたら、私も「押すな!押すな!」と叫んでいた。必死に足を踏ん張ってみたが、行列は止まらない。ただ前へ、前へと進んで行く。
唐突に両側のビルが終わり、視界が開けた。
(約束の場所、楽園なのか⁉)
行列の先には何もなかった。いや、道の先は埠頭になっており、その先には太平洋が広がっていた。道一杯に広がった行列は後続に押されて、「いや~!」、「押すな~!」、「止めろ~止めてくれ~‼」と阿鼻叫喚の悲鳴を上げながら、海の中へ吸い込まれていた。
後続の人たちが次から次へと落ちて来る。海に落ちた人々は、頭を上げる間もなく、海の藻屑となって消えて行った。
了
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