第09話 魔王さまの覚悟
翌日も晴天で、誰ひとり欠けることのない秋祭りを迎えることができた。
今年度の子供たちのための劇『勇者アクセルの伝説』の舞台には、子供だけでなく大人たちも集まった。
秋の研究発表で披露するはずだったアシガル=テナガを公開してしまったディルトは、アイリスの執拗な出演依頼に抵抗する理由と気力を失い、ついに首を縦にふってしまったが、その代わりいくつか条件をつけた。
「『ほほほ、お若いのう、魔王さま。ワシの思うとおりに動いてくれるわ。これで魔王さまと勇者めは共倒れ、まもなくワシの偉大なる野望が実現するというものじゃ!』」
別に頼まれてもいないバルカン老まで、芝居の舞台にあがっている。
三色の小悪魔に扮装した三人の孫に、黒いコウモリ羽やトゲトゲの飾りをたくさんつけた邪悪な車椅子を押させ、狡猾な悪役を楽しそうに演じている。
「『聞いたぞ、この裏切り者が! 魔王さまにあだなす者は、この私が許さん!』」
かきわりの柱の陰から颯爽と飛び出したのは魔王の腹心の部下、演じるのはミデールである。
白い髪をなびかせた優美な立ち姿に、あらゆる年齢層の女性がうっとりとした声をあげたが、ほとんどの観客はまた笑いだしてしまったのでかき消されてしまう。
「『な、なにをするんじゃ、貴様も死ぬぞ?』」
「『魔王さまは私のすべて、私の命は魔王さまのもの、魔王さまに栄光あれ!』」
セリフも真に迫って巧みなら、決死の覚悟で捨て身の技を使う立ち回りも上々、だがそれゆえに誰もが笑い転げてしまう。
「『魔王さま、どうか、世界をその手に……』」
ついに力つきたその瞬間、観客の笑い声は頂点に達した。ミデールは顔には出さないが、内心は苦虫を百匹ぐらい噛み潰しているに違いない。
ディルトが出した条件のひとつだ、絶対に受けると。彼とミデールがどれだけ仲が悪いか、ソフィアの誰もが知っている。
最後の戦いは、ディルトが大幅に変更を加えた。
魔王に扮した――といっても、いつもの黒の長上着に金紙や銀紙で縁飾りをつけ、黒い冠をかぶっているだけなのだが――ディルトが姿を現すと、子供たちはまた総立ちになって魔王さま魔王さまと大騒ぎだ。
「『決着のときだ、魔王!』」
客席の後方から声が響き、皆が振り返る。
勇者に扮したアイリスは、高い櫓のてっぺんに立っている。充分に注目を集めてから櫓から飛び出す。
一瞬悲鳴があがるが、アイリスは落ちない。観客の頭上を越えて、舞台までまっしぐらに飛んでいく。
櫓から舞台まで太いロープが張りめぐらされ、滑車仕掛けに掴まって移動しているのだ。たっぷりと長い結い髪がなびき、赤く燃える彗星のようだ。魔王さまに匹敵する声援があがる。
アイリスが舞台に飛び降りると、スモークが焚かれて舞台が煙につつまれた。狩猟用のスモークから、刺激性や有害性の物質を除いた煙だけのものだ。
煙が晴れると、舞台の上には六人の魔王が並んでいた。
全員、ブラックゾーンの外殻の破片を張り合わせた不気味な仮面をかぶり、魔王風に仕立てた同じ黒の
増えた五人は、クリームチキンドラゴンの金色の毛でつくったかつらをつけている。
分身たちは、それぞれ異なる武器を持ち、軽やかな身ごなしで勇者に襲いかかってくる。
立ち回り抜きでは味気ないと、替えの上着の数だけの
次々と襲いかかってくる魔王の分身たちを相手に、アイリス扮する勇者は鮮やかな立ち回りを見せる。
とんぼを切って躱し、二人三人を相手に巧みに切りあう。
ワーグ扮する分身がアイリスとタイミングを合わせて宙返りして大げさに吹っ飛ぶと、観客は沸きたった。
「『分からない、どれが本物なのだ……!』」
「戦ってない奴、戦ってない奴!」
「後ろで偉そうにしてる奴!」
子供たちが笑いながら叫ぶ。だが勇者はすべての分身を倒してから〝偉そうな奴〟に向きなおった。
「『覚悟しろ、魔王!』」
声音が凛と響き、輝く瞳がディルトを見つめる。
× × ×
ディルトは仮面に手をかけながら、こっそりとため息をもらし、笑う。
「もう、ずいぶん前から覚悟してるさ」
「『貴様こそ、覚悟するのだな、勇者よ……!』」
× × ×
生まれた子をひとめ見て、
史上最悪、頭のいい子。
何をするかは、わからない。
生まれた子をひとめ見て、
史上最強、頭の悪い子。
この子がいれば、大丈夫。
アシガル=テナガ 紙山彩古 @44_paper
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