第08話 タコよりも速く

 テナガの手を使ってハッチを閉め、ソフィア城砦の方向へ向きなおったとき、森の中がざわめいた。

 姿は見せないが確かにそこにいる獣たちの慄きであり、喜びであった。 

 ある獣にとっては恐ろしい敵、別の獣にとっては美味なる食料。

 多幸風タコカゼに乗ったタコの群れが上空に到着しつつあるのだ。


 アイリスはテナガの手をたたみこむと、ふたたび全開でペダルを踏んだ。アシガル=テナガの足元が一瞬浮きあがり、氷の上を滑るように疾走する。


 アイリスは速度をほとんど緩めず、そびえる木々の間を蛇行して疾りぬけた。危険なほどの急旋回を、機体を地面すれすれに倒して切り抜け、それでも足りなければテナガの腕を使ってバランスを取る。


 操縦席の真上から、ワーグのくぐもった悲鳴が響いてくる。ライジンを乗りこなす操者そうじゃのひとりとはいえ、狭い空間に詰めこまれてこの速さで振り回されては当然だろう。


 アイリスだって、自分だったらと考えただけで体中が痛くなって胃袋がむかついてくるが、死ぬことはないはずと言い聞かせ、速度は決して緩めなかった。


 森のざわめきは、あからさまな鳴き声と騒ぎになっていた。

 巨木の高みに張られたアミグモの巣が揺れ動き、木々もいっしょに揺れ動いている。

 罠にかかったタコの群れが暴れているのか、アミグモが食しているのか。


 そう思った瞬間、頭上から多数のタコがバラバラと降り注いできた。

 網にかかったものの逃れたのか、ここで風から落ちたのか、いずれにせよタコどもは機体の内側に食べられそうな存在を嗅ぎ取り、追いかけてきた。


 風の後押しを受けないタコたちは、頭部を上に向けて回転しながら地面を滑るように進んでくる。

 八本脚をたわめてジャンプし、走る機体につぎつぎと飛びつく。



 足先をハッチの隙間にこじ入れると、粘土のようにグニュグニュと変形し、水や空気ぐらいしか通過できないような隙間を潜りぬける。

 内側に入りこむと、またもとのタコ足に戻り、細長く伸びて迫ってくる。

 ワーグの方も同様のようだ。悲鳴とともに、狭い中で暴れている音がする。


 アイリスは危険の限界を見極めて、電撃バリアのスイッチを押した。

 機体が金色の光に包まれ、取りついたタコどもが痙攣し、真っ赤に変色して転げ落ちていった。


 だがすでに、地を走るタコが回り中を併走していた。

 ジャンプしてきたタコを、今度はテナガの腕で鋭く叩いて弾き飛ばす。 


 前後左右三百六○度自由自在に動く腕を連携させてふるい、飛びかかってくるタコを寄せつけないが、反撃する間は走行速度が落ちる。

 速度を選ぶと、タコの群れは次々と飛びついてきて機体に張りつき、隙間から潜りこもうとする。


 アイリスは何度もコマのように機体を旋回させ、タコをふるい落としては走り続けた。

 それでもタコは次から次へと張りついた。前が見えなくなりそうになり、最後の電撃バリアのスイッチを入れた。びっしり取りついたタコどもが痙攣し、ばらばらと落ちていく。


 アシガル=テナガのあちこちから煙が噴き出し、部品が一部飛び散り、爆発も起こる。

 限界の高速操縦を強いられて、アイリスは朦朧としてきた。


『アイリス、そのまま前進だ、止まるなよ、絶対に止まるな!』


 ディルトがわめく声が絶えず耳当から響き、アイリスを呼び覚まして気絶させない。

 もう終わりだと分かっていながら、もう一度スイッチを入れてみると、一瞬だが機体が金色に輝いてタコを弾き飛ばした。


 そこで本当に限界が来たようで、機体のあちこちで何かがちぎれたり破裂するような音が聞こえた。


 気がつくと、まわりのタコがいなくなっていた。

 前方から、手に持った筒でスモークを焚きながら、何機ものアシガルと、一機のライジンが駆けてくるのが見える。

 振り返ると、タコの群れは煙を嫌って遠巻きになっていた。


『安心しろ、もう大丈夫だ!』


 ディルトの言葉を聞いたとたん、アイリスはペダルを踏む足から力が抜けるのを感じた。同時に目の前がかすみがかり、意識が遠のく。


 アシガル=テナガはまた何か所も爆発して火花を散らした。

 つんのめりながら、またいくつもの部品を落とし、最後には力つきてひざをついた。

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