第07話 瑠璃色めがけて
アシガル=テナガの存在が公開されてから四十分。
おおむね二機を足しただけの重さがあった機体は、すでにその重量の四十パーセントを削られていた。
理由は、地上での速度を出すため、もうひとつ、空中で距離を出すためだった。
ソフィア城砦の中庭には、巨大カタパルトが設置されている。この城砦と同じくらい古く、通常の石や木や金属とは異なる材質でつくられている。
周囲の森林地帯には、城壁の上に頭が出る怪獣もいるが、このカタパルトの最大投擲力は、それらを倒すにも有り余る。
投擲アームの先には、
ライジン二号をはじめとする機体の群れが、よってたかってアームをロープで引っぱり、ふんばって地に下ろしている。
アシガル=テナガは、アームにつながるスリング部分に収まっていた。装甲の多くを外され、カットされた姿は、まるで半分破壊された機体の骸骨お化けのようだ。
「いつでもいいわ、大丈夫」
『よし、もう喋るなよ。舌噛むからな』
通信兜の耳当部分から、洞窟の中で反響するようなディルトの声が聞こえる。
『じゃあ、いくぞ……発射だ!』
機体の群れが懸命に引いていたロープが、アームから外される。とたんに錘が勢いよく下に落ち、反動で長い側が跳ねあがる。
スリングがひっぱられて飛びあがり、アシガル=テナガは、遠心力によって空中高く放り出された。
魂まで吸い取られそうな瑠璃色めがけて、体ごと投げ出されて飛んでいく。
風がうなりをあげ、機体のあちこちがキイキイと軋みをあげた。
上も下もない感覚のなか、アイリスはただ歯を食いしばって身を任せる。最高点に達した機体は、放物線を描いて落ちていく。
『安心しろ、アイリス、うまく目標に飛んでる! このまま落ちたら第二段階だ!』
アミグモの巣。
多幸風の予兆を受けてせっせと張りめぐらされた罠が、このあたりには無数にある。これでは、どう落ちたとしても、どこかの巣には引っかからずにはいられないだろう。
おかげで地面その他に激突する心配はない。
アシガル=テナガは、アミグモの巣めがけて落下した。機体の重量に落下の勢いが加わり、そのまま突き抜けそうなほどたわんだものの、アミグモは獲物を簡単に逃がすような巣はつくらない。網は破れず、すべての勢いを吸収し、機体をからめ取った。
大きな獲物の気配を察したアミグモが、物陰から這い出してきた。アシガル=テナガの二倍はある縞々模様の姿が近づいてくる。
このままではワーグとライジン一号機の二の舞だ。アイリスはスイッチに手をかけてじっと待ちながら、巣を透かしたむこうのようすを確認した。
アミグモの脚の一本が機体にかかり、大きな顎が開いた瞬間、アイリスはスイッチを押した。
アシガル=テナガが金色の光に包まれ、燃えあがった。
実際に燃えたのはアミグモの巣だ。アミグモは痙攣したように震え、体のあちこちから煙を出して動かなくなった。
巣に大きな穴が空き、アシガル=テナガは落下する。
すでにアイリスはテナガの両腕を起動させていた。テナガザルのように手近の蔓や枝を掴み、反動で次へ飛び移り、落下の勢いを殺しながら半ば落ち、半ば飛んで降りていく。
ついに着地したときには、これといった衝撃はなかった。
「第二段階終了。方向指示願いします」
『よし、そのまま北へ前進。雷撃バリアはあと二回だ。それ以上は装置が保たない』
アイリスはテナガの両腕をたたみこんで収納すると、ペダルを全開で踏みこんだ。家よりも巨大な木々の幹を滑るようにまわりこんで疾走すると、ふいに開けた場所に出た。
ライジン一号が、木のうろに身を横たえて坐りこんでいた。連絡にあったとおり、脚の一本が噛み砕かれ、全身にクモ糸がからみ、装甲も傷だらけだったが、ワーグ自身は元気だった。
「いや、これは乗るというよりは……積みこむ感じだね」
テナガの操縦席を開いたワーグは苦笑する。体の柔らかさを見せる芸人のように体を丸め、手足を縮め、ようやく中におさまった。
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