第06話 ネタの出どころ

 アシガル=テナガの装甲に、セレナは印を書きこんでいった。

 指定された装甲は、即座に技師たちが動力式工具を手にボルトやねじを緩めてはぎとっていく。


「動力配分特化するぞ。テナガは両手のパワーだけ重視、その場から一歩も動けないイメージで。アシガルは足のスピード重視、両手はただの飾りだ、匙も持てなくていい」


 簡単な指示だけで技師たちはすぐに呑みこみ、全身何十か所にもおよぶ動力制御ポイントの調整にいっせいに取りかかる。


 ひねくれた天才であるバルカン老がつくりだしたライジンは、複雑怪奇なパズルのような構造を持ち、熟練の技師でもすべてを理解するのは不可能だった。

 だが、アシガル=テナガのベースは至極シンプルな、技師たちが知り尽くした二種の汎用機体だ。整備も改造も簡単だった。


「テナガの操縦席の椅子は外しちまってくれ。テナガのつもりで切って大丈夫だから」


 技師たちはためらいなく魔道式ノコギリを使い、たちまち椅子を分解して切り取った。


「見かけによらず、基本と定番に忠実な設計が売りの魔王さま。いったいどこからこんな発想が出てきたんだろうって、究者のみんながたまげているわ。私は驚かなかったけど」 


 アイリスの頭に通信兜つうしんかぶとをかぶせて調整しながら、セレナが笑った。

 それはそうだ、セレナはこの発想がどこから飛び出したのか知っている。


『テナガとアシガルも、こうやって合体したら強いよね?』


 まだ十歳だったアイリスが、ディルトに肩車されて木の実をもぎながら口にしたのだ。

 その場にいた子供たちは一斉に笑い、囃したてた。


『アッタマ本当に悪いよな』

『言うことがバカすぎるんだよ、史上最強!』

『史上最強、頭の悪い子!』


『バルカン爺さんが十八歳で最初のライジンを設計したときは、ほとんどの究者きゅうじゃは相手にしなかったらしいぜ?』


 ディルトが告げると、半分は気がついて黙ったが、半分は怪訝な顔つきになった。


『は? そんなの何の関係があるんだよ』

『新しい発想ってのは、たいていの奴には馬鹿みたいに見えるって意味だよ……しかし、いちいち言わねえと分かんねえのかな……』


 アイリスを肩車したまま立ち去ろうとしたディルトに、ひとりが足をひっかけた。

 ディルトはアイリスごと倒れるまいとかばい、なりふり構わずよろめいたあげく、どすんと尻餅をついた。笑い声がどっと降り注ぐ。


 ――ディルトを笑われる筋合いなんかない…!


 腹に据えかねたアイリスは、ディルトの肩から跳びあがった。

 足をひっかけた年上の少年めがけて猛禽のように飛びかかり、全力で頭突きを食らわせる。

 少年もアイリスも大量の血を流したが、アイリスは泣かなかった。


 そのまま十数人が入り乱れる大喧嘩になった。

 セレナとワーグは必死で止めようとした。

 ディルトはアイリスに味方して戦ったけれど、自分より年下、身長も頭ひとつ小さい相手のパンチでいきなりダウンし、あっと言う間に離脱してしまった。

 セレナが突き飛ばされた瞬間、ワーグも狂戦士と化し、もはや止める者は誰もいなくなった――。


 今、アイリスを馬鹿にする者は誰もいない。


 十四歳の秋の採集で、アイリスの班は思いがけず二頭のドリルベアに襲われた。

 唯一テナガに乗っていたアイリスは、徒歩の仲間を守って立ち向かい、全員無傷で逃がしたのだ。


 逃げ帰った採集班の知らせを受け、ライジン一号、および三機のアシガルが駆けつけた。

 そこで彼らが見たものは、穴の空いた額からドクドクと血を流して地面に転がる二頭のドリルベアと、左右の手にそれぞれ銀色のドリル角を握りしめているテナガの姿だった。


 アイリスはその日から熊殺しの勇者と呼ばれ、ライジンの操者の一人になった。


 今、アイリスを馬鹿にする者は誰もいない。

 だが、あの日のできごとを、ディルトはずっと覚えていてくれたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る