第05話 画期的な設計

 ディルト専用の作業所は、城砦の奥の小高い場所にある、黒い大きな石造りの建物だった。

 非常に古い時代の建物で、時代がかったレリーフや磨り減った彫刻がついていて、作業所というよりは、特別な儀式のための神殿のようだ。

 ディルトが子供たちに『魔王さま』と呼ばれる理由のひとつだった。


 アイリスはここ数年の間、立ち入りを禁止されていた。確かに子供のころは、知らずに製作中の何かを駄目にしては何度も怒られていて、そのせいだろうと考えていた。

 実はほかに理由があったとしか思えない。


「……これをお前が設計したというのか? ディルト・イン」


 ミデール・リンは目の前の機体を見つめたまま、何度目か知れない問いを口にしている。


「そうだよ。笑うなら俺を笑え」

 ディルトは苛立ったように答えるが、ミデールは半ば聞いていなかった。

「信じられん。このようなものをディルト・インが……画期的ではないか」


 操者そうじゃおさがこぼした言葉に、その場の全員が耳を疑った。

 目の前の機体が画期的といえるかどうかという問題もあったが、それ以上に、ミデールがディルトの仕事に肯定的な言葉を発したのはこれが初めてだったからだ。


「これを使えば間に合うのだな?」

「ちょっといじらねえと駄目だけど、さっき言ったとおりだ。ま、総がかりで手を加えりゃすぐ終わるだろ」


 すでに大勢の究者きゅうじゃと技師が集合していた。操者はアシガルを総動員して機材や工具を運搬している。


「セレナ、強度の限界まで重さを削ってくれ。最高速度を徹底重視、ただし、ラビットパンチに二、三発殴られても平気な程度に」


 ディルトは設定値のリストと設計図を差し出した。セレナは機体の耐久力と強度のバランス感覚にもっとも優れた究者であった。


「ごめんなさい。あなたの三年の研究の成果だったのに……」

「君はアホか、セレナ。君の恋人の命がかかってるんだ、誰も咎めないぞ、むしろいい気味だと喝采する」


 まっさきにミデールが吹きだした。

「違いない。ワーグと五齢ごれい動力体どうりょくたいが助かる上に、お前の長年の成果が消え失せるというなら、私としては申し分のない話だ」


 話を聞きつけたバルカン老も、病でやせこけた体を雪ダルマのように包んで着膨れし、三人の孫に全速力で車椅子を押させて駆けつけてきた。

 機体の姿をひとめ見るなり、空気の抜けたような音で笑いだして、しばらく止まらなかった。


 採集用のテナガ。簡易狩猟機のアシガル。

 ディルトがつくりだしたのは、その二機をひとつに肩車のような形で合体させて使う仕組みの機体だった。


 テナガの特長は、上下左右あらゆる方向に三六〇度回転する器用な長い両腕にある。

 アシガルの特長は、滑るようになめらかな走行能力とスピードだ。

 特技が異なる二機を合体させて、より強力にしてしまおうという、子供のような発想なのである。


 アシガルもテナガも、用いる動力体は二齢にれい。五齢よりはるかに保有数が多く、補充も容易だ。二齢ふたつで、アシガル以上の機能が発揮でき、しかも数をつくれるとしたら、ミデールの言うとおり間違いなく画期的だった。


「複数の動力体を組み合わせるところまではワシも考えたがの。一人の人間には一つの脳しかないように、機体一つには動力体一つ、この原則は変えられなんだ。別個に成立させた機体をわざわざ一体に合体させるとはな。そんな無駄でバカバカしい非効率的発想、ワシにはとうてい思いつかなんだ」


「どうぞ笑ってください、俺はいくら笑われても構いませんから」

 

 仏頂面で師匠に答えるディルトに、セレナが計算を終えた減量プランをさしだした。

 バルカン老は自分にも見せるように手招きして要求し、数値を三カ所だけ書き直すと、あとはうなずいてつき返した。


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