第04話 二回目の多幸風

 アイリスは防壁の上を駆け抜け、東防壁に併設された格納小屋に向かった。ディルトも息を切らしながらついてくる。


 格納小屋の大扉おおとびらは完全開放され、主だった操者そうじゃと、長衣を羽織った究者きゅうじゃが集まっている。

 五齢級ごれいきゅう狩猟機しゅりょうき・ライジンの二号機が、外に引き出されていた。

 操縦席のハッチを開き、何人もの究者と技師が、巻尺や物差しを手に内部を計測している。


 技師のひとりが魔道式ノコギリを両手で構え、スイッチを入れた。青白く輝いて回転する刃を、座席の脇の隙間に慎重に差し入れる。


「こら、何やらかす気だ、てめえ!」

 ようやく来たディルトが、咳きこみながら怒鳴りつけた。


「そんなとこ切ったら、右足が動かなくなるだろ。安全圏はあと二ミリ左だ!」

 技師は慌ててノコギリのスイッチを切り、隙間から引き抜いた。


「たく、何慌ててんだ。ライジンについては、俺か、バルカン爺さんか、必ずどっちかを通す決まりだろうが! さっさと説明してもらおうか、ミデールさんよ!」


 ミデール・リンは、少なからず腹を立てたように見えた。

 だが、鋼の意志力を持つ操者のおさは、すらりとした眉を軽く動かしただけだった。


「時間がないのだ。今朝、臨時の狩りに出たライジン一号から、戻れなくなったと連絡が入った」


 格納小屋の隅を占領する通信機をしめす。


「森の中に異常な数のアミグモの巣がつくられていて、朝露あさつゆパピヨンともども突っこんでしまったらしい。巣からは脱出したが、アミグモに脚を噛まれて動けなくなった……どうやら、今年二度目の多幸風タコカゼが吹くようだ」


 その事実を裏づけるように風が強くなった。


 多幸風タコカゼは本来、秋に一度しか起こらない現象だ。南にそびえる険しい山々のどこかから、巨大生物たちが口から息を吐き出し、無数の幼生体を飛ばすのだ。


 大きさは五十センチぐらい、色は紫、その姿は小さな腸詰めに切れこみを入れて炒めてつくるタコに似ている。のっぺらぼうの頭部を進行方向に向けて回転し、親のつくる風の力だけで飛んでいく。


 あらかじめ網を張っておけば、良質の蛋白源を簡単に大量捕獲できるし、今年もそうした。多幸風タコカゼの名称のゆえんだが、飛来の真っ最中は災厄でしかない。


 勢いを失い、森に落下したタコは、植物以外の生物を食べようとする。当然ワーグの命はないし、ライジンに搭載された五齢ごれい動力体どうりょくたいも無事ではすまない。


 スーベルバーンという芋虫のような怪虫かいちゅうがいる。

 全長約三〇センチの一齢いちれいから、余裕で五メートルを超える五齢ごれいまで、成長段階によって五段階のサイズが存在する。

 動力体どうりょくたいは、この怪虫の中枢器官が原料になっているため、タコは動力体も食べてしまうのである。


 一齢いちれい二齢にれいなら、探せば二、三体は見つかるものの、三齢さんれい四齢よんれいと発見は難しくなり、五齢ごれいが手に入る機会はめったにない。

 ソフィアの民が持つ五齢動力体は三個で、最後に手に入れてから十年以上経っている。


「動けないライジン一号機のもとに、タコの群れが到達する前に、ワーグと五齢動力体を回収しなければならない」

「それとあんたがライジン勝手にいじくってるのと何の関係があるんだよ」


「危険な森林地帯をタコの群れより速く走れるのはライジンしかあるまい。ワーグはごく普通の背丈で、体は細い。操縦席から取れるだけの部品を外してスペースをつくり、もっとも小柄なアイリスが救出に向かえば、強引に二人乗りして戻ってこられるだろう」

「……ばっかじゃねえの、あんた」


 ミデールの白く長い髪が、一瞬炎のように揺れ動いて見えた。だが、一呼吸置いて発した声はこのうえなく静かだった。


「何が愚かしいのか説明してもらおうか」


「いいぜ、ミデール。よく聞きな。そもそもライジンの操縦席はこれ以上広がらねえ。機能を損なうのを承知の上なら拡張できるし、ワーグと二人乗りも可能だ。

 けど、スペースを作ることと、要らない機能を削ることは必ずしも両立しない。どう削っても、殺したくない機能、たとえば速度は必ず落ちる。二人乗りの重量も入れると三割は落ちる。往復の時間も割り増し計算になる」


 ミデールは小さく息を呑んだ。


「な、ぎりぎりだろ。へたすっと、いや間違いなく、操者二人と、五齢動力体二つがタコのえじきだ」

「では、ワーグ・シュウを見捨てるのか」

「ライジンじゃ何をどうやっても今からじゃ無理なんだよ」

「お前の幼馴染みが食われるのだぞ」

「ほかに方法がなきゃ、そうなるな」


 ミデールは無言でディルトの胸倉をつかんだ。かたく握った拳を振りあげるが、歯を食いしばって自制している。


「殴るなよ、ミデール」

 冷や汗をかきながらもディルトは笑った。


「分かってんだろ? 俺の頭の中に、ほかの方法が入ってるってことがさ」

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