第37話 組織の思惑

火焔を教室の壁まで吹っ飛ばした蒼紀は、不動先生に再び引っ張られ、職員室に連れて行かれた。


そこでようやく自分が助かったことを確信した阿久は、安堵のあまり、地面にへたり込んでしまう。


火焔も駆けつけた職員たちが担架で運び出した。ついでに漏らして気絶している詰田も一緒に連れて行かれている。


「いや…危なかったぁ〜生きててよかった…」


あまりの事態に固まっていた飯田優美も、阿久の言葉を聞いて、ようやく我に返る。そして、彼女が真っ先に向かったのは、親友であるシャーロットを庇った阿久緑のところだ。


「ちょっとぉ!阿久くん、大丈夫?」

「おー飯田さん、大丈夫大丈夫!ボクってばさ、手だけはすっげぇ丈夫なんだよね!まぁ、結局は河合に助けられちまったけどさ」


阿久緑はそう言ってヘラヘラ笑う。


「阿久くん、私の親友を庇ってくれてありがとう。それにカッコ良かったよ…だから、これはほんの感謝の気持ち」


そう言って飯田優美は、阿久の怪我している手を優しく握って目を瞑る。すると淡い金色の光が阿久の手を覆い…しばらくして消えた。


「ええ!?すごい…火傷が治ってる…これが飯田さんのヒーリング能力…なんだ」

「そそ。私が嫌いなやつは治せないんだけどね。阿久くんには感謝の気持ちがあるから、治癒能力がちゃんと働いたみたい」


横でやり取りの様子を見ていたシャーロットもおずおずと阿久の前に来て、深々と頭を下げた。


「阿久くん、ありがとう…助けてくれて」

「神楽坂さんも、飯田さんをかばってたのかっこよかったぜ!それにさ、知ってる女の子が目の前で暴力を受けそうになったらそりゃ、かばうだろ?」

「本当にありがとう」


改めて頭を下げるシャーロット。阿久緑は少し照れくさそうに頭を掻いた。


「シャーロットもありがとう!最初に火焔の手に飛びついてくれたから、私も助かったし…」

「ううん。結局、私も阿久くんに助けられたし」


首を振るシャーロット。名指しされた阿久は、再三女子たちから褒められたのが嬉しかったのか、照れを誤魔化すように豪快に笑った。


「あっはっは!ボクも最後は河合に助けられちゃったからな…お互い様ってことかな?」


※※※※※※※※※※


再び職員室に戻り、不動先生から降格のお達しをもらった俺は、教室に戻ってきた。


今日から寮も変わると言われていてので、すぐに引っ越しなきゃと思ったのだが…。そっちは勝手に業者がやってくれることになったからだ。


お陰で約束の勉強会にはすぐ戻ることができる。みんなを待たせてしまったので、慌てて教室で待つシャーロット、優美、阿久のところに戻った。


しかし4人での勉強会とは初日から随分と大所帯だよな。たった10人のクラスで、だぜ?


『ご主人様、派閥の形成をご提案します』

『派閥?』

『はい。私がインストールされたばかりの頃に申し上げた『仲間』のことです。初日にしてすでにクラス内部にはグループができています。きらりを中心とした火焔、池名の3人組です。そしてご主人様はシャーロット、優美、そして阿久とグループになっています』

『阿久はな…勢いとは言え、2人を庇ったみたいだから、そう見られるだろうな』


戻ってきて真っ先に事情を聞いた。


火焔の手をシャーロットが1度は逸らし、2度目は阿久が庇った、と。阿久に何度もお礼をいったら、ずいぶんと照れくさそうにしていた。


阿久はいいやつだ。決定。


『はい。シャーロットや優美のように直接的な戦闘に向かないグループメンバーを守るためには派閥が必要になるでしょう…もし詰田や金剛があちらに流れた場合、特にそういう力関係が安全にもつながります。阿久は鍛えればそれなりの戦闘力を発揮するはずですから』

『なるほどね…』


序列が下から4人ではあるが、固まってさえいれば迂闊に手は出せなくなるだろう。


『例えば、阿久なら火焔を一時的に抑えられるくらいには育つでしょう。多少の傷は優美に治してもらえば、勝率はかなり高いはずです』


やだなぁ。クラス内でバトルばっかりで殺伐としていて…。いや、俺が大半に関わっているのか…。


『ご主人様は基本的に防衛がメインですから、不動先生も比較的処分を軽くしたのでしょう。というよりも、ご主人様への沙汰は処分の体を繕って様々な配慮が透けて見えます』

『様々な配慮?』

『はい。まずはシャーロットと仲良くなりたそうなご主人様の意向、火焔という序列1位の大怪我の原因という組織への配慮、あとこれは予想ですが、組織側は、クラス内でカップルを作ろうとしていると思われます』


カップル?カップルって要するに恋人同士ってことだよな?なんじゃそりゃ?


『ユイ、それはどういうことだ?』

『これは一般論なのですが、人を組織に残らせる大きな要因に金銭的な報酬や待遇などがあります。ですが実は統計的には、それを超える要因なのが仕事場での人間関係なんです』


つまり働きやすい職場かどうか、ということか。


『また、男性の傾向として恋人のため、家族のために仕事を変えない傾向が見られます。そして男性の仕事場に家族が引っ張られる傾向もあります。結論として可能な限り、配偶者や子供などがいる男性は家族のために1つの職場に長く勤務する傾向があるということが言えます』

『つまり2人同時に引き抜かれでもしない限り、カップルなら留まりやすいということか』

『さらに悪辣に考えれば、片方をもう片方に対する人質として使うことも考えられます』

『そうか…その手があるか』

『はい。人質とまではいかなくても、すでにご主人様はシャーロットや優美のためにならある程度は動くでしょう?ご主人様を動かし、留まらせる動機を作ることを組織は考えている、と思われます』


そうか。金銭というのは、かなり重要だ。なぜなら、その動機を持つならば、金銭で絡み取られることがなく、ほかの組織から手を出しにくくなる。


『なるほどね。すでに俺は組織にかなり絡み取られているのか…』

『視点を変えれば、国家に守られているとも考えられます。総合的に状況を鑑みたとき、それを逆手に取り組織内に根を張り、組織に有用と思われる人材となることで優位な立場を得られます』

『出世をしろってことね…味方を守るためにも…』


誰かを守れる武力を手に入れたつもりだ。しかし、早速また取りこぼしそうになり…奇しくも仲間阿久に助けられた。


『端的に言えば、そういうことになります。個人の武力だけでどうにもならないことはチームで成し遂げる必要があります。そのための一歩としての派閥形成です』


という風に話が戻るわけだ。友人を出世の踏み台にするみたいなのも嫌だが…。一方的ではなく、友人にも利益をもたらす関係ならば、問題ないだろう。


時間にして1秒にもならなかったユイとの会話を打ち切り、みんなを見回してから言う。


「よし、じゃあみんなで勉強会を始めようか?」

「はい!蒼紀くん、よろしくお願いしますね」


ほかの生徒も残っていないので、勉強会はこのまま教室でやることにした。小学校の給食タイムのように、各自の机の向きを変えて、向かい合わせになるようにする。


「さて、課題と言っても、9科目分あっただろ?2人はどの科目が出来なかったんだ?」

「ボクは美術だな…どーにも力加減が下手で課題の作品や道具を何度も壊しちゃったんだよなぁ」


阿久にはそういう問題があるのか。不動先生が話していた制御が甘くて、自主的に謹慎していたというのは阿久のことなんだな。


「はいはーい、ワタシは数学!」


ふむ。優美は数学、阿久は美術。ならばシャーロットと教えるのを手分けした方が良さそうだ。


「シャーロットの成績を聞いてもいい?あ、数学、美術だけでいいから」

「あ、はい。数学4、美術5です」

「なるほど…俺は数学5で、美術は4だからな。…そうだな、阿久はシャーロットが、優美は俺が教えた方がいいかな」

「そうですね。そうしましょう…じゃあ、阿久さん今回提出した課題を…」


シャーロットが早速、阿久に課題を教え始めた。俺も優美と机を寄せて、勉強を教えることにする。


「まずは優美の出した課題を見せてくれ」

「これだね、うん」

「なるほど、因数分解で躓いたかぁ」


中3数学は躓く要素が多い。三平方の定理や二次方程式など『2乗』を取り入れた考えた方が、代数と幾何、双方の分野に及ぶ。そのため、ここまでの基礎の積み上げが響いてくるのだ。


「蒼紀っち、まじで難しいよぉー」

「これは…たすきがけを使うんだよ。一応、習ったとは思うんだけど…」

「うーん。何度聞いてもわからないんだよな〜」


慣れると、因数分解は、たすき掛けを使わずに、感覚的に解けるから、却って説明しづらいんだけど…ええと…。


カバンからボールペンとノートを出して、式を書いていく。紙やらを使うのも久々だわ…。


「ええと、例えば1問目に5x²-15x+3ってあるでしょ?このx²の係数5と定数項3の因数を使ってxの係数である-15になる組み合わせを見つけるわけ」

「因数…ってなんだっけ?」

「因数は、そうだなぁ…ここで使う場合に絞って話をするけど、かけるとこの係数5になる数字の組み合わせのことだね…ということで、5になるのはどんな組み合わせがある?」


優美は少し噛み砕いて説明する必要があるか。いや頑張って理解しようとはしているな。うーん、としばらく唸ってからおずおずと答えを口にする。


「ええと…1✕5かな?」

「そう、正解。じゃあ、後はこっちの定数項の…」


まずは教えながら、解かせた。そして次に1人で解かせて、わかなければ、また教えて、解かせる。理解力のあるやつは、1回教えれば解ける。だがそうでないやつはとにかく繰り返すしかない。


そして、ここからは極めてシンプルな話で、1人で出来るようになるまで繰り返せばいい。何十回でも出来るようになるまで、だ。


すると、どんな理解力が低いやつでも、まず理屈はわからずとも解けるようにはなる。解けるようになると、そのうち視界が開けたように理解が追いついてくるものだ。


「あーなーんだ!そういうことかー!」


5回もやれば、優美は完璧に理解をしてほかの問題もするすると解けるようになった。

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2024年11月23日 17:08
2024年11月24日 17:07

俺の頭の中身が最強すぎる そこらへんのおじさん @ukimegane

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