第36話 降格

「星空さん、貴女は本当に美しい!ぜひ俺と付き合おう!」

「星空くん、キミはボクちゃんと出会えて幸運だと思うよ。キミみたいな美人だとこれまで釣り合う人がいなくて困っていただろう?」


少し前の蒼紀がいなくなったばっかりの教室で、火焔と池名はきらりのことを褒め称えていた。しかし降り注ぐ雨のような賛美を2人から浴びても、きらりの顔は一向に晴れない。


火焔の言葉は真剣味があるが中身がない。さっきから同じような褒め言葉をロボットみたいに繰り返すだけだ。


池名に至っては言葉に真剣味すらない。よく聞くと池名の言葉は褒めているようで、その実、自分を褒めるようにきらりを試して誘導している。


(あああっ!いらつく!池名も火焔もなんなのよ。だいたい蒼紀は…何で私から離れるのよっ!)


興味のない男たちからのくだらない言葉。そして先ほどからの教室での様々な…特に蒼紀が絡むいくつかのやりとりを思い出して、きらりのイライラがまた膨れ上がった。


が、また新しい私の知らない女とつるんでいる!)


蒼紀がいなくては意味がない。こんなどうでもいい男たちの褒め言葉では、少しも蒼紀の言葉の代わりにはならないのだ。


そしてついには、教室の片隅で会話している優美とシャーロットへ目をつけた。


「なによ!あんたは蒼紀のなんなのよっ!」

「え?その…」

「デブの上にクソみたいなブス女が、幼馴染の私を差し置いて、私の蒼紀の周りを彷徨くな!」

「……」


きらりに強く言われたシャーロットは、唇をギュッと結んで黙ってしまった。


シャーロットは、蒼紀が分析していた通り、基本的に闘争に向いた性格ではなく、相手の言葉に強く反論したりするようなタイプではない。むしろ、そういうことをしないように教育されている。


だが、今日のシャーロットは少し様子が違った。きっ、ときらりの目を正面から見据えると、ハッキリと自分の意見を口にしたのだ。


「蒼紀くんが誰と一緒にいるかは、蒼紀くんが決めることだと思います。幼馴染でも星空さんが決めることじゃないです」

「なによ!ブスのくせに生意気よ!蒼紀は優しいからあんたみたいなブスでも一緒にいてくれるのよ!その優しさにつけ込んで最低よ!!」


あまりと言えばあまりの言い口にカチンと来た優美が、今度は2人の舌戦に割って入った。


「ちょっとちょっと!一方的に過ぎないっ!?あなたこそなんなのよっ!!」

「だから、私は…蒼紀の幼馴染だって!」

「で?」


免罪符、印籠かのように「幼馴染」と連呼していたきらり。それを、何でもないことだと切り捨てる優美の「で?」に、きらりはたじろいだ。


「で…て…何よ?」

「幼馴染だから?なんで私たちに暴言を吐くの?」

「え?だから、蒼紀に近づくから…」

「なんで幼馴染だと、誰が近づくかどうかを決められるの?優しさにつけ込んで?その優しさにつけ込んでるのはあんたじゃないの?蒼紀っちが貴女のこと好きならもっと話しかけに行くでしょ?一言も触れてないじゃん?」

「そんな訳ないでしょ!?蒼紀は私の下僕で所有物なんだから関係ないのっ!」

「下僕って…あんた頭おかしいんじゃないの?だいたいさっきあんた、蒼紀っちを廊下で呼び止めていたときに『クラスメイトに対して、そういう貶めるような言い方は不快だから止めろ』って言われたよね?ここまで聞こえたよ?あ、でももしかして話を聞いてなかったの?バカなの?ああ、そっかランクEだもんね?日本語むずかしかったでちゅかー?」

「なによ!なによぉ!」


優美のマシンガンのような挑発に、きらりはまともな反論の言葉が出てこなくない。


もともときらりは、頭が良くないのに加えて、カースト最上位の女王であり、反論にさらされることが少なかった。ここまで猛然と反論されたのはあるいは人生で初めてのことかもしれない。


だが、きらりの沈黙に、今度は横にまるでナイトのようにジッと黙って控えていた火焔が動いた。そして、きらりと対峙していた優美の胸ぐらを力任せに掴んだ。


「キャッ!?」


小柄な優美は、男である火焔の力に抗えず、両足が地面から離れる。


「星空さんに対して不敬だろうが!この下郎め!」

「ちょっとぉ!暴力反対!」

「…カスめが…燃えろ!」

「え??」


火焔は、胸ぐらを掴んでいない方の手の平を優美に突きつけた。そして、火焔はなんのためらいもなく発火能力を優美に対して発動したのだ。


「優美っ!!」


意図を察したシャーロットが動いた。火焔の腕に思いっきり体当たりをして、腕の向きを、そして腕の先からでる炎の向きを反らす。


教室の誰もいないところに向いた火焔の手から出た火炎放射のような炎は、一瞬にして机2つを炭にした。足などのスチールで出来た箇所も高熱でへしゃげているのだから、その火力が伺える。


シャーロットはそれでも怯まず、序列1位火焔のことを睨みつけた。


「いくらなんでもやりすぎですっ!」

「はぁ!?下賤な醜女が俺様の炎を逸らすとは無礼千万なやつめ!燃やし尽くしてくれるわ!」

「!!」


火焔は、再び手に大きな炎を出すと今度はシャーロットに向けて発射した。そこに慌てたように走り込んできた人影が1つ。


阿久緑だ。阿久は、シャーロットと火焔の間に滑り込むと、鱗を生やした両手の平手で飛んでくる炎を左右から挟み込んだ。


「ほいっ!」

「なっ!?」


ボフッ、と気の抜けたような音がして、巨大な炎は阿久の手の中に消えた。阿久が柏手のように叩いた手の平を開くと、プスプスと微かに炎の残滓がくすぶって煙を出すだけ。その煙すらもすぐ消えた。


「あっつ〜〜ふーふー火傷してないだろうな?」

「貴様!俺様の炎を手で受めるだとっ!?」

「ボクはね、腕から先だけはめっちゃ丈夫なんだよね〜はははは〜」


その通り頑丈なのだろう。龍のような鱗で覆われている阿久の手には軽い火傷しか見られなかった。だが、それが火焔のプライドを刺激する。


「腕だけか。ふむ。ならば、全身を燃やしたらどうなるのだろうな。下郎め、燃えつきろ!」

「あ、やべ…」


※※※※※※※※※


不動先生から聞き取り調査が終わったので、俺は頭を下げて失礼しようとした。みんなを待たせるのも良くないからな。


「じゃあ、そんなもんだな」

「はい。ではそろそろ失礼し…」


そこまで言いかけたとき、不動先生の視線が突然逸れた。不動先生の目の先にあったのは、教室を映し出したモニターだったが…。


「ちっ…あいつらっ!?」

「??不動先生?……!?」


モニターの中では、どういう経緯かはわからないが火焔が優美の襟首を掴んで、空いた手から、炎を打ち出そうとしているのが見えた。


「ッッッ!?」


俺は咄嗟に駆け出していた。教室までそれなりに距離がある。階段もあるし、今から走って間に合うとは思えない。が、しかし、だからってそのまま放置もできない状態だ。


「河合っ!待てっ!」

「すみませんっ!失礼しますっ!」


不動先生が俺の背中に声をかけてくるが、聞いている時間などはない。



「操気術・滑水かっすい



上半身の力を足に集めて、高速で走れるようにする技だ。着地時の衝撃も、うまく次の一歩の力にすることで約2倍の速度が出るようになる。


慌ててたどり着いた教室の扉を乱暴に開ける。


すぐに状況はわからない。しかし、阿久が優美とシャーロットの2人を背中に庇い、火焔が放とうとしている炎を受けようとしていた。


それ以上の情報は不要だろう。


「あ、やべ…」


阿久が思わずと言った感じで、漏らした声が事態の重さを一瞬で悟らせる。俺は『滑水』をさらに駆使して、阿久と火焔の出した炎の間に割り込む。


そして、半自動戦闘セミオートモードを起動させた。



「操気術・水鏡みずかがみ



火焔から放たれた火炎球。その複雑怪奇なエネルギーの流れすらも計算して、処理する。これは、国会図書館で資料を見たときに、パイロキネシスやエレクトロキネシスの相手が必要になる可能性から開発した無形のもののエネルギーを操る技だ。


右手を炎に翳してから、その手で周りをぐるりと撫でるように滑らす。すると、まるで動画の逆回しのように炎が火焔の元に戻っていく。


「なんだとおおおッッッ!!!」


火焔はまさか炎が自分のもとに返ってくるとは思ってなかったのだろう、大声を出して驚く。


「うぬうっ!!」


しかし、慌てながらも、火焔は手からもう一つ火の玉を出して当てることで相殺には成功する。


「ふう。危なかった。河合め!俺様の炎を打ち返すだと…?ならば、今度はどうにもできない炎を…」

「…出すのを待つと思うか?」


もちろん待つわけはない。俺は炎を打ち返すと同時に走り出して、火焔の背中側に回っていたのだ。


「貴様、いつのまに!?」

「しばらく病院の天井の染みでも数えてろ」


俺は姿勢を落として、火焔の背中に、肘を曲げた状態で両手のひらを当てる。太極拳のいわゆる双按そうあんという打撃の構えだ。


次の瞬間にはその腕を勢いよく伸ばしながら両手のひらで、火焔の背中を力いっぱい押し出しながら技を放っていた。



「操気術・蒼波そうは



全身の力の流れを一点に集中して打撃力にする、操気術でも3本指に入る直接的な破壊力を持つ打撃技だ。


金剛の頭をコンクリに埋めるために使った波濤はとうは瞬間的な怪力を発揮するが、蒼波そうはは破壊に力の流れを集中させている。


俺が少し手を押し出しただけで、火焔の背中の骨がメキメキと砕ける音が伝わってくるほどの破壊力である。だが、こんなやつの背骨の事情など知ったこっちゃない。


「ッッッ!!?!?」


腕を伸ばしきると、声にならない悲鳴を上げながら火焔はまるで地面に投げつけたスーパーボールのように教室の壁まで飛ぶ。


そして、ぐしゃ、とか、ぶち、とか潰れるような音をさせると、ずるずる、湿った音を立てて床まで滑り落ちた。


それとほぼ同時に、ガラガラと音がして不動先生が教室に入ってくる。


「あーやっぱり、やっちまったか」


俺のあとを追いかけてきたのだろう。不動先生は走ってきたのだろう、やや肩で息をしながら、教室の状況を見て頭を抱えた。


※※※※※※※※※※


問題行動を起こした火焔は、すぐに医務室に運ばれて精密検査となった。


俺の『蒼波』による攻撃で、まず第6胸椎から第3腰椎まで粉砕骨折。第4、5胸椎、第4腰椎骨折。第2、3胸椎にヒビ。左右肺、肝臓、胃、損傷。


さらには壁への激突の際に、鼻骨、前頭骨、左右頬骨、下顎骨、さらに右の第1から6までの肋骨、左の第2から4までの肋骨を骨折している。


「河合、さすがにやりすぎだ…あの教室には仕掛けがあってな…あまり使いたくはないが、最悪の事態があってもどうにかはできるようにしているんだ」

「そんなことは知りませんし…手加減はしました」


強化されていない生身相手だ。おおよそ最大威力のの20分の1程度には抑えている。


全力で打ち込んだら、上半身と下半身は泣き別れていた上、壁にぶつかる上半身は単なる赤いシミになっていた。


「お前の能力なら、もっと穏便に収めることはできただろ?悪いがさっき説明を聞いたばっかりだ。出来ないとは言わせないぞ」

「否定しません」


さすがに不動先生は甘くない。先ほどの簡単な説明で俺の戦闘能力をかなり高く、しかも正確に見積もったらしい。


投げ技などを使えば、比較的、浅い怪我で無力化できたことは否定できないだろう。


「怒りに任せて力を振るうのはダメだ。別に、力を使ってはダメだと言っているのではないぞ。過剰に振るったことをダメだと言っているんだ」

「はい…先生のおっしゃる通りです」


その通り過ぎて、ぐうの音も出ない。


「まぁいい。火焔はヒーリング能力者を使えば1、2週間で戻って来るだろう。戻って来たら、ランクEにぶち込むが、過剰な防衛をした河合も、今日からランクBの芝公園の寮に格下げする。不満はないな?」

「はい。了解しました」

、くれぐれも問題は起こさないようにしてくれよ」

「!?」


なるほど。降格という体裁は守りつつも、俺たちの関係はお見通しで配慮をしてくれた、という訳か。俺は不動先生に頭を下げて、職員室から出た。

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