第35話 人間模様

「あ、あのっ!蒼紀くんっ!助けてくれてありがとうございます!また助けられちゃいました…」

「そんなの、気にしないでよ」


後ろにいたシャーロットが、俺の前にきてペコペコと頭を下げてくる。素直で良い子だなぁ。


火焔とかきらりとか金剛とか常識が壊れきったバカが蔓延るこの教室のオアシスだ。


「あの…その…蒼紀くん…さっき言ってました…」

「あっ…さっきのはだな…えーと」


さっき言ってたってつまりシャーロットを可愛いと金剛に言い張ったことだよね。うん。


すかさずユイが『さっきのは違うとか、可愛いって言ったことを否定するのは絶対にダメですよ。フラグがバキバキに折れます!』と脳内でギャンキャン騒ぎ出した。


思わず顔をしかめっつらになりそうになるのを抑えて『わーってるよっ!』とユイを黙らせる。


「あーその…雰囲気、台無しでごめん」

「ふん…い…き?」

「あああ、そのっ、女の子に対して可愛いって言うのにさ、あんなドタバタの勢いみたいな言い方で失礼だったなって…あっ、で、でも、本心ではあるからっ!」

「そっ…蒼紀くん…」


シャーロットの顔が少し赤味を帯びてくる。


そして…


ぬっと何かが俺の前に立ちはだかり、視界が塞がれた。何事かと顔を上げると…担任である不動先生が岩のような身体を壁にするように、俺の前に立っていたのだ。


「お前と金剛の喧嘩は止める間もなかったが…さすがにラブって、コメってるところは止めさせてもらうぞ。ホームルー厶の続きをしたいからな」

「あー!すごく良いところだったのにー!ふっどーせんせー!馬に蹴られますよ!」


不動先生のカットインに、すかさず優美がツッコミを入れる。


「飯田ぁ〜お前も成績危ないんだから余計なことを言ってる暇ねーぞ?」

「ぶーぶー!横暴だ!成績を盾にした横暴だ!」

「なんで成績優秀な河合、神楽坂と交流あってお前だけ悪いんだか…」

「成績と友情は関係ないからですっ!」

「わかったわかった勝手にしろ。とにかくホー厶ルームを続けるぞ」


ここに来てまで不動先生に逆らう気は誰もないのだろう、素直に全員が席に戻る。ちなみに左隣はシャーロット、右隣が金剛である。


金剛はまだ地面に埋まっているが、いつのまにか来ていた恐らくセンチネルの課員たちが静かに掘り出し作業をしていた。


席順は1番右の列は序列1、3、5、右から2列目は2、4、6。3列目は7、9で俺。4列目は8、10。


つまり、1と2、3と4という風に隣り合うように席順が決まっている。右から数字順に並べず、そうしているのは、意味があるのだろう。


『ペアやチームを組む際に出力で差が出ない様にとの配慮のために序列があります。その序列を意味があるように並べたのですから、これは恐らく隣でペアを組ませるのだと推察します』

『隣ってことは俺はシャーロットか』

『はい。火焔と詰田、池名ときらり、金剛と谷、阿久と優美、そしてご主人様はシャロと組ませる。そのための席順だと思われます』


アブねぇわ。もしペアの相手がきらりだったら高校から逃げるところだったわ。


「とは言っても、もう今日は何もない。とりあえずこれでホームルームは終わる。ええとそうだな…普通の学校ならこれから入学式やらするんだが、もちろんこの高校にそんなものはないからな」


大半の高校生は入学式など、面倒だと思っているのではなかろうか。ましてや必死に受験をして合格した高校というわけでもない。


なおさら、入学式などない方が良いだろう。


「明日から配布した教科書を時間割通り持ってくること。それと課題の再提出、または未提出のやつはさっさと終わらせろよ…」


早く、としか言わずに締め切りを言わないのもなかなかに嫌らしい。間違いなく、いつ持ってくるかという誠実さも評価の対象になってるな。


もちろん評価基準は、誠実か否かだけというわけでもない。少なくとも優美は誠実だし、協調性もあるだろうが、ランクCだったようだしな。


『成績はまともで誠実さやら協調性が低そうな詰田はランクCだったことを考えると、両方兼ね備えていることがランクB以上の条件ですね』


しかし、ランクCならば落第はしないのだから、あまり気にしなくていいとは思う。


「ああ、そういえば、河合、お前の戦闘方法を詳しく知りたいな。あとで職員室に来てデータを取らせろ。このあとすぐにこい」

「は、はぁ…」


そう言って不動先生は、教室から出ていった。すぐにこいか、仕方ない。クラスとの交流はおいて置いて、荷物をまとめよう。


「ねー蒼紀っち、課題、教えてよ!」

「優美…お前調子いいな…」


斜め右前の席を逆さまに座った優美が、実に軽い感じでそう声をかけてきたので、俺は呆れて返した。


俺の隣で帰る準備をしていたシャーロットにも優美は声をかけてくる。


「そそ、あ、シャーロットも手伝ってよ!2人とも課題こなせたんでしょ!」

「うんうん。じゃあボクもたのまー」


が、シャーロットが首を縦に振るのと同時に声を上げたのは、何故か、俺の前の席に座っている阿久だった。


「阿久だったよな…お前も唐突過ぎないか?」

「えー!いーじゃーん!1人も2人も教えるの同じじゃない?ね?飯田さんだけズルーい!ね?」


自己紹介もそういえばずいぶんとサラッとしていたが、実にノリが軽いお調子者みたいだ。まるで男版の優美。


ま、こういうタイプは場が明るくなるから悪いとは思わないけれど…。優美と同じで長く一緒にいると疲れそうだ。


「はー。まぁ、教える側のシャーロットがいいなら構わないけどな」

「私ちゃんはいいよー。うん。阿久くんみたいなの嫌いじゃないしね」


優美がまたまた気軽にそう言った。そもそも俺はお前に聞いてない。教えるのは俺とシャーロットだろうが。


「うっひょー飯田さん!優しい!女神!」

「わ、私も…優美と蒼紀くんが大丈夫なら…」

「神楽坂さんもやっさしー!最高!女神ツー!」


本当に軽いやつだ。だが男2、女2の方が俺も精神的にやりやすい気がする。


「おい。河合」

「あ、不動先生…すみません、すぐ行きます」

「…はぁ…。ほかの生徒に教えるのはまず職員室に来てからにしてくれ」


なかなか俺が出向かないからか、不動先生が教室に戻ってきて、ぬっ、と扉から顔だけ出していた。


「…あの、不動先生どれくらいかかります?」

「あー今日は取っ掛かりだけで大丈夫だ。聞いてどの専門家呼ぶか決めないとだからな…そうだな10分もあれば十分だろう…じゃあ、さっさと来いよ」


それだけ言うと不動先生はまた教室を出ていった。


「だ、そうなんで、10分ほど待っててもらってもいいかな?」

「ボクは大丈夫だぜ!」


阿久は片目をつぶってウインクしながら、親指を立てて了解の意をしめした。


「わ、私も大丈夫ですっ!」

「へーい!もっちろん私も待つよ〜」


女子組も待っててくれるとのこと。じゃあ、と席を立ち、教室から出ることにした。


だが…。


さっさと向かおうと早足気味に廊下に出た俺の進路にあまり話したくない2人が立ちふさがってきた。その組み合わせと絡みたくない俺は、思わずため息が漏れてしまった。


「ちょっと!蒼紀!あんなブスたちに教えてないで私にも教えなさいよ!」

「わはは!貴様のような下等生物に俺様を教える名誉を授けてやる!」


火焔、きらりのバカペアである。いやもっとバカもこのクラスにはいるけどな。いまだに地面に頭が刺さってるやつとか…。


「お前らは、俺が教える前に提出物そのものを作ってからにしろ。話はそれからだ。あと、きらり…」「なによ、蒼紀」

「クラスメイトに対して、そういう貶めるような言い方は不快だから止めろ」


ホントは少しも教えたくない。しかしクラスメイトにいつ話し声が聞こえるかわからない状況で特定の1人を意味もなくハブることはしたくないから妥協ラインを提示する。


「事実、ブスはブスなのよ!だから蒼紀は私のことをずーっと支えていればいいのよ!」

「断る」

「なによっ!蒼紀の癖にっ!」


あーっ!腹が立つな。なんなんだ、こいつは!何様なんだよ!あれだけのことを俺にして、なんでまだ俺にこれだけ偉そうにできるんだっ!?


「…俺はお前のこと許してはいないからな」


怒りを抑えてきらりに低い声でいうと、きらりがうっ、とだけ言って黙ってしまった。俺はその隙をついて職員室に向かった。


※※※※※※※※※※


一方、蒼紀が職員室に呼ばれて出ていった教室内では、優美とシャーロットは隅にある自席で少し声を抑えながら話していた。


その優美の表情は…なんというかまるで世話焼きで噂好きな中年女性のよう。好奇心とおせっかいとが半々づつ混ぜこぜにしたような、なんとも言えない顔をしていた。


「シャーロット、蒼紀っちに告白しなよー。3ヶ月くらい前に初めて会ってから、ほぼ毎日メッセージSNSやら電話やらで話してて………好きになっちゃったんでしょ?」

「う、うん。蒼紀くんと、いろんなお話しをしているとすごく楽しい…今日、久しぶりに直接お話したら…もっと楽しかったけど…」


顔を真っ赤にしてはにかむシャーロットを、優美はうい奴めーと言って頭を撫でる。


「直接、話せてよかったねーというか、蒼紀っちが異能者でよかったよね…高校も一緒だし、しかも席は隣!こりゃ運命だね!」

「う、運命かどうかはわからないけど…ほんとに嬉しいよ…あの…蒼紀くんとはこれまでにいっぱい電話でお話ししてきたけど、私の体形のこと1度も揶揄したりしてこなかったし、変な詮索もしてこなかったんだ…本当優しいなぁって…えへへ」

「じゃ、じゃあ」

「だめ。蒼紀くんはカッコいいし…私なんかじゃ釣り合わないって…。こんな体形だし…蒼紀くんとはお友達でいいの…」

「ちょ…えっ、だってさぁ…シャーロットの体型はシャーロットのせいじゃないじゃん!」

「わかんないよ。単に原因不明ってだけだから…でも、金剛くんが言ったように私が太っててブスなのは本当だから…」


自虐的な表情をしたシャーロットに、優美はどう声をかけたらいいか悩んだ。


太ってる友人のことを悪く言う人はいるが、優美としてはそんなことを言うようなやつのことを考える必要はない、と思っていた。


実際、優美の目から見ても蒼紀がシャーロットを見る目はかなり好意的だった。


だから、そんなに自身を否定的に捉えなくていいのでは…と喉まで出かけたが、結局、話を少しだけ逸らすという結論になった。


「まー、たしかに蒼紀っちはカッコいいよね。まず顔がいい。頭も良いみたいだし、さっきシャーロットを庇ってあのゴリラの前に立ちはだかったのもよかったよね。頭おかしい筋肉ゴリラは完全に噛ませ犬だったし」

「あはは…」

「でも、ライバル多いからもしれないから、もたもたしてると取られちゃうよ?」

「と、取られちゃうとか…わからないよ」

「ま、まだまだ先の話だから急がなくていっかー」


優美はシャーロットの反応を見て、蒼紀とくっつけたいと強く思った。この真面目でまっすぐで裏表のない気の良い友人の恋を叶えてあげたい、とも。


「そ、そのっ…優美はどうなの?」

「え?私?」

「うん。優美も普通にお話してたし、この後の勉強会にも優美から誘ってたし…」


優美としては積極的には誘えないだろうシャーロットが、蒼紀と話す機会を作るためとして時間を作ったのだ。だから変な誤解は防ぐべく、ここははっきり言っておこうと優美は思った。


「あー心配しないで。蒼紀っちは、嫌いじゃないし友達にはなれるけど、彼氏はないかな〜」

「そ、そうなの?」

「蒼紀っちはなぁ、彼氏だと…なんというか頭がよくて長く話すと疲れそう…私はもっと気楽な感じがいいかな?」


優美がそこまで言ってから顔を上げると、ふいに視界の端に人影が入り込んだ。


優美が視線だけをそちらの方に向けると、相当な美人ではあるが、目つきが鋭く、いかにもギャルと言った感じの少女。


そう序列4位、星空きらりが横に火焔を連れて立っていたのだ。


「ちょっと何あんたら、さっきから蒼紀に馴れ馴れしくしてるのよ!なんなのよっ!」

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