第34話 女の子は庇うよね?

「ふざけるなよっ!てめぇ、教師の癖になに考えてやがる!俺が落第だぁ!?つーか俺のほうが少なくとも4人は序列が下がいるんだそ!そいつらよりも優秀だろうがよ!」


すげえ。今日の説明も、以前からの説明も、少しも聞いていなかったんだろうことがわかる金剛のバカ丸出し発言だ。


序列は飽くまで異能のスペック上の出力順である。落第か否かは、それを使う側の常識や倫理、また扱う頭の中身がどんなものかが問われているのだから序列とは何の関係もない。


昨日、家に来た不動先生が愚痴を言う理由が察するというものだ。ま、この序列という名称も悪い。もっとバカにでも分かるシステムにした方がいいとは思うけどね。


「お前、序列だ、自分は優秀だ、云々言う割に、さっきは河合に投げ飛ばされていたじゃないか?」

「あ、あれはあいつがインチキな手を…」


不動先生は、そうやって俺をダシにして煽らないで欲しい。俺が何もしていないのに、勝手にヘイトが集まっているじゃないか。


『ご主人様、残念ながら、不動先生にいろいろと見込まれてしまいましたね』

『面倒くさい…』

『安心してください。今のところこの場で金剛と戦闘になった場合、五分の条件なら100万回中、99万6986回勝ちます』

『その3014回が来たら俺、死ぬんだけど』

『3014回は、すべて先生などの介入で勝利が決まらないパターンだけです』


負ける要素が見当たらねぇってやつか。というか先生介入する気なさすぎだろ。


『ご主人様の両手両足を縛り、目隠しをして、ようやく5分の勝負が出来ます』

『むしろそれでよく俺勝てるな』

『力の流れの調整を肩や膝、頭などでやれば、そこそこ戦えますよ。攻撃のタイミングは音と空気の動きで計算処理すれば対応できます』


そんな座頭市みたいなことができるんか。


『空気の振動や体温から計算し直して頭の中に映像を投影することもできますよ?もちろん、色とかはわかりませんけどね』

『そりゃあ、便利だな』


座頭市どころじゃなかったらしい。目隠しとかだけではなく、夜間の戦闘でも使えそうだ。


『詰田はどうだ?』

『そうですね。さっき、金剛を足止めしたのが最大出力と仮定した場合は勝率は99〜99.99%。1/10と仮定した場合は93〜96%、1/100の場合は65〜72%ですね』

『そこまで予想できるんだな…ちなみにほかのやつで脅威はいるか?』

『火焔炎はまだ能力を観ていないので不明です』

『それはそうだな』

『きらり、池名、谷、シャーロットなどのテレパシー系はそもそもご主人様には効きませんので、あやつる相手次第です。優美は戦闘能力が低く、阿久は金剛とほぼ同じ対策で対応できます。これはもちろん、現段階での予想であって、今後出てくる新しいデータ次第では予想は変動することは予めご了承ください』


そんな感じで、ユイとシミュレーションに関する雑談をしながら、端から見た目ではぼーっとしていたのだが…。


現実空間に意識を戻すと、不動先生がさらに金剛を詰めていた。


「お前さー敵のタイラントに会ったときもそんなこと言うのか?インチキしないで正々堂々戦ってくださいってな?負けたらタイラントが汚い手を使ったから負けましたってか?あーん?」

「そっ…それは…」

「だいたい暴力頼りで勉強もできない上に教師の言うことをまともに聞かない不良生徒が、暴力で勝てないからと急に教師の力に頼ろうとするのは、お前の中では正々堂々なのか?俺からするといくらなんでもダサ過ぎて、聞いてるこっちが恥ずかしいくらいなんだがなぁ」

「だからっ!生徒の扱いを平等にしろって…」

「平等にはしているぞ。お前らのこれまでの行いなどを平等に評価しているからな。もしかしてお前はどんなゴミみたいな点数を取っても最高の評価をつけろとでも言うつもりなのか?バカなのか?」

「ッッッ!」


金剛は、戦っても勝てるわけのない不動先生に、言葉ですら完璧に追い詰められて、さらにイライラし始めていた。


そして、恐らくほかの獲物を探してだろう教室内を急にキョロキョロ見回し始める。ついに俺のやや後ろ隣にいたシャーロットに視線が行くと、金剛は急に勝ち誇ったような笑顔を浮かべてきた。


「じゃあよぉ、そのデブス女はどうなんだよ!」

「えっ?あの…その…」


突然、指をさして悪口を言われたシャーロットは、反論するわけでもなく、困ったような作り笑いをした。


しかし、シャーロットの戸惑いなど意に介しない金剛はズカズカと大きな足音を立てて、こちらに向かってきた。そして威圧するかのように歯を剥く。


「このデブス女はよぉ、ぶくぶく太りやがって戦闘なんかろくにできねぇだろうがよぉ!」

「…えと…わ、わ、わたし…」


優しい性格で、たぶんお嬢様でもあるシャーロットは、当然のことながら暴力的な争いが苦手なのだろう。だから、詰め寄って威圧してくる金剛のあまりの勢いに、ついには怯えて固まってしまった。


『ご主人様、女の子の敵は!』

『当然、駆除だな』


俺はシャーロットを庇うように、ノータリン人型筋肉塊の前に立ちはだかる。


「そ、蒼紀くん…」

「なんだぁ?」


俺がシャーロットの前に立ちはだかったことで、新しい獲物を見つけたとでも思ったのか、金剛はサディスティックな満面の笑みになる。


「イケメンさまがよぉ、こんなデブス女を庇うなんて、この豚女が気にでもなってるのかァ?」

「俺の主観では可愛いんだから問題ないだろ」


正面の金剛は、さらに見下したような表情になり、後ろからは『ふえっ!?か、可愛い!?』とか、シャーロットの裏返った声が聞こえてきた。


『ご主人様、愛の告白をする場合は、いくらなんでももっと雰囲気を大切にしないと』

『い、勢いで…。いや、この人型筋肉塊の言葉を単に否定するために言っただけなんだけど…何かやっちまった…』


正面にいる金剛も向き合っているから、今は後ろにいるそっちシャーロットの方を見られないのが残念だ。


「はっ!こんなデブスが可愛いとかよぉ、てめぇお勉強は出来ても趣味はわりぃみたいだな!」

「頭の中身がすっからかんの人型肉塊が人間様の趣味に口出しするなよ。というか、自分が暴力でだけ勝てそうな相手を必死の形相で探してからイキるのはいくらなんでも恥ずかしくないのか?お前の恥の概念って一体、どうなってるんだ?」

「うるせーうるせー!俺より序列の低いガリ勉野郎が舐めんな!」

「さっきから序列序列…俺に喧嘩も頭も勝てない不良生徒のくせに先生がつけてくれた順位だけが頼りなのか?情けない上にダサいやつだな」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェェェェェェェェェェ!!さっきみてぇな奇跡は2度と起きないからしばらく病院生活してろぉ!!」


金剛が吠えたのを合図に、俺は半自動戦闘セミオートモードをオンにする。


すぐに金剛が大きな手で俺の肩を掴んできた。そして怒りに任せて俺の肩を握りつぶそうとした、その瞬間。



「操気術・霧雨きりさめ



握り潰そうとする力の流れを緻密に操作しながら、俺は肩を捻る。すると金剛の巨体が肩の回転に合わせて、ふわりと宙に浮いた。


「っんだとぉっ!?」


信じられない、というように目を丸くした金剛の宙に浮いた頭を、右手で優しく掴んだ。


そして、今度は攻撃のための力の制御を開始する。


この場にある力の全て。


金剛が俺の肩を握り潰そうとして霧雨きりさめで消化しきれなかった力。


俺の体内にある600近い筋肉の力。


地面の揺れや空気の動き。


俺が触れている全ての力の流れをかき集めた。


左手を右手に重ねながら、かき集めた力を金剛の頭を掴んでいる右掌に集中させる。そしてさらに緻密な計算を重ねて、掌に集めた力を、今度は外部へ発揮する怪力として変換した。



「操気術・波濤はとう



手を振り下ろし、猛スピードで金剛の頭を地面に叩きつける。床への激突とともに、ドン、とも、ゴンともつかない轟音が響いた。


操気術・波濤はとう。太極拳の発勁を源流とする打撃だが当然かなりアレンジをしている。操気術の中でも溜めが長い分、威力は申し分ない。必殺と言っても過言ではない一撃を繰り出すことができる技だ。


「ボゲェッッッッッ!?」


俺の全力の叩きつけに、金剛の口からはまるでカエルが潰れたかのような声が漏れるが、それでも腕の勢いは止まらない。止めない。


ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ


「ッッッッッッッッ!!」


そのまま俺の腕の動きに合わせて、ゴリラヘッドは声にならない悲鳴を上げつつ、コンクリートの床を掘削していく。


ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ


「ッッ…………」


デカい頭が丸々を埋め込むくらいのめり込むと頭部からはかすかな悲鳴すら出なくなった。そこでようやく波濤はとうの勢いも止まる。


金剛の身体は痙攣して伸び、しばらくは柱のように突き立っていた。しかし数秒も経つと、頭が突き刺さったまま、くたり力が抜けたように身体だけが地面へ倒れこんだ。


『さすがに追撃は不要かと思います』

『だな』


なるほど、こいつ相手なら何回戦っても負けはなさそうだ。

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