第33話 格差

「さて、自己紹介も終わったな。で、新学期となったのは良いんだがな…あ〜〜〜…火焔、星空、金剛の3名」


不動先生が、手元にある紙のようなものを見ながら明らかに怒り混じりの不機嫌な低い声で、3人の名前を挙げた。


「お前らほとんど課題やレポートを提出されていないな。このままだと留年になるぞ」

「「「ええええ!?」」」


悲鳴を上げる3人。たしか不動先生が学力的に大変なやつがいると話していたが、高校生活スタートにして、3分の1が課題提出すらしていないとは…。


「今回いくつか提出されたレポートや課題から見られた学力で言うと合格点なのは、河合、詰田、神楽坂、谷の4人だな」


俺は…さすがに合格点でないと泣くしかない。シャーロットも生真面目な性格だから、きちんとこなしていたのだろう。


言葉数少ない詰田やちょっと様子のおかしい谷はどうやら勉強はちゃんとやるらしい。


「飯田、阿久、池名は課題やレポートは提出しているが、一部の科目で内容が悪いので再提出をしろ。あとで修正する内容を伝えるから、ちゃんと直してくるように」


正直、中学生の課題というのは、きちんと調べて提出すれば、出来不出来はともかく、まず大丈夫だとは思うけどなぁ。


再提出ということは5段階評価の1なのだろう。2ならば大学の評価でいうと『可』扱いだからな。


「先公ヨォ、河合はズりぃだろうがよ!」


ようやくめり込んだ壁からようやく抜け出した金剛が、何故か俺の成績に文句をつけてきた。俺に文句をつけても、こいつの成績には関係ないだろうに。


「河合は、異能発現前からこの中ではダントツに成績が良かったからな。それにな異能を使うのがズルいのなら、お前はここからカリキュラムで異能を一切使わないんだな?」

「んな訳ネェだろ!?」

「なら文句を言うな。お前はそもそも課題を出してないのに他人に文句言う資格があるかっ!」

「くそっ…」


不動先生、ド正論である。うぐ、と声にならないような声で金剛が黙った瞬間…。


「金剛汗臭い。鼻が曲がる」


詰田がボソリと呟くように言った。一瞬静まったタイミングを見計らって意図的に金剛が聞こえるように言ったのは、たまたまかわざとなのか。


案の定、小さい声の割に、金剛にはちゃんと聞こえたようで、ただでさえ猿みたいな顔をさらに真っ赤にした。


「詰田ァ上等だよ!相手になってやんよォ!」


喧嘩っ早い金剛は、ノシノシと人ではなく類人猿のような歩きで詰田に詰め寄る。


詰田が覚めた目をして金剛に手を向けた。


途端、教室に突風が吹き荒れた。まるで台風の中にいるような強風に、ガタイがいい金剛でも一歩も前に進めなくなっている。


『とんでもない出力です。秒速100メートルは出ていますね』

『そんなの台風より強いじゃねーか!』

『さらには範囲もかなり絞ってます。動かした空気を循環させて影響の範囲を最小にしているみたいですよ。ほら、部屋の隅を見てください』

『机の上に置かれた紙が微動だにしてないな』


さすがは序列2位といったところか。まさか手の平から台風を起こしてくるとは思わなかった。人に向けて使ったら簡単に殺すことだって出来る威力だ。


「うるさい肉塊。ツバ飛んで汚い。口閉じろ」

「フンガー!フンガー!」

「風で塞いだのにうるさい…ッ!?」


突風の中、金剛がゆっくりと前に進み始めた。いやはや普通なら一歩踏み出すために足を上げた瞬間吹き飛ばされそうなものだが…。さすが100倍の肉体強化は伊達ではないらしい。


「ヨォォォォォ!てめぇの風はこんなもんかぁ?気持ちよくお散歩ができそうだぜぇ!?」

「次、範囲絞る」


さらに殴りかかろうと金剛が振りかぶり、詰田はもう一度突風を繰り出すために手を突き出すが…。


「辞めんかっ!」


額に青筋を浮かべた不動先生が声を上げると、ピタリ、と2人の動きが止まった。


「ぐっ!?」

「なんだこりゃ!?」


不動先生の異能、人型の拘束ホールドパーソンの効果だろう。一瞥して動かなくなったことを確認した不動先生は、教壇から降りてくると固まって動けない金剛、詰田の間に立った。


不機嫌そうな顔で太い腕を組む姿は、半端ない威圧感を放っている。


「詰田は無駄に挑発するな。お前には追加の課題を出す。楽しい楽しい道徳の課題だ」

「私に追加の課題は不要」

「必要だな。お前のようなやつがセンチネルに入ったらトラブルを起こすに決まっている」

「強いから不要。それが全て」


どうやら口だけは動かせるようにしたらしい。以前俺と愛花を助けてくれたときには、きらりたちが話までできないようにしていたからな。


そのあたりは自在に調整できるのだろう。


「ほう。戦闘能力がお前のプライドらしいが、そんなものたかが知れている。現に俺がいまお前の鼻と口をそっと塞ぐだけでお前は死ぬからな」


そう言ってハンカチを取り出した不動先生は、おもむろに詰田の口と鼻を押さえつけた。


「むぐうッ!?」

「これで数分後にお前は死ぬ。PKサイコキネシスは使用者が多いからな弱点も知れ渡っているんだよ」

「ムーーーーッッッッッッ!?」


もがいていたが抵抗らしい抵抗もできず詰田は、ついには白目を剥いて気絶してしまった。


女の子だからといって、先生は1ミリも容赦しないらしい。股間からは何か湯気がでてる温かい液体が流れ出ていた。いくらなんでもさすがにちょっと脅しすぎじゃないだろうか。


「ま、そんな訳だ。異能犯罪者…タイラントとの戦いは、詰田のような奢りや油断が命取りに繋がるから、気をつけろ」


そういうと不動先生は金縛りを解除した。詰田が崩れるように地面に倒れて、金剛も姿勢を自然体な立ち方に変えた。


『詰田風香の発動過程から、サイコキネシス発動条件を推測します。1∶手の平を向ける、2∶目線を合わせる、3∶その両方』

『今日ざっと見たアイツの言動から考えると、恐らく3だろうな』

『ご主人様、私も同じ結論です。彼女が本日行ったいくつかの言動から、もし条件が整っているなら、98.89%の確率でサイコキネシスを発動させて、不動氏への抵抗を見せるはずです』


そんな脳内会話をしていたのだが、不動先生が何故かこちらを見てから、ニヤリと食事前の肉食獣みたいな顔をする。


「河合。詰田とやってみるか?多分、お前はもうこの瞬間にも対策を立てただろう?ま、戦うなら、起こしてやる必要があるがな」

「遠慮しておきます。俺は特に好戦的な性格という訳じゃありません。あと、起こすだけじゃなくて服も換えて上げてください」


初日からお漏らしさせられた女子高生とか、もうほんとにプライドがずたずただろうに。


「金剛もやはり教育が足りないな…寮のランクを落とすしかないな」

「アァ?寮のランク?なんだそれ?」

「ああ。金剛には説明していなかったか。いや、クラスの誰にも話してなかったか。お前たちの住んでいる寮にはランクがあってな…河合、神楽坂、お前らの寮の場所、広さを教えろ」


話を振られてバリバリに嫌な予感がした。だがここで嘘を付く訳にもいかないので、正直に答える。


「俺のは虎ノ門のタワーマンション30階にある150平米の3LDKです」

「はぁ!?なんだそりゃ!?」


金剛が顔を歪めて吠えた。続くシャーロットも、不動先生に言われたからだろう、仕方なしという表情で口を開く。


「わ、わたしは芝公園にある、100平米のマンション2LDKですけど…」

「「「「「………」」」」」


その場のほぼ全員が絶句していた。さすがに優美だけは驚いていないようで、シャーロットから聞いていたんだろうな。


「ちょっと!私、市原から通ってるのよ!?どういうことなの!!」

「俺なんかヨォ八王子だぞ!?来るのすげぇ大変なんだからな…まじで…ふざけるなよ!」


きらりと金剛が不動先生に詰め寄る。きらり、市原からってめちゃくちゃ遠いじゃねーか。


「だからどうした?」

「おい、先公!どういうことだよ!なんでこんなに差がつけられてんだよ!?」

「当たり前だろ」

「て、てめぇ、教師だろうがぬっ!それが依怙贔屓なんかしていいと思ってるのかっ!?」

「金剛、お前これだけなにもしないは、態度も悪いはで、学業を真面目にして、提出物も優秀な優等生と同じ扱いを要求するのか?あぁん?」

「う、で、でもよぉ」


尤もな話だ。特に事前に聞いていた不動先生の話だと、国は、異能使いの性格にもかなり重きをおいている。国としては、いくら異能の力が強くても問題のある性格の人員は使いたくはない、ということなのだろう。


「ちなみに河合のがランクA、神楽坂のがランクB、そして金剛のがランクD、星空のはランク外の通称ランクE、矯正施設だな。ほかのやつはランクCにいる…これは普段の態度と成績から決められる序列とはまた別のランクになる」


金剛ときらりが別格か。しかし、あの態度が最悪の金剛であっても、犯罪紛いなことを起こしたきらりと同じレベルではなかったんだな。


「神楽坂は勉学優秀で性格にも問題がないため、この寮だ。河合はそれに加えて海外の異能組織からの引き合いが強すぎて、ランクが上がっている」


そう言えば、海外出張のときものすごい引き抜きにあったよな。海外組織では序列の決め方とかも違うのだろうか?


「ちなみにいまのやり取りの結果として、詰田はランクD、金剛はランクEにリーチだ。おめでとう。そして学業の成績に関わらず、学年終了時にランクE寮のやつは自動的に留年になるから覚えておくように」

「なっ!?ふ、巫山戯るなよっ!!」

「なんだ?まださらに扱いを落とされてランクE行きを確定させたいのか?ランクEはセンチネルとしては処分寸前だ。切っても問題ないんだよ!」

「うぐっ…くそっ!」


容赦ないな。だが留年しててでも、キチンと倫理感などを固めないとマズいというのが、国の意向なんだろうね。

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