分身

夢月七海

分身


 呪い、と一言で言っても、多種多様な種類がある。

 千年前から伝わっているもの、一般にも広まっているものなど、有名なものも多いが、私はそれらとは外れた……オリジナルの呪い、あるいは、既存のものに独自のアレンジを加えたものなどを研究している。


 そうは言われても、ぴんと来ていないようなので、一つ、実例を挙げよう。


 とある男が、妻の不倫が原因で離婚した。長年連れ添った最愛の妻の裏切りは、彼の深い愛情を丸ごと憎しみに変えてしまうほどの衝撃だったようだ。

 離婚に際して、男は元妻から多額の慰謝料をもらっていた。だが、それだけでは物足りない。元妻が、自分以外の男を愛している、いや、元妻がこの世のどこかで息をしているだけでも耐えられない……そう思い至った男は、元妻を呪い殺すことを決意した。


 最初に実行しようとしたのは、藁人形を用いた呪術だった。憎い相手の髪の毛が入った藁人形を、釘で打ち付けるアレだ。

 ただ、このやり方だと、誰かに見られた場合、自分の身が危うい。男は、もっと別の方法を探した。


 そして見つけたのは、元妻の思いがこもったものを、彼女に見立てて破壊するという呪いだった。男の家には、元妻の持ち物が大量に残されていたため、彼はこれを実行することに決めた。

 元妻の荷物を漁って、見つけたのは結婚指輪だった。不倫のカモフラージュのためか、元妻はこの指輪を男の前ではいつも身に着けていた。これ以上、思いのこもったものはないだろうと彼は思った。


 テーブルの上に、石材を砕くための杭とハンマーを用いて、男は指輪を砕いていった。一か所を三回打ち付けると、その部分が割れる。そうやって、東西南北の位置に、四か所割れ目を作り、指輪は四等分された。

 この呪いは、即効性があるらしい。そろそろ元妻が苦しみだすころだろうかと男が思った瞬間、彼の後頭部に、殴られたような衝撃が走った。


 咄嗟に後ろを見たが、誰もいない。唖然としていると、また同じ位置が強く痛む。男は、これは脳卒中か何かだと思い、携帯で一一九番を押した。

 電話口で、男がオペレーターに自分の症状や自宅を話している間も、頭痛が襲ってくる。後頭部がまた一回痛むと、今度は左右の側頭部が三回ずつ、最後に額が三回痛み、男は気を失った。


 失神する直前に、男は玄関の鍵を開けていたため、駆け付けた救急隊員によって、彼は病院へ運ばれた。救急隊員たちは、男の諸症状を見て、脳溢血だと判断し、迅速で適切な処理を行った。

 手術の際、男の頭蓋骨を見た医者たちは首を捻った。頭に外傷がないのに、頭蓋骨だけが割れていたのだ。丁度、東西南北の位置に合わせたかのように。


 不可解な点はあったが、手術は成功し、男は一命を取り留めた。意識が回復した時に、医者から頭蓋骨の話を聞いた男は、すぐに指輪の呪いを思い出したが、「変なこともあるんですね」と誤魔化した。

 男は、自分の呪いが失敗して、返ってきたため、こうなったのだと思っていた。だが、後に男は、自分と同じタイミングで、元妻も同じ症状で倒れて、病院に運ばれたのだと知った。


 理由は単純だ。元妻の結婚指輪には、彼女の思いがこもっていた。ただ、それには同時に、これを選んで彼女に贈った、男自身の思いもこもっていたのだ。

 つまり男は、元妻と同時に、自分自身も呪っていた。一人を標的にしていた呪いは、それによって分散され、運がいいのか悪いのか、男も元妻も、これによって命は助かった。


 以上が、私が収集した、ある呪いの顛末である。

 呪いをかけるという行為は、どんな方法であれ、自分も危険に晒している。君も、呪いをかける際には、そのことを留意してもらいたい。

















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分身 夢月七海 @yumetuki-773

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