第3話 アイリとリイナとナナミのおはなし①
【登場人物】
長女・アイリ: 大野 愛利(市立N高校 3年2組)
次女・リイナ: 大野 梨奈(市立N高校 2年1組)
三女・ナナミ: 大野 七海(市立N高校 2年5組)
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ユウ:安藤 由宇(市立N高校 3年2組)
この恋は片想いなのか?両想いなのか?なんて考えてもわかるはずがない。それを知る方法はただひとつだけ。自分の気持ちを伝えて、相手に聞くよりほかはないのだ。けれどプライドが高くて、頑固で負けず嫌いなアイリには、どうしてもそれができなかった。片想いがスタートして、1年が過ぎた。亀の歩みが遅いのは重い甲羅のせいかどうかは知らないが、アイリ自身もいろんなものを背負いこんでいるから、ちっとも前にすすむことができなかった。
「今日、昼休みにさ……」と、アイリがこの世の終わりと言わんばかりに、蒼白な表情で話しはじめた。「安藤君が、『カレーパン、半分いる?』って私に聞いたんだよね。『ここのカレーパン、すごく美味しいよ!』って。でも私、『そんなの、いらない!』って言っちゃったんだ。そしたらさ、隣の席のミクちゃんが、『それなら私が食べたい』なんて言いだしてさ。安藤君、半分にちぎったカレーパンをミクちゃんにあげたの。ミクちゃん、「美味しい~」って大喜びで食べはじめてさ。カレーパンくらい、自分で買えばいいのに。そう思わない?もう、最悪な昼休みだったよ~」と。「そうなんだ。でも、ミクちゃん先輩にあたるのはよくないよ!アイリがいらないって言ったんだから、何も言う権利はないよ」と妹のリイナが言うと、「でもさ、安藤君と私、付き合ってるってみんなから噂されてんだよ。2年生のリイナとナナミは知らないかもしれないけど、1年のころから、ずっと噂されてるの。そんな安藤君からカレーパンもらって、ふつう食べる?私の彼氏かもしれない人のカレーパンなんだよ!」としつこく何度も言うアイリ。「でも噂だけで、実際は付き合ってないしね!その人もそう思ったんじゃないのかな?」ともう一人の妹のナナミが言うと、「確かに、そうなんだけどさぁ」と、否定も、そして言い返すことすらできないアイリはばつが悪そうに、小さな声で答えた。「アイリは安藤君のことが好きなんだよね?カレーパン食べたかったんだよね?じゃあ、なんで『いらない』なんて言っちゃったの?」と妹のリイナが少し強めの口調で聞くから、「みんながいる前で、安藤君がくれたカレーパン食べるの、恥ずかしいじゃん」と追い詰められた小さな子どもがする言い訳みたいにボソボソとアイリは呟いた。「問題はそこなんだよ。アイリ、わかってる?アイリはもう少し、素直にならなきゃ!自分の気持ちを相手に伝えるって、弱いことじゃないし、かっこ悪いことでも恥ずかしいことでもないんだよ。もっと相手に近づく努力をしなきゃ!」とリイナがお手上げといわんばかりに、ため息まじり言うものだから、「そのとおりだな。このままじゃいけないよな」ってアイリは、心の底から思った。
アイリがあまり落ちこんでいるから、リイナが慌てて話題を変えた。「ねえねえ、笑うと残念になるイケメンと、顔は普通なのに笑うととっても可愛い人なら、どっちがいい?」そう言ってアイリを見るのだが、落ちこみすぎているアイリの耳には届いていない様子で、代わりにナナミがこう答えた。「絶対にイケメン!笑ってるときだけ可愛くてもね、しようがないじゃない。やっぱり私は、みんなが羨ましがるようなかっこいい人がいいな」と。するとリイナが言った。「私は笑うと可愛い人がいいんだ。その人が笑うたびにドキってするんだよ。不意にやってくる、ドキッの瞬間が待ち遠しくて、愛おしく思うなんて素敵すぎだよ。そう思わない?」と、いつもならその手の話が大好きで、三人で盛り上がるのだが、この日のアイリは違った。相変わらず会話が届いていない様子で、とにかく元気がない。「姉のくせに、ホントに手がかかるんだから」と少し面倒に感じながらもリイナが、「アイリ!私さ、恋にも、〝旬〟ってあると思うんだよね」などという話をし始めた。「急にどうしたの?」とアイリが聞くと、「アイリが安藤君を好きになって、もう1年だっけ?今が、〝旬〟なんじゃないのかって思うんだよね」とリイナが言うと、「えっ、どういうこと?旬が過ぎたら、その恋はどうなるの?」と真顔で聞くナナミ。「違う!違う!別に旬がすぎてもいいんだけど、今が一番いいときだって予感がするの。告白のタイミングは、今なんじゃないかなって思っただけ」とリイナが慌てて言った。「アイリさ、もうずっと同じことで悩んでるでしょ?前に進むことができないアイリの気持ちって、その程度のものってことなの?つまりアイリは、安藤君より自分の方が大事ってことなんだよね?」と言うリイナに、「他人事だと思って」とアイリは心の中で抵抗したが、自分のふがいなさは自分自身が一番よくわかってた。「ナナミも私も、アイリの性格って可愛くて大好きなんだよ。もっと素直になってさ、ありのままのアイリを見せることができたら、恋もきっとうまくいくから、がんばりなよ。アイリに必要なのは、ほんの少しの勇気だけだよ!」とリイナ。そして目の前にいるナナミも、「がんばれ!がんばれ!」と力強く頷いてくれたから、「そうだよね。いい加減、告白しなきゃ、ダメだよね」とアイリ。「もしもフラれたら、二人を巻きこむからね!」と力なく笑って言った。「もしもフラれたら、学校で一番のイケメンを紹介するから」とナナミ。
「学校一のイケメンは、安藤 由宇君でしょ?」とアイリが言うと、二人は一瞬固まって、「えっ?」と不思議な顔をして見つめ合った。
リイナとナナミは、アイリの1つ年下の妹で、一卵性の双子。アイリにもとてもよく似ていたから、「まるで三つ子のよう」って小さなころから言われ続けていた。けれど、その性格や好みは驚くほど違っていて、特に好きな男性のタイプは三人三様。例えば、雑誌を広げて、人気アイドルグループの写真を見つけると、「この中でかっこいいと思う人、いっせーのーで指さそうよ」なんていうのをしてみると、三人が同じ人を指さすことは決してなかった。三人にとってもそれが救いと思っているところがあって、小さなころから喧嘩をしたことがないくらい仲がよくて、姉妹であり親友であり、同志であり……何にもかえがたい大切すぎる存在だったから、同じ男の子を好きになって、奪い合うことだけは絶対に避けたいなって、特に長女のアイリは強く思っていた。
だからなのかはさておき、3人の中で一番恋愛には消極的で、アイリの初恋のはじまりは高校2年のときだった。そのお相手のユウとは1年のときに同じクラスで席が近かったことがきっかけで仲が良くなった。気が合って、一緒にいることが多かったから、「安藤 由宇って、大野 愛利のことが好きらしいぞ」とか「あの二人、付き合ってるらしいよ」いう噂がまことしやかに広まって、当時はまだ自分の気持ちに気づいていなかったアイリは、そんな噂を耳にするたび、「勘弁してよ~」と苦々しく思っていた。アイリとは正反対で人懐っこくて明るい性格のユウは友だちが多くて、クラスの人気者だったから、噂になることで注目されるのが嫌だったからだ。
2年になってクラスが別々になって少し距離ができたものの、ユウは毎日のようにアイリのところにやってきた。「国語の教科書、忘れたから貸して」とか、「宿題うつさせて」とか。わざわざアイリのところに来るものだから、噂は消えるどころか大きくなるばかり。「もしも安藤君が本当に私のことが好きなら、さっさと告白してくれたら、『ごめんなさい』って言って、噂されることもなくなるのに」って、アイリは思ったのだが告白もされず、そんな雰囲気にも全くならなくて。「異性という意識はないんだ、きっと」というのがアイリが出した結論だった。白黒はっきりさせたい生真面目な性格だったから、アイリはうんざりした口調で、「ちょっと!安藤君と私が付き合ってるって、いろんな人から聞くんですけど?安藤君もちゃんと否定してくれてるよね?」と問い詰めたことがあるのだが、「そんな噂があるなんて知らなかったよ」としらばっくれて、「別に気にしなくてもいいんじゃない?」と返すだけだった。「私は困るんですけど」とアイリが言うと、ユウが驚いた顔で、「噂の相手が俺なのが嫌で困るってこと?それとも、誰か好きな奴がいるから困るってこと?」と聞くから、「別にそうじゃないけど。でも事実じゃないから」とアイリ。「それなら、よかった!」と言って嬉しそうに笑うユウ。「ちっともよくないんだけど……」とアイリは言ったものの、「相手が安藤君なら、別にいいかなぁ」って、ふと思ってしまった。その後も毎日のようにアイリのところにやってくるユウ。適当にかわすものの、アイリもいつの間にか、ユウが来てくれるのを待つようになっていて、来ない時は心配になったりして。そのうち、「1年の時は同じくらいだった身長もいつの間にか見上げて話すようになったな」とか、「安藤君って後輩にも優しいから慕われてるよな」とか。当たり前のようにユウのことを追いかけるようになっていて、特別じゃない、毎日会う、ユウがどんどん好きになっていったのだった。
3年生になって、二人はまた一緒のクラスになった。席も近くだったから、またたくさん話したり、一緒にいることができて、アイリは幸せだったのだが、ユウがほかの女の子と親しげに話していたりすると気が気ではない。ユウはサッカー部のキャプテンになって、生徒会長になってからは全校生徒から注目されるようになって、アイリは内心とっても焦っていたのだ。
カレーパンのことがあってから、数日後のこと。アイリはユウを近くの公園に呼び出した。ひどく緊張しながらベンチに座っていると、「ごめん。ごめん。青木先生に捕まっちゃって」と少し遅れてユウがやってきた。「別にいいけど……」とアイリはそう言ったきり、その次の言葉がなかなか出てこない。そして意を決したように、「なんで私が安藤君を呼び出したか、わかる?」と聞くと、「分かんないけど、俺が思っているのと同じならいいなって思ってる」とユウが答えた。「なんだと思ってるの?」とアイリがまた聞くと、「う~ん。告白だったら嬉しい、かな?」と照れながら言うユウ。「告白だったら嬉しい」というユウの言葉が嬉しいはずなのに、なぜかプチンと緊張の糸が切れてしまったアイリ。自分がこんなに緊張してるのに、いたって普通でいるユウのことが許せなくて、「安藤君ね~、なんで私に告白させようとしてんの?私のこと、からかってる?」と言うと、「えっ、どうして?」と驚きながら、「なんなら俺、毎日アイリに告白してるつもりだったんだけど……」とユウがおどおどしながら答えた。「私、告白なんてされた覚えはないんですけど。『好き』とか『付き合ってください』とか?安藤君、今まで私に言ったことないじゃん!」と怒り気味にアイリが言うと、「確かに、そうだな。なんか、それ言っちゃうと終わっちゃう気がして言えなかったんだよね。でも2年になってクラスが別々になってからも、毎日告白のつもりで、好きだから会いに行ってたんだけど。やっぱり、はっきり言わないと伝わらない、よな?」とユウは言った。「そういわれると、思い当たるような?」とアイリは思ったがそれを認めてしまうと、自分が悪くなってしまうから、少しとぼけて空を見上げた。青空に浮かぶ真っ白な飛行機雲。びゅ~んと大空を爽快に駆けてぬけていくのを見ていると、ユウがいつのまにかアイリの隣に座っていて、「飛行機雲って、アイリみたいだよな」って呟いた。「見ていると心が晴れ晴れするんだよな」と。そして静かな口調でこんな話をはじめた。「多分、アイリは気づいてないと思うんだけど、俺がアイリにはじめて会ったのって、中3年のときの塾の夏期講習なんだ。母親に無理やり行かされたんだけど、そこでアイリを見かけて、すごく可愛い子がいる!って、テンションあがちゃったんだよね」と。アイリは驚いて、「中3の夏期講習なんて、4年以上も前じゃない?」と考えていると、ユウが続けて、「アイリのこと、はじめは顔がすごっくタイプだった。でもある日さ、返されたテストの点を見て、アイリが答案用紙をぐちゃぐちゃにしたんだ。俺は後ろの席だったから、『いったい何点だったんだ?』ってのぞいたら、96点で、本当にびっくりした。96点の答案用紙をぐちゃぐちゃにするなんて、意味わからんって思った。でも100点だったときは、『皆さん、見てください』って感じに、机にデーンと広げててさ。顔はすごく可愛いのに、性格はおもしろいやつだなって思って、もっと好きになったんだ」とユウが優しい笑顔で言った。「へぇ~。ちっとも知らなかったよ」と嬉しそうに言うアイリ。「そうだよ。俺、アイリと同じ中学校のやつに頼んで、アイリの志望校を教えてもらって、それからアイリと同じ学校に行きたくて、勉強がんばったんだよ」とユウが言った。「だから入学式でアイリを見つけたときは本当に嬉しかった。しかも同じクラスになれて、席も前後でさ」と言うと、「安藤君、あのころ、ずっと後ろの席の私に話しかけてくるから、先生から、『前を向け!』ってよく怒られてたね!」とアイリが笑った。すると、ユウは頷きながら、「そうそう。それで、俺がアイリのことが好きだなんて噂が広まっちゃって、アイリが怒ったんだよね?」と話し続けた。「なんかさ、みんな勝手なことばかり言って楽しんでるのが嫌だったんだよね!」ってアイリが言うと、「そうなんだ。俺は本当に好きだったから噂になっても気にならなかったんだけど、アイリが嫌そうだったから、俺が相手だからかなって落ち込んだこともあったな」とユウが当時のことを思い出したのか、少し寂しそうに言った。だけどすぐに切りかえて、「アイリってめちゃくちゃ美人なのに性格がビシッバシッで、だれにも容赦なくってさ。掃除さぼっているやつがいたら、男女おかまいなしに向かっていくし、クラスに溶け込めなくて浮いてる人のこともほっとけなくて世話焼きはじめるし。アイリのことを知れば知るほど、可愛いな~、おもしろいな~、かっこいいな~って、見ているだけで毎日が楽しくってさ。でもアイリのことが好きになればなるほど、ずっと不安だった。アイリに好きなやつができたらどうしようって。でも今の俺じゃ、アイリに振り向いてもらえないよなって。だから俺なりに頑張って勉強したし、柄じゃないのにサッカー部のキャプテンになったり、生徒会長に立候補もしてさ。必死だったんだよね~」と言うと、珍しくアイリが、「ごめん」と、か細い声で言った。「私、自分のことばっかりで、ユウの気持ちに全然気づけなかった。でも私も1年くらい前から、安藤君のことが好きだったんだよ」とアイリ。「じゃあ、1年前から両想いだったんだね」と嬉しそうに言うユウが、「俺こそ、アイリの気持ちに気づけないでごめん!それならアイリ、これからは友だちじゃなく、俺を彼氏にしてくれるかな」と言って、「よろしくな!」と手を差し出した。「こちらこそ、よろしく」とアイリはその手を優しく握りかえした。ユウの手は思っていたよりもやわらかくて、大きかった。
それから、二人でのんびりとおしゃべりしながらアイリの家の近くを歩いていると、「アイリ~」と呼ぶ声がして、振り向いた瞬間、リイナとナナミがアイリに抱きついてきた。「安藤先輩とうまくいったんだね!よかったね!」とナナミが言うと、リイナはなぜなのか泣いていて、「よかったね。本当によかったね」とだけ繰り返していた。すると突然、ナナミがユウの顔をじーっと見つめて、「安藤先輩って、よく見ると、かっこいいですね!」と真顔で言うから、「それな!私のことが好きでかっこよくなったらしいよ」という偉ぶるアイリに、「それ言う?」とユウが大笑いするから、それを見て、「安藤先輩の笑った顔、素敵ですね」とリイナも。「あんたたち~!」と鬼のような形相でアイリが二人を睨んでいると、突然、「お~い!」という声が少し離れたところから聞こえてきた。振り向くと、ギターらしい楽器を持った、色白で日本人離れした顔立ちの若い男性が、「おまえたち、久しぶりだな!元気だったか?」と手を振っていた。「ジェリ・ビン?」と驚くユウ。「あっ、由人さんだ!」とアイリとリイナとナナミは嬉しそうに、その男性に近づいて行った。少し遅れてついて行くユウに、「お母さんの一番下の弟の由人さんだよ。ジェリー・ビーンズっていうグループで歌うたってるんだよ」とアイリが言うと、「大大大ファンです!」と瞳をキラキラに輝かせながら、声を震わせながらユウが言った。
ばとんたっち 古谷 奏 @kuriko0520
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