第2話 別々のステージ

【登場人物】

 アンズ:春日 杏(市立T中学 2年1組)

 ユル:春日 譲・ゆずる(私立K高校 3年B組)

 ヒイロ:田村 日色(私立K高校 3年C組)

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 リツ:神宮寺 律(市立T中学 2年1組 )

 

 「リツ君!悪いんだけど、あれ運ぶの、手伝ってくれない?」と、黒板の前に置かれた2つの段ボールを指差しながら、アンズ(杏)が言った。クラス委員のアンズは、昼休みも先生からの頼まれごとで、忙しくしていることが多い。いつもは同じくクラス委員のソウタとするのだが、この日は風邪で欠席。一人で運んでいたら昼休みが終わってしまいそうで、ぼんやりと外の景色を眺めていたリツに声をかけたのだった。「いいよ」とリツはすぐに立ち上がった。「じゃあ、あっちの方が軽いから、リツ君はあっちをお願いね!」とアンズが言うと、「なんで?僕が重いのを持つよ!」とリツ。「リツ君に重いのを持たせるのはさすがに気が引けるよ。そんなとこ見られたら、ファンの子たちに睨まれそうだし……」というアンズの言葉を遮るように、リツはひょいっと軽々と大きい方の箱を持ちあげた。そして、「小さい子が大きい箱を持って、僕が小さいのを持ってたらかっこ悪いじゃん!」と、まじめな顔で淡々と言った。

 「小さな子って、私?同い年ですけど?身長も学年の女子の中では一番高くて、クラスのほどんどの男子が私より小さくて、たまたまリツ君の背が高いから私よりも大きいだけですけど?すれ違いざまによく、『デカ女』って言われますけど?」などと、アンズは心の中で思ったが、女の子として扱ってくれるリツの言葉は普通に嬉しかった。だけど素直に喜べなくて、「へぇ~。リツ君って、意外に力あるんだね!」と言ってしまったアンズに、「これでも、男の子だからね」とリツは優しく微笑んだ。その笑顔を見ながら、アンズは、「あぁ。リツ君がモテるのって、こんなとこなんだろうなぁ」と思った。「モデルをしてて、すっごくかっこいいのに、まったく気取ってなくて、ホントに普通で……。誰に対しても同じように優しくて、一緒にいるとなんだが心が落ち着くんだよな」って。

 すると突然、リツが思い出したように、「ところで春日さん、この前の日曜さ。僕たち、駅の近くで会ったよね?」と言った。アンズは少し驚いて、「やっぱり、あれ、リツ君たちだったんだ!びっくりしたでしょ?」と言うと、リツはニコニコしながら頷いて、「びっくりした!バイクなのにめちゃくちゃ遅くって」と答えた。するとアンズが、「えっ?そこじゃないでしょ。歩道をバイクが走ってきたとこでしょ?」と言って笑った。秋の穏やかな日差しにキラリと照らされた、その笑顔が少し眩しくて、リツは一瞬、見とれてしまった。

 「でもね、あのあと家に帰ってから、私がお母さんに、『ユル(ユズルの愛称)、歩道を運転してたよ』って告げ口しちゃったから、免許取れなくなっちゃったんだよね。あ、ユルってお兄ちゃんのことね。そしたら、ユルがものすごく怒っちゃってさ……」と話すアンズの顔がなんだか嬉しそうで、でもなぜ怒られて嬉しいのか?ってリツが不思議に思っていたら、ひとり言のようにボソリと小さな声で、「私、すっごくホッとしたんだよね。ヒイロ君が免許取って、お兄ちゃんまで取っちゃったら、もう私、二人についていけなくなっちゃうもん。そんなの、淋しすぎるからね」と言った。いつもは明るくて元気いっぱいなアンズが悲しそうな顔で言うから、リツまで悲しい気持ちになってしまって、心がキュッと動いた。

 

 「ヒイロ君……?あぁ、バイクの後ろに座っていた人?よく見えなかったけど、優しい声だったなぁ」ってリツは思った。


 物心ついたときから、アンズの世界には当たり前のようにヒイロがいた。四歳年上の兄、ユズルの親友。アンズは、兄とヒイロのことが大好きで、いつも二人の後を追いかけていた。ところがアンズが幼稚園に入ってすぐのころ、「もうついてくんなよ!」と、ユズルがヒイロの手を取って走って逃げてしまったことがあった。小学生の男の子二人にとって、幼稚園児なんて足手まといでしかない。できることが限られてくるし、アンズがいたら遊びに集中できなくなる。だから、「アンズを置いて、二人でどっかに行こうぜ!」と、何日か前から決めていたのだった。

 ユズルたちが全速力で逃げたら、まだ小さなアンズが追いつけられっこない。だけどアンズは必死に二人の後を追いかけた。でも、すぐに足がもつれて転んでしまった。悔しいのと、悲しいのと、淋しいのと……、いろんな感情があふれ出て、アンズは大泣きした。涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃで、それでも二人に助けを求めるように、大きな声でワーワーと泣き続けた。

 すると少しして、ヒイロが手を差し出してくれた。アンズを心配して、戻ってきてくれたのだ。そして、「アンズちゃんも一緒に行こ」とおんぶして、ユズルがいるところまで連れて行ってくれたのだ。それが、アンズの初恋のはじまり。そして、涙と鼻水でぐちゃぐちゃなアンズの顔を見たユズルが、「おまえ、汚ねぇな~」と冷やかに言い放った瞬間から、兄がライバルへと変わったのだった。

 

 それから数日後のこと。学校からの帰り道、近くの公園の前でその中の様子をのぞきこんでいるアンズの姿をリツが偶然見かけて、声をかけた。「春日さん、こんなとこで何してるの?」と。するとアンズは少し離れたところにあるベンチに座って、楽しそうに話している2人組の高校生を指さして、「あそこに座ってるの、私のお兄ちゃんとヒイロ君」と言った。「何、話してるんだろうね。とっても楽しそうだね!」とリツ。「あの二人、ヨチヨチ歩きのころから、ずっと一緒。高校生になってもまだ仲が良くて、いつも一緒なんだよ。どう思う?」とアンズに言われて、リツは困った。リツも用事がないときはいつも、ハルヒとカズヤと一緒にいるからだ。

 「リツ君、お願いがあるんだけど、ちょっと時間いいかな?」とアンズがなんだか覚悟を決めたように、かしこまって言うから、リツも少し身構えて、「え、何?別に予定はないけど……」と答えた。すると、「今からあの二人に話しかけるんだけど、リツ君にもついてきてほしいんだ」とアンズ。「いいけど、なんで僕が行くの?」とリツが聞くのには答えず、「リツ君、メガネ外してくれない?その方がかっこいいから!」と言った。「え?なんで?」とうろたえるリツのメガネを無理矢理とって、制服の袖を軽くつかんでひっぱりながら、アンズはこんなことを考えていた。「少し前までは、『ユル!ヒイロ君~!』って、いつでも気にせず、二人の間に強引に割りこむことができたんだけどなぁ。今では理由を探してからじゃないと、近づくことができなくなっちゃった」って。とはいいつつも、気さくに、「ユル!ヒイロ君!」と話しかけるアンズ。その声に振り返って、「アンズちゃん、久しぶり!」と、まずはヒイロがニコニコ顔で明るく言った。その横で少しふてくされたように、「おまえ、また来たのかよ!」とユズル。だが、アンズが見知らぬ男を連れてきていることに気づくと、「何?アンズの彼?」と興味深々に聞いた。「違うよ。ただのクラスメイトだよ。偶然、そこで会ったの!」とちょっと意味ありげに言うアンズに、二人はとっても嬉しそうに立ち上がって、「アンズの兄の春日 譲です」「その友人の田村 日色です」と。それはまるでベテランのお笑いコンビが漫才を始める前の自己紹介みたいに手慣れた感じで息もぴったりだったから、リツの顔から思わず笑みがこぼれた。「僕は、神宮寺 律です。春日さんにはいつもお世話になってます」とハニカミながら言うリツに、「神宮寺 律くん?」と同時に声を上げる二人。続けて、「名前もめちゃくちゃ、かっこいいね!」とリツをジーッと見ながらヒイロが言った。そんなヒイロをチラッと横目で見るユズルの表情が少しだけこわばったのだが、それには気づかず、アンズは、「私たちはあっちで話そう!」と強引に、今度はリツの腕をがっつりつかんで行ってしまった。


 「さっき、ヒイロ君ってさ。リツ君のことを見ても動揺してなかったよね?」とアンズと聞くと、「僕には普通に見えた!」とリツ。「寂しそうな感じもなかったよね?」とまたアンズが聞くと、「どっちかというと嬉しそうだった!」と。すると突然、「私、ダメじゃん!可能性ゼロじゃん!」とアンズが声を荒げて言った。そのあとため息と一緒に、吐き出すようにこんな話をし始めたのだ。「私、ちっちゃいころから、ヒイロ君のことが大好きでさ。振り向いてほしくて、いろいろと頑張ってはいるんだけど、全く相手にしてもらえないんだよね。私が誰か男の子と一緒にいたら、少しはアタフタしてくれるんじゃないか?寂しがってくれるんじゃないか?って期待してたのに、またダメだったよ」と。ようやく状況が分かりはじめたリツに、アンズはこう続けた。「分かってるんだよね。私は二人にとって邪魔者なんだって。二人が歩いていると、私いつもその間じゃないと嫌で、二人と手がつなげなかった大泣きしてた。私がどこにでもくっついてくから、二人はしたい遊びができなくてつまらなそうにしているのも気づいていたんだけど、ずっと気づかないふりしてた。二人が優しくて、私のことを大切にしてくれるのが嬉しかったんだよね。だから邪魔だってわかってるのに、二人がいるステージから退場できないでいるの。私の登場シーンはないってわかってるんだけどね」と。「ステージか?おもしろい表現をするな」とリツは思った。そして、「僕のステージ、登場人物少なくってさ。今、キャスト募集中だよ……」と言ったのだが、残念ながら、その言葉はアンズの次なる声にかき消されてしまった。

 「リツ君、あれ見て!あれ、絶対に告白しているよね?」と。さっきまであんなに落ちこんでいたのに、今は知らない人の告白シーンに夢中で、キラキラと目を輝かせる興奮気味のアンズ。その様子にホッとしながらも、「そんなに見たらだめだよ」とリツが言った。それでも見るのをやめないアンズに、「だから、春日さん、あんまり見ちゃ、悪いって。もう、帰るよ。おいてくよ」と言いながら、その場を離れるリツに、「えぇ~!?リツ君、こんなチャンス、めったにないよ。帰っちゃうの?静かにするから、この後どうなるか見ようよ~」とアンズは少し残念そうだったが、小走りにリツの後を追いかけたていった。


 「ヒイロ、あれ、見てみろよ!」とユズル。そして、「アンズ、今度は神宮寺君の後を追いかけてるよ!」と二ヤつきながら言った。「ほんとだ。相変わらず、可愛いね。アンズちゃんは!」とヒイロが昔を懐かしむように言った。

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ばとんたっち 古谷 奏 @kuriko0520

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