第1話 春日春日 

 【登場人物】

 リツ:神宮寺 律(市立T中学 2年1組 )

 ハルヒ:市村 春日(市立T中学 2年3組)

 カズヤ:伊藤 一哉(市立T中学 2年3組)


 「リツ(律)のクラスにさ、春日さんっているだろ?」とハルヒが聞くと、 リツは大きく頷き、「春日杏(かすがあんず)ちゃんね。可愛いのに性格もよくて、クラスの人気者だよ」と言った。「人気者なんだ…」と何か言いたげにハルヒが呟くから 「春日さんがどうかした?」と、二人の話を聞いていたカズヤ(一哉)が言った。

 「別にさ、別にいいんだけどさ……」とハルヒがなかなか話し出さないので、もしかして恋の話でもし始めるのではないのか?と、二人は大きく身を乗り出した。すると、ハルヒがこんなことを言いはじめた。

 「僕は、春日(かすが)なんていう名字って、かなりマイナーだと思ってたんだよね。テレビで自分の名前を連呼する漫才コンビを見たとき、僕がものすごくショックだったの、リツもカズヤも覚えているだろ?」と言うと、二人は、「うん」と頷いた。

 「でもだからって、なんでハルヒがそんなに落ちこんでるのかが分かんない」というカズヤの言葉を遮るように、「だってさ、僕と春日さんがもしも結婚したら、僕は、『春日春日(かすがはるひ)』になるんだよ。そう考えたら、名前ってすごく重いなって思ったんだ」と、ハルヒは真面目な顔で答えた。

 「ハルヒは、春日さんのことが好きってこと?」とカズヤが聞くと、ハルヒは、「なんていうことを言い出すんだ」と驚いた表情で耳まで真っ赤になって、首を左右に振って否定した。「ちがうよ。名前が気になってるだけだよ」と。そしてしばらく考えてから、ボソリと恥ずかしそうに、こう言った。

 「でも春日さんのこと、もしかしたら何かのきっかけで好きになるかもしれないし、結婚したいと思うかもしれない。でも名前がさ、『春日春日」なんて、絶対に嫌なんだよ!

 このあと、『春日』って名前の人と出会うたび、僕はこんなことを考えなきゃいけないのかと思っただけで、憂鬱な気持ちになるんだよね」と。

 「もう一つ聞くけど、ハルヒは婿養子になるつもり?」とカズヤが言うと、「可能性はゼロじゃないよね?」とハルヒ。確かに可能性はゼロじゃないんだろうけど、『春日』という名字の人と出会って、結婚を決めて婿養子になるっていう確率、ものすごくゼロに近いと思うけど……。カズヤはそう言いかけたが、ハルヒがあまりに真剣な表情だったからやめた。

 すると今度はリツが言った。「大丈夫だよ。日本もきっともうすぐ夫婦別姓になるよ。僕も『神宮寺律』って名前、かっこよくて気に入ってるから、絶対に変えたくないし!」と。

 「だからどうして、おまえたちは頭の中が婿養子の設定になってるわけ?」と、カズヤが戸惑いをみせるが、二人はお構いなし!気にも留めずに話を続けるのだった。


「僕の両親ってさ、大好きだったアニメがあって、子どもが生まれたら男の子でも女の子でも、この名前でいこう!って決めてたらしいんだよね。それはそれでいいんだよ!「ハルヒ」なんて、素敵な名前だって思ってるよ。でもなんで漢字にしたのか?なんで名字みたいな字を選んだのか?そこが問題なんだよね」と。

 「確かに、『春日春日』って漢字にしたら、四字熟語みたいで変だよね」とリツがニコニコ顔で言った。そして少しして、「ぽっかぽっか陽気みたいだ(もん)!」と当たり前のように言ったから、びっくりして顔を見合わせて、そして大声でげらげら笑った。

 三人の口から同じタイミングで飛び出した言葉は、「ぽかぽか陽気」じゃなく、「ぽっかぽっか陽気」。小さな『っ』が入るだけで、一気に難易度がアップすると思うが、それをいともあっさりと三人はクリアした。それがあまりにもぴったりと合っていたから余計に楽しくなったのだ。

 そして、「今日の天気は、春日春日だね」って、すました顔で言うリツ。それを聞いた二人も、視線を美しく澄んだ青空へとうつした。「きれいな空だね」とカズヤ。それを聞いたハルヒは、なんだか自分が褒められている気がして照れくさくなった。


 三人は物心ついたころにはもうすでに、いつも一緒だった。だからなのか、いつでもどこでも何に対しても不思議なくらいに気が合って、親たちからは、「1つの魂が3つに分かれたみたい」とよくからかわれたものだ。

 神宮寺律は、小学生のころからモデル活動をしていて、中学ではかなり目立つ存在だ。女性的な美しい顔立ちなのだか、普段は黒縁の眼鏡をかけていて、それがまわりとの距離を少しだけ縮めてはいた。それでも煌びやかなオーラを放つ彼に近づこうと思う人は少なくて、教室では1人でいることが多かった。だか生まれつきマイペースでおっとりした性格で、そのことを気にするタイプではなかった。

 身長はおそらく学年で一番くらいに高いのだが、ひょろりと華奢な体格でちょっと猫背ぎみだからか、そこまで大きくは見られなかった。髪はゆるやかなウェーブがかったロングヘア。男子中学生にしては珍しいヘアスタイルで手入れも大変だと思うのだが、両親がそろって美容師だから、いつもきれいに整っていて、それがまた中学生らしくなく、彼の髪型や服装を見て、「規則違反では?」と指摘する保護者もいたようだが、変わらないところをみると、特に問題はないようだ。

 カズヤこと、伊藤一哉は母親が20歳のときに、両親の反対を押し切って産んだ子どもだった。相手には妻子がいて、離婚する意思もなかったようだが、カズヤの母親は通っていた大学を中退し、出産することを決めた。いまだに両親との関係は修復できていないから、カズヤは母親以外、おじいちゃんもおばあちゃんも、父親の顔すら知らない。若すぎる母と、二人だけでの暮らしは大変だったと思うが、いつも元気いっぱいで、明るくておもしろいから、友人も多い。

 中学になって、カズヤは、「強くなりたい!」と陸上部に入部した。強くなりたいなら、柔道とか空手とか?そのあたりなのではないかと思うのだが、彼は長距離ランナーを選び、毎日、黙々と走り続けている。

 「強くなりたい!」というカズヤの言葉には、「強くなって母を守りたい!」という思いが隠れていたのだろうが、当の母親は少し前に5歳年下の男性と結婚した。現在は母と、カズヤと一緒に歩いていたら兄弟にしか見えない義理の父との三人暮らし。それでも肩の荷がおり、気が楽になったのか、義理の父を、「ショウさん」「ショウさん」と甘えて呼ぶカズヤは、なんだかとても可愛くて、幸せそうだ。

 ハルヒこと、市村春日は空想好きな少年で、不思議な雰囲気を醸し出してはいるが、「天才」と噂されるほど頭がよく、学校以外で勉強している姿を誰も見たことがないのに、成績はいつも学年トップだった。両親から受け継いだDNA?と思われているようだが、ハルヒの両親はきっぱりとこのことを否定。両親が一番、ハルヒの天才ぶりに驚いていて、「私たちの勉強嫌いがすごすぎて、突然変異で天才が生まれたのか?それとも隔世遺伝なのか?」と周りに話してはいるようだ。だか、二人とも両親を早くに亡くしていたから、その真偽は不明なままだった。

 ハルヒの父親は、自分がまだ子どものころに父を亡くした経験から、子どもが生まれたら近くにいてずっと一緒に過ごしたい!と強く願っていた。そこで妻が妊娠したことを知ると、高齢夫婦が営んでいて、後継ぎがなく困っていた古めかしい喫茶店を譲り受けることにした。ハルヒの父親は元々料理が得意でセンスもよかったから、瞬く間に地元の人気店に成長した。その後、SNSで、「昭和レトロで美味しい喫茶店」として広まり、取材もされるようになると、全国各地から人が集まるようになって、連日のように行列ができるほど、大賑わいで大忙し。

 幼いころから、店の奥にある従業員用の控室が遊び場で、いつもそこにいた三人は、いつの間にか当たり前のように店のお手伝いをするようになっていた。

 

 この日も、お手伝いを終えた帰り道。駅の近くを三人で歩いていると、少し離れたところから、「おおお~っ」という叫び声と同時にバイク音が聞こえてきた。「変質者か?」と三人は一瞬身構えたが、あたりに人影はなかった。すると少し離れたところから、高校生らしき制服を着た二人組がバイクに乗って、こちらに向かってやってくるのが見えた。

 なぜかそのバイクは突然道路を斜めに横断して、三人がいる歩道にきたから慌ててよけたが、そのスピードは自転車くらい?「ユル!ここ歩道だから、バイクはだめだよ。止まって!」と、後部席にいた男子学生が慌てたように言うと、「わかってるよ。でも、どうしていいのかわかんない!」と。そんな二人の会話がしっかりと聞こえてくるくらいに遅かった。そして、バイクの後ろから、「お兄ちゃん!ヒイロくん!待ってよ~」と、自転車にのった女の子が追いかけてきた。そしてすれ違った三人に、「ごめんね。びっくりしたでしょ?お兄ちゃん、今、バイクの練習してて……」と言いながら、去って行った。


 「ん?ん?」と三人が顔を見合わせて言った。「今の春日さんだったよね?」と。

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