第5話 香りあるもの

(ザザ……雑音。ヴァイオリンの音)


レモン……レモン……こんな香りなのですね……。貴方の香りに似ている気がします………。人間とはこんなにも……美しい香りに……接しているのですね……。美しい……変ですか?……香りに、美しいという言葉を使うのは……。


(ザザ……ザザ……というレコードの雑音。小さめのヴァイオリンの音。カランカランとグラスの氷の揺れる音)


私の居た……棚の中から……見えた陶器のレモンの置き物は……鮮やかな黄色でした……。このグラスに浮いているレモンは……色が少し違います……。

この色の名も知っています……。これは……緑色という……色に似ています……。でも……黄色とも似ている色……。この色は……黄色と緑色……どちらなのでしょう……。レモンイエロー?ああ……このような色を、レモンイエローと呼ぶのですか……。人間の作る言葉は……美しくて正確なのですね……でも、不思議です……。貴方の髪の香り……レモンの香りに似ているけど……どこか違います……。


(雑音に混じって聴こえるヴァイオリンの音、やや大きくなる)


貴方のそばに……もっと近づくのは……構いませんか?……貴方の髪の香りを……もっと知りたいのです……。


(グラスをテーブルに置く音。カランと氷の揺れる音。レコードの雑音。かぼそくなるヴァイオリンの音)


そちらに行っても良いですか……。嬉しい……貴方の髪に触れたい……。貴方の髪に顔をうずめて……貴方の香りを……よく知りたい……。


(ヴァイオリンの音に重なる足音。二歩ほど歩み寄る音、スカートの揺れる音)


私を……貴方の膝の上に……乗せて下さいませんか……。そうすれば……私は……貴方の頭を胸に抱いて……貴方の髪に……顔をうずめる事ができる……。


(椅子を少し動かすガタッという音、ザザ……という雑音を貫くようにひと際大きくなるヴァイオリンの音。アリアを膝の上に乗せた時の衣擦れの音)


やはり……貴方の髪の香りは……レモンに似ているけど……レモンでは無い……。これは何の香りでしょう……。オレンジ?これはオレンジという物の香りなのですか……。それもやはり果物なのですね……。このような香りの物は……貴方の髪のほかにあるのでしょうか……。……シャンプー?それは何でしょう……。髪を洗う時に使う物……。


(雑音が小さくなるのに対して、ヴァイオリン演奏、はっきり聞こえてくる)


どうしましたか……。不思議……私が?重さが無い……私は魂ですから……増えたり減ったりする……重さという物は持たないのです……。


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