第4話 ガラスと氷

(ザザ……ヴァイオリンの音に被さるようにカランカランとグラスに入っている液体と氷が揺れる音)


……綺麗……透き通っていますね。これは分かります……。ガラスですね……。私はガラスの猫の後ろ姿をずっと見ていましたから……。でもこれは猫と違って色が無い……。中身は冷たい……氷……懐かしい……お店の窓から……雹が降ってきたのを見た事があります……。あれも氷ですね……。


(レコードの雑音とヴァイオリン演奏に被さるようにバラバラという雹の落ちる音)


今の音は……私が思い出したから……私のなかに眠っていた音が蘇ったんです……。あの時……貴方と初めて会った……。貴方も憶えていますか……天気が急激に悪くなって……古道具屋に咄嗟に避難したあの日を……。


(ザザ……ザザ……という小さなノイズの後に、カランカランというグラスの氷の音。それがバラバラという雹の音に変わる。やがて氷の音に戻る。ヴァイオリンの音色。)


思い出しましたか?……嬉しい……。あの時から私の事を……貴方が連れ帰ってくれればと……ずっと夢見ていましたから……。あら?……またお顔が赤いですね……。暑いのでしょうか……。今頃の季節に暑い……珍しい……。飲み物を……お飲みになりたいですか……。私も……いただきます……。この液体は……どんな名前ですか?


(ザザ……という雑音にヴァイオリンの音、グラスの中で氷が揺れる音)


……レモネード……レモネードというのですか……綺麗な色ですね……お店の窓から……朝日がこんな色に差し込むのを見ました……。貴方と一緒に見たいくらい綺麗に見えました……。まだ朝日は一緒には見ていないけれど……レモネードは一緒に飲めます……嬉しい……。


(カランカランと氷の音の背後にヴァイオリンの音と雑音)


これは……不思議な味……いえ、味という物自体が不思議なもので……ツンとした刺激と柔らかな刺激が……一つに混ざり合ってます……。そして冷たさ……。これが氷の刺激……。あの日の雹も……冷たかったのでしょうか……。きっとそう……。それに素敵な香り……。レモン……。これが……。このグラスに浮いている物は……レモンを輪切りにしたもの……。窓からの日差しを受けて……光っています……。あの形の中にこんなにキラキラした中身が……隠されていたのですね……。


(ノイズの音が小さくなるのと入れ違うようにヴァイオリンの音やや大きくなる)


この味を……甘酸っぱいというのですね……。液体を飲むのは初めての体験なのですが……。初めてがこんなに素敵な味だなんて……。私はなんて恵まれているのでしょうか……。

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