第67話 ネゴシエーター

 「あっという間に、T国に着いてしまった。」


 せっかくの海外ではあるが、電光石火の移動すぎて、何の感動も感じない。

 とりあえず、空港にいる補佐の人を探すか。


 「さて、補佐の人はどこだ? 確か竜崎という人らしいが、そういえば、特徴とか何も聞いていないぞ。」

 

 見つからなかったらどうしようかと、一抹の不安があったが、前方に大きな横断幕を見つけ、どうやらその心配は要らないようだった。


 ”加賀見さん。歓迎!! ようこそ、T国へ”


 「おお。何かドラマとかでたまに見かけるような横断幕だな。普通なら、ぶっちゃけ近づきたくない感じだ。」


 失礼な感想をつぶやきつつ、横断幕に近づくと、いきなり背後に気配を感じた。

 何だ?と思い振り向くと、スーツ姿の男性が立っていた。


 いつからいた?

 ステータスが上がって、気配にも敏感になっているはずなのに簡単に背後を取られてしまった。


 「貴方が加賀見さんでしょうか? 突然すいません。私は、ここで貴方の補佐を務めるように指示を受けている竜崎と申します。それでは、本日のホテルに向かいましょう。」


 竜崎と名乗る案内人は、こちらの返事を聞かず、決定事項のように話を進めて、ホテルに向かってしまう。

 どこかとっつきにくい人だなと思いながらも、私はとりあえず竜崎さんの後を追うことにする。


 「あの、竜崎さん。これからの予定についてですが、すぐにダンジョンに向かうのでしょうか?」


 「いえ、ホテルに着いたら、その後、T国政府の担当と会談があります。ダンジョンに入るのは明日の予定です。」


 まずは、T国役人との会談か。

 そもそも、ダンジョン攻略という前提はあれど、どこをいくつ攻略すればよいかなどの情報はもらっていないのだから当然の話ではある。


 「わかりました。それでは、ホテルまで案内をお願いします。」


 こうして、本日のホテルに向かったが、そこはまさかの五つ星ホテルであった。

 人生初の五つ星で興奮していると、会談に向かう時間になったと竜崎さんが迎えにきたので、また送迎の車に乗る。


 車の中で、竜崎さんの年齢等を聞いてみたら、二十八歳ということで、私よりも年下であった。

 彼は、普段は日本国内の仕事をしているそうだが、今回の一連の騒動によって、T国に派遣されているらしい。

 今回の業務が完了すると、私と一緒に日本に戻る予定らしい。

 

 こうして、会話をしていると、会談の場に着いたようだ。

 会議室へ足早に通されると、T国の役人から、今回の依頼について説明を受ける。


 私は日本語以外は英語が少しわかるくらいで、話すことは到底できない。

 その点、竜崎さんは流石優秀で、英語はもとより、タイ語も日常会話レベルはできるというハイスペックだった。


 彼の通訳によって、T国役人の挨拶から会話が始まる。


 「Mr.加賀見。はるばる来てくれて、感謝する。突然呼びつけてしまい申し訳ない。」


 T国の役人は、随分と腰が低い態度である。

 それほどまでに、国は危ない状況なのだろうか。


 「Mr.加賀見。貴方にお願いしたいのは、三つあるダンジョンの内、一つのダンジョンのクリアになります。残り二つは我が国の軍隊によってクリアする予定ですが、国内の混乱もあり、軍を三つに分散させる余裕がないのです。」


 T国内の混乱。

 確かにニュースでは世界的に例の大量失踪事件で治安が悪化していると報道されていたが、この様子だと本当にギリギリなのかもしれない。

 

 私は、一つの攻略なら何とかなるかと思い了承しようとしたが、竜崎さんは何故か通訳しなかった。


 「あの、竜崎さん。どうして通訳を・・」


 そこまで、言ったときに竜崎さんはこちらを見た。

 その目は少し待ってほしい、そう言っているように見えたので、私はひとまず黙ることに。


 そうこうしていると、T国の役人は返事がないことに焦りを抱いたのか、先ほど触れなかった報酬について、提示してくる。


 「すみません。報酬の話がまだでしたね。まずは、ダンジョンで手に入れた者の全ての権利。そして、クリアいただけたら現金で日本円で百万円をMr.加賀見個人にお支払いします。また、当然ですがクリアまでの滞在費用はすべてこちらで負担いたします。」


 お~。

 凄い報酬だな。

 これは、もう頷いていいだろうと竜崎さんを見ると、彼はまだ動こうとしなかった。


 えっ、まだなの?

 困惑する私をよそに、竜崎さんは少し間をおいてから役人に何かを話している。

 最早、私を置いてきぼりにして、竜崎さんと役人は何かを言い合っている。


 竜崎さんは終始冷静だが、役人は段々と顔が青くなっていき、最後は息が荒くなりながら何かを了承したようだった。


 そして、何が何だかわからないが、いつの間にか私は、達成報酬として、現金二百万に加えT国の名産でもある宝石をT国換算で、三百万円分選んで持ち帰れることになっていた。


 ホテルに帰る途中、私は竜崎さんに事の次第を尋ねる。


 「あの、竜崎さん。一体何がどうなったのでしょうか?貴方が交渉してくれた結果が報酬の増額であることは理解しているのですが、なぜこんな急激な上がり方を?」

 

 そう、実に最初の提示額の五倍である。五倍。


 「加賀見さん。私の役目はなんでしょうか?」


 役目?

 それは、私の案内人だろう。

 私がそう答えると


 「はい。私は、加賀見さんがこの地で快適にかつ確実に目的を達成するために存在しています。その中で、依頼達成時の報酬はモチベーションに関わるものです。そうですよね?」


 「勿論そうですね。対価として報酬は大事です。」


 「ええ。その点からいって、最初のT国の提示は明らかに低い提示でした。国の意志かあの役人の独断かは不明でしたが、あれは目的達成の邪魔と判断し、依頼拒否をちらつかせて報酬を吊り上げてみました。」


 いや、吊り上げてみましたって。

 そんな簡単なことじゃないだろう。


 あの役人の反応を見る限り、何か色々言ってやり込めていたと思われる。

 この竜崎という案内人は、ただの役人ではなく、かなりの凄腕なのかもしれない。


 「竜崎さん。ありがとうございました。私では、最初の提示額どころかもっと低い対価で受けてしまっていたでしょう。貴方がいてくれて良かった。」


 「ふふっ。加賀見さんは中々面白い感性をお持ちですね。私は、色々と独断専行する自覚があるのですが、結果も出すタイプなのですよ。なので、人に誤解されやすいのですが、貴方はあまり気にしない人のようですね。」


 私はただ普通にお礼をしただけなのだが。

 何故か微妙に貶されているような気がする賛辞をもらい、私達はホテルに帰ったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年9月22日 18:15

神の遊び場 @yutomoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画