第66話 救援

 「ありがとうございます。この資材ダンジョンには、先遣隊としてLVの上がっている皆さんの力を借りたいと考えています。」

 

 そう言って、鈴木さんが頭を下げる。

 ここで小休止となり、各々水やお手洗いを済ませた後、話が再開されることになった。


 小休止が終わり、設置場所の話から再開する。


 私達が先遣隊として入る相談をしたいので、場所の確認をしていたわけか。

 それ自体は構わないが・・


 「私としても協力することはやぶさかではありません。ただ、非常に言いにくいのですが、私も生活があり、ボランティアという訳にはいかないのです。その辺りは何か保証などいただけるのでしょうか?」


 そう、対価の確認は重要だ。

 霞を食べているわけではないし、何より命のリスクがある。

 せめて、きちんと仕事という体をとり、それなりの対価をいただかないと、干からびてしまう。


 「そうですね。加賀見さんの指摘は最もです。こちらの画面では、今回の委託事業に加賀見さんとの契約条件を定めています。加賀見さんは正社員で働いていますので、副業として所属会社の許可はいただいておりますので、ご安心を。」


 既に会社にも根回し済み!?

 流石エリート、仕事が迅速すぎる。

 外堀が既に固められていることを理解した私は契約書の内容を確認する。

 

 「え~と。報酬は一回、三十万円!?しかも、素材の買い取りは別、出来高でさらに追加報酬有・・だと・・。これは、本気ですか!?鈴木さん!!」


 鈴木さんは、私の迫力に押されながらも、問題ないと回答する。 


 「ちっ近い。ええ、そこに記載されていることはすべて事実です。とはいえ、これは前人未踏の領域に挑んでもらうための危険手当の分が大きいです。所謂先行利益に近い扱いなので、ずっとこの金額ではありません。」

 

 それもそうか。

 自分でも言ったが、命の危険が高い業務になるから、金額が高くなる。

 ある意味他の仕事と同じであった。

 とはいえ、破格の報酬ではあるので、契約条件を確認してからサインした。


 「昨日までのゲームについても、特別雇用ということで報酬を来月に振り込みますので、ご確認ください。」


 そうか、今回のゲームにも報酬がでるんだった。

 降ってわいた臨時収入にほくほくしていると、急に扉の外が慌ただしくなる。


 「皆さん、少々お待ちください。何事です。こちらは需要な会議中だと通達済みの筈ですが。」


 鈴木さんが扉の外へ赴き、何か話をしているようだ。

 すると、少しして慌てた様子で総理に話しかけている。


 なにやら、「T国」「救援」などの単語が聞こえてくるが・・。

 やがて、総理がこちらを向いて、議題の変更を提案してくる。


 「加賀見さん。申し訳ないのですが、議題を変更させていただけないでしょうか?喫緊で対応を相談したい案件があります。」


 何やら、大変なことになりそうだ。

 面倒なことになる予感がありつつも、話を聞かなければ始まらない。


 「ええ。問題ありません。とりあえず、聞くだけ、でよろしいのですよね?」


 「ありがとうございます。ひとまず、話を聞いていただけるだけで大丈夫です。聞いたからといって、何か強制することはありませんので。」


 それならばと、了承する。

 そして、鈴木さんからとんでもない話がもたらされた。


 「加賀見さん。現在、T国より国難に対して援助が欲しいと我が国に救援要請が来ています。」

 

 救援要請?

 T国というと、日本と友好的な国だったはずで、確か今回のゲームではクリアできなかった国だったような・・


 「救援要請というと、まさか、ダンジョン・・ですか?」


 私が半信半疑に問いかけると、鈴木さんと総理は揃って頷いた。

 マジですか。

 確かに今週までは休暇を取っているからいけないことはない・・ないが。

 こちとらパスポートは持っているが、T国語どころか、英語も話せないぞ。


 その不安を素直にぶつけると、鈴木さんは大丈夫だと言葉を続ける。


 「いえ、その心配には及びません。パスポートをこちらが用意しなくてよいのは非常に助かります。言語、その他現地の移動、宿泊、雑用などは、全て政府が用意した人員によって補佐させていただきます。」


 わお、全自動で配達されるだけの簡単なお仕事のようだ。


 だが、ここまでする必要があるのだろうか、自惚れることは猿神戦でやめたが、あくまで事実として、私のステータス、スキルは世界でも指折りだと考えている。


 いわば重要戦力ともいえる、しかも個人を他国に派遣するのは、あまり腑に落ちない。


 「鈴木さん。現地の活動に不便が無いように手配いただけることは理解しました。けれど、なぜここまでするのでしょうか?」


 私の質問に鈴木さんは言葉に詰まり、総理が代わりに回答する。


 「加賀見さん。貴方の言いたいことはわかるつもりです。自国の安全さえ確保できていると言えない状況の中、他国に対して自国の最高戦力たる貴方を派遣する。これは、通常はしない判断だとは思います。」


 総理は、決意の眼差しでこちらを見つめてきて、思わず息をのむ迫力を纏っている。


 「ですが、T国は自国の主権である防衛権を手放しても、国を、国民を助けてほしいと懇願してきています。その思いに私は応えたい。いや、応えられる国だと堂々と言いたいのです。」


 鈴木さんも、総理の言葉に続ける。


 「この件では、自衛隊の面々は動かせません。彼らの肩書が今回は邪魔をしてしまうことが予想されます。けれど、加賀見さんであれば、観光ビザでも渡航可能です。恐らく、この件を解決できるのは加賀見さんの他にはいないでしょう。」


 二人の熱いまなざしが私を貫く。


 思いに応えられるようになりたい、か。

 総理も案外青臭いことをいうんだな。


 だけど、その言葉は不思議と心に響いた。

 図らずも、私が龍亀に飲まれた時の見栄と根本は同じなのかもしれない。

 そう思ったとき、私の心は決まった。


 「わかりました。私がT国に行きましょう。報酬は期待していますよ!」


 「加賀見さん。ありがとうございます。大変申し訳ないのですが、時間がありません。本日中にT国に飛んでいただきたい。」


 えっ、今日?

 確かに、一週間しかないから急ぎなのはわかるけど、チケットとか・・


 そう思っているのは、私だけのようで、鈴木さんがスマホを四つ操作しながら電話をかけまくり、空気と化していた畑中さん達もどこかに連絡を取っている。


 「それでは、加賀見さん。総理専用機に乗れるように手配が完了していますので、そちらで向かってください。現地には、補佐する担当が空港に待っていますので、合流してください。」


 鈴木さんが、なんか色々言っているが、単語が凄すぎて曖昧な返事しかできない。

 総理専用機か、初めて乗るな。


 そして、総理が官邸入り口まで来て、健闘を祈ってくれる。

 「加賀見さん。T国をどうかお願いします。そして、貴方が無事に帰還することを信じています。」


 いつの間にか、支度が終わっており、総理に見送られるというVIP待遇で、私はT国行の総理専用機に乗ることとなった。


 いや、お役所の本気は凄まじい。

 私は、政府という巨大な力に恐れ慄きながら、新たな戦いに向かうのだった。


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