第54話 Day3 宴の終わり
「いくぞ。猿神!」
お互いの距離が近くなるにつれて、猿神の傷だらけの体が良く見える、
よくもまあ、あの傷で元気に動けるものだ。
改めて、モンスターのタフさを実感する。
猿神しかり、龍亀しかり、人間を遥かに超える強靭さに、一瞬これからの世界のことが頭をよぎる。
「今は、先のことを考えている余裕はないな。次の一撃に集中しないと。」
互いの距離が20mを切った時、お互いが同時に動く。
猿神は加速し、私はその場に立ち止まり槍を構える。
猿神の攻撃範囲に入り、その拳を振り上げようとしたその時、私は溜めていた力を開放する。
「無槍。」
今できる最高の技が出せた気がした。
足りない間合いは、足元に発生させた力場を踏みつけることで前進し、こちらの攻撃範囲に近づく。
猿神は、瞬時に最高速度を発した槍に反応できていない。
私の無槍は、猿神の心臓付近を貫いたが、筋肉の壁が厚く、槍は心臓に届かなかった。
そんな私の攻撃を失敗したとみたのか、猿神が笑みを浮かべ、攻撃を継続する。
その一撃に力学スキルを展開し時間を稼ぎつつ、私は吼えた。
「猿神。悪いが、私の攻撃はまだ終わっていないぞ!」
そう、まだ私の攻撃は終わっていない。
先ほどの一撃は今できる限界の素の無槍である。
最初の溜めの時間もあったため、敢えてスキルを使用せずに繰り出していた。
素ではあったが、私の出せる最高の一撃によって、猿神の心臓への道は開けている。
猿神は、私の様子に脅威を感じたのか、拳を無理やり振り下ろしてきたが、間に合わさせはしない。
「これで決着だ。スキル「無槍」」
私は、力の限り槍を引き抜き、槍の抜ける先に力学スキルを展開する。
そして、スキルの「無槍」を放った。
本来、「引き戻し」、「溜め」、「起こり」、「突く」という工程が必要な動作であるが、猿神から槍を引き抜く一工程のみで、私の切り札は完成する。
”十全な一撃”の説明にふさわしい美しい一突きは、師匠のそれを彷彿とさせる。
猿神の剛腕とは異なり、静かな槍の一突きは、先ほどの傷を正確に辿り、猿神の心臓を貫いた。
心臓に突き刺さった槍をみて、猿神はニヤリと笑い、そして前のめりにその身を倒した。
「勝ったのか・・。ゴフッ。」
私は猿神を倒した余韻もなく、口から血を吐いていた。
「猿神の奴、最後に拳が届かないとみて、指を伸ばしてくるとは・・。がはっ」
猿神の一撃は、私の一撃に間に合わないはずだった。
だが、拳ではなく人差し指を最後に伸ばされ、その一撃は私の左わき腹をえぐった。
左手に仕込んだポーションを使い、何とか応急処置をしたが、傷が深すぎて回復しきれない。
「おいおい。やっと勝ったん・・だ。ここで終わるのは勘弁してくれ。」
エリクサーを取り出そうとするが、MPが0になっており、「亜空庫」が開けない。
「まじか・・。ここで終わり・・。」
いくら何でも、これは酷くないか。
結構、私も頑張ったと思うんだが、LVアップでHPやMPが回復してくれれば。
そんなことを、空を見上げながら、薄れ良く意識の中でぼんやりと考える。
時間回復の効率を高める魔力ポーション飲んでおけばよかった。
そう嘆いていた時にふとステータスの記載がおぼろげな記憶から蘇ってきた。
「まてよ、INTの値の高さで、MP回復効率が上がるんじゃ。」
祈るような気持ちで、「亜空庫」を開くが、やはり開かない。
「まだ駄目か。だけど計算上では、十分に1回復する・・は・ず。」
耐えろ。
まだ、耐えろ。
刻一刻と流れだす命を感じながら、私はステータスを眺め続ける。
だが、MPは0から変わらず、代わりにHPが0になってしまう。
「も・・う・。無理・か。」
すべてを諦める直前、遂にその時が来た。
ステータスの画面が更新され、MPが1になったのである。
「亜空庫、エリ・・クサー‥。頼、間に合え・・」
途切れる意識を懸命に保ち、エリクサーを何とか口から流し込むことができた。
そして、エリクサーの効果は劇的だった。
「傷があっという間に治った。しかも、HPやMPも全快しているうえに、疲労もなくなっているな。神の薬は伊達じゃないってことか。」
一息ついた私は、猿神の巨体を確認する。
あれほど脅威だった猿神であるが、今は地面に横たわり、もう動くことはないだろう。
その事実に一抹の寂しさを感じながらも、ここにじっとしているわけにはいかない。
まだ、戦っているかもしれない畑中さん達の応援に行かなくては。
私は、龍亀と猿神を亜空庫に収納し、畑中さん達のいる丘へと向かうのであった。
私が丘に着いたとき、既に戦闘は終わっているようだった。
狒々の体が、あちらこちらに倒れているのがわかるが、上木さん達の姿が見えない。
まさか。
嫌な予感を振り払うように、声を出して皆を呼ぶ。
「畑中さーん。真壁さん。いないんですかー?」
すると、テントの向こうから「加賀見さ~ん・・」という、ヘロヘロの声が聞こえてきた。
この声は上木さんだろうか?
すぐに私がテントの裏側にいくと、上木さん以外にも全員がその場にいた。
というか、ほぼ寝ていた。
上木さんは、何とか起きていたので、話を聞くと、狒々は何とか五人で倒せたようである。
だが、上木さんも限界なのか、ふらふらで話の要領を得ない。
その時畑中さんが起きてきて、私の無事と事情の説明をしてくれた。
正直、狒々十体は厳しいと思っていたが、陣地の壁をうまく使って、狒々を分断し、各個撃破ができたようだ。
ただ、ポーションは全て使用してしまったと、謝られた。
「すいません。加賀見さん。ポーションは全て使用してしまいました。」
私は全く問題ないと告げる。
むしろ温存して間に合わなかったみたいなことにならなくてよかった。
「畑中さん。よく使用してくれました。皆さんが無事で本当に何よりです。」
「それで、加賀見さん。猿神の方は?」
畑中さんが期待に満ちた目で、聞いてくる。
私は、ニヤリとしながら親指をグッと立てることで、結果を報告した。
畑中さんは、初めて見る興奮した様子で、私の勝利を祝ってくれた。
その喜びようは、激しく、他の寝ていたメンバーも敵襲かと飛び起きる程であった。
だが、畑中さんが私の勝利をメンバーに告げると、大歓声があがった。
「やりましたね。加賀見さん。」
戦闘に恐怖を感じていた田代さんが、労ってくれる。
その顔には、疲労が色濃くでているが、どこか苦難を乗り越えた自信が現れているようだ。
他のメンバーもそれぞれ、死線を乗り越えたからか、ゲームが始まる前とは別人のような雰囲気を、戦士の風格があった。
ひとしきり騒いだ後に、畑中さんが今後の方針を決めるため、ブリーフィングを開始した。
「全員聞いてくれ。我々はボスモンスターの脅威を何とか退けることに成功した。だが、クリア条件はあくまでサバイバルであり、本日一日を最後まで乗り切ることが目的であることを忘れるな!」
「了解!」
そして、話し合いの結果、最終日となる今日はこの丘で過ごすこととした。
戦闘と血のにおいで他のモンスターが寄ってくるのではと、疑問を呈したが、ボスモンスターである猿神の匂いがあるため、逆にモンスターは寄ってこないらしい。
狒々との戦いの後も、見張りを最小限にしていたのは、それが原因とのこと。
どちらにしろ、エリクサーで回復した私以外は、まともに動けそうにないので、ここで夜を明かすことにしたのだった。
最終日の夜は、今までの激動が嘘のように静かであり、空に輝く星を眺めなら、ゆっくりと過ぎていった。
何となく最終日の九時まではなにかもう一波乱あるのでは?
そう思っていたが、ウルフとボアが数匹紛れ込み、それを戦闘に対して大分前のめりになってしまった田代さんが追い回すという、朗らか?な光景が展開されるだけだった。
そして、さまざまなことがあった今回のゲームも遂にフィナーレを迎える。
”カラン カラン”
九時を過ぎたときに、いつもの鐘が鳴り、私の視界は暗転した。
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