第53話 Day3 ただ、自分のために
「ここは、龍亀の喉辺りか。まさか、龍亀が生きてたとはね。」
私は、龍亀に飲み込まれたが、運良く嚙まれずにすんでおり、喉に槍が上手く引っかかったことで、胃に運ばれることも免れていた。
だが、猿神には苦戦を強いられ、ここにきて龍亀にも追い詰めれてしまい、精神と体力、両方が限界近くまで擦り減っているのを感じる。
勝てないのか
そんな不安が徐々に強くなっていく。
どれだけ勇気を叫んでも、心に誓いを立てても、極限まで追い詰められれば人は脆いものだ。
「もうやめてしまえよ。十分頑張ったさ」
もう一人の自分が耳元で囁く。
私は頑張ったと言えるのだろうか?
一般人だった私が、義務感によって、痛みと恐怖を抱えてここまで来た。
もしかすると、大抵の人は私のことを頑張ったと言ってくれるのかもしれない。
私の努力は報われず、ただ大きな波に揺蕩う木の葉にすぎないのだろう。
だけど、それでも。
「それでも、ここで諦めるのは格好悪い。そうだろ、私。」
結局、どこまでいっても私は、私でしかない。
大人としての矜持だと嘯き、アラサーの世間体を気にして見栄を張ってしまう。
「ここで屈したらな。師匠達に合わせる顔が無いんだよ!」
だが、そんな最後に残った見栄が折れそうな心を繋ぎとめていた。
師匠に見限られたくない、田崎さん達に失望されたくない、畑中さん達からの信頼に応えたい。
結局は、自分のためなのだろう。
だからこそ。
「だからこそ、私はこの先に進む。決断は自分のため、それだけなのだから。」
私は、龍亀を倒し、猿神と戦うことを決断する。
周囲をよく観察すると、龍亀の外郭は非常に硬いが、見る限り体内はそうではなさそうだった。
内側からの攻撃なら、有効かもしれない。
そう考えた私は、十分な溜めが作れる今の状況は千載一遇ではないかと思う。
まずは、二本ある内の一本のポーションを飲むことで体の傷を癒した。
そして、体を万全にした私は、槍を構え、溜めをつくる。
「実戦では初めて繰り出す技だ。光栄に思ってくれよ。」
今できる限界まで振り絞った一撃、実戦では初の無槍を放つ。
よりダメージを与えられるであろう、龍亀の脳に近い箇所に向けて放った突きは深々と龍亀に突き刺さる。
その瞬間、龍亀が激しく暴れだす。
槍をしっかり握るが、振り回される体が龍亀のあちこちにぶつかる。
「この感じは、ダメージは入っているようだな。だけど、動きが激しい所を見ると、まだ威力が足りない。」
龍亀は激しく体を動かしており、まだ致命的なダメージには届いていない。
だからこそ、魔力の温存を考えず、魔法による全力攻撃を敢行する。
「特別サービスだ。全力の雷をもっていけ!」
”ジジジジ。バリバリバリ!”
槍を通して伝導される雷によって、龍亀の肉が焼け、激しいスパークが発生する。
龍亀は、一層激しく暴れれるが、ここで槍を離すわけにはいかないと、私は懸命に槍を握り、魔法を使い続けた。
そうして、雷を出すこと十数秒、龍亀の動きが段々と鈍くなり、最後にはその動きを止めたのだった。
「やった・・のか?だけど、口から出ようとしたときに、息を吹き返したらぺしゃんこにされるし、どうにか倒したことを確認できないものか。」
倒したエビデンスが無いかと考えていると、ふとLVアップで確認できないかと思いつく。
直前のLVは8、いくら龍亀のダメージの大半が猿神との戦いだとしても、止めをさしたのであれば、LVは上がっているに違いない。
そう思いステータスを確認したとき、私は拳を握る。
LVは上がっており、LV11になっていた。
龍亀というボスモンスターとの戦いは、こうして僅か数十秒で決着が着くことになった。
「LVが上がったから、龍亀は倒せたようだな。それにしても、この新スキル、このタイミングでの取得はちょっと都合が良すぎるな。」
そして、LV10を超えたことにより、神が言った新たなスキルを得ていた私は、余りのご都合主義に笑ってしまう。
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■ステータス
プレイヤー名:加賀見 景
所属:日本
称号:一意槍流(初級)
LV:8 ⇒ 11
〇パラメータ
・HP:170 ⇒ 260
・MP:50 ⇒ 80(120)
・ATK:19 ⇒ 25
・DEF:19 ⇒ 25
・AGI:14 ⇒ 20
・DEX:22 ⇒ 34
・INT:22 ⇒ 30
・RUK:18 ⇒ 20
〇スキル
・力学
・亜空庫
・武器生成(槍)
・見切り
・MP容量増加(大)
・修練場(槍)
・魔法(雷)
・一意槍流(初級)
・無槍
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・無槍 ★NEW
消費MP:10
能力
一意槍流の技をスキル化したもの。
スキルによる補助により、十全な技を繰り出すことができる。
使用する魔力は、技の種類及び熟練度、元の技の精度により変化する。
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「LV10の確定スキルは、まさかの「無槍」か。LV1から2の時は適性に合うスキルだと奴は言っていたが、LV10もそうなのかね。それにしても、消費MP10とは。」
スキルの説明の通り、元の技の精度が消費MPに影響するなら、ただの一発のスキルが他のスキルより圧倒的に多いことに、もっと精進が必要であることを理解させられ、思わずがっくりと肩を落とす。
だが、スキルの性能は破格。
十全な技が放てるのであらば、技の起こり、溜めが不要になるため、実戦で十分に使用できるし、猿神との戦いの切り札となりえる。
「消費MPは多いが、これで勝ちの目が出てくる。」
猿神の圧倒的なスピードを捉える算段はできた。
後はどういう組み立てで確実に無槍を当てられるか。
頭の中で戦闘の流れをイメージし、プランを練る。
これだというプランができたとき、結局博打になるんだなと自嘲してしまう。
「このプランならいけると思うが、またチャンスは一度か。ミノタウロス戦といい私の戦いはこんなのばっかりだな。」
私はプランを決め、今一度自分の状態を確認する。
「ポーションは、傷を回復することはできるけどHPはあまり回復していないのか。それに、MPも残り13しかない。」
LVが上がっても、HPやMPは回復してくれないようで、少し残念である。
また、MPが13しかないため、スキル「無槍」を使えるのはたった一回。
確実に当てる必要があることを再認識する。
外に出る前に、残り一本の体力ポーション(上)は左手の防具の籠手の裏に、あらかじめ仕込んでおくことにした。
割れてしまう可能性は高いが、戦闘中に亜空庫から取り出す暇はないし、余計なMPを消費している余裕もないからだ。
準備ができた私は、遂に龍亀の口から外に出る。
外に出たら、猿神は少し離れたところでこちらを見ていた。
その表情には驚きの感情が見て取れ、私が龍亀に止めを刺したのだと理解しているようだった。
「待たせたな。」
私はひらひらと手を振りながら、猿神に待たせたことを詫びる。
猿神とは、勝つにしろ負けるにしろこれで決着となることは確実。
僅か二日の付き合いであり、しかも命のやり取りをする決して良い関係ではないが、その濃密さは今までの人生でも、間違いなく最も強烈だった。
最初の出会いで、勝てると誤認してからの戦いを挑み。
すぐに、力の差が判明し、驕りを完膚なきまでに打ち砕かれての苦い敗北。
あの時、私は終わっていた可能性は大いにあった。
幸い、師匠の励ましがあったおかげで立ち直れたが、それほどの衝撃的な挫折を味わった。
そして、今回の戦い。
他のボスモンスターと戦わさせるという、苦肉の戦法をとっても倒れない巨体。
確実に力を落としているはずなのに、いまだに力の差を感じる圧倒的な強さ。
「そうだな、認めるよ。猿神、お前のことは嫌いだが、お前の強さは本物で、憧れさえ覚える程だって。」
猿神の見せた力は本物の強さだった。
本当だったら、正面から勝ちたかったが、それは到底無理だとわかる。
だからこそ、精一杯策を弄して、ここまで引きずり下ろしてきた。
「誰かのために、ヒーローになりたいわけじゃない。ただ自分のために、私はお前に勝つよ。」
お互いの瞳に、お互いの姿が映る。
だが、それぞれの瞳に映るものは、勝利への覚悟か確信かで異なっていた。
どちらともなく前進し、彼我の距離を縮め始めたとき、決着に向け急速に事態は走り出す。
例えその決着がどうであれ、終幕が秒読みであることは間違いなかった。
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