第52話 Day3 変わらない力量差
「まずは、こちらからいくぞ!」
最初に動いたのは、私からだった。
猿神は、龍亀との戦いでかなり消耗しているのは間違いない。
戦いの主導権を握るために、こちらから積極的に仕掛けていく必要があった。
私は雷槍を空中に三本形成し、猿神に対し時間差で体の上段、中段、下段に向けて放射する。
猿神は一本目を避けるが、二本目、三本目を避けきれず、左半身に当たる。
「やはり、動きは大分鈍っているな。これなら・・」
猿神は、雷槍を受けたため左半身が上手く動いていない。
力学スキルの力場を踏み込み、加速した体で突きを構え、左半身側に突撃する。
「ここだ!!」
猿神の左わき腹に槍が突き刺さる。
猿神は、私の攻撃が普通に当たったことに、予想外の表情を浮かべ、次に痛みに顔を歪めた。
「不思議に思うか?こちとら、前の戦いからお前の動きを一時間近く観察してるんだ。」
猿神に伝わらないことは分かっているが説明する。
「見切りスキルの熟練度は、師匠との修練で上げまくっているからな。かなりの精度でわかるようになったよ。お前の一挙手一投足がね。」
猿神は、ようやくこちらを多少の脅威と認めたのか、顔の笑みを消した。
そして、猛然とこちらに接近して拳を振り上げる。
遊びがほぼなくなった拳の攻撃は、苛烈だった。
いくら、見切りにより動きの先読みができるとはいえ、避けるのは自分の体である。
元のステータスの差が圧倒的であるため、徐々に避けきれなくなっていく。
けれど、当たる直前に力学スキルで防御することでなんとか凌ぐ。
スキルのない拳であれば、猿神の攻撃であっても十分防げており、スキル有でも破られる前提で構築すれば、避ける時間くらいは作ることができていた。
「とはいえ、やはり強いな。」
防御だけでは当然勝てないので、合間に槍、そして魔法の雷を織り交ぜ、こちらからも攻撃を仕掛ける。
龍亀の攻撃による傷が大部分であるが、私の攻撃による傷も確実に猿神にダメージを与えているようだ。
猿神は、攻撃が当たらない苛立ちと、おもちゃと思っていた存在にダメージを与えられていることに、怒りが抑えれていないのか拳の攻撃が雑になっている。
私は、それを隙とみて攻撃を・・しない。
私が攻撃してこないため、猿神は不思議そうにしている。
「前であれば、私はその隙に乗ってしまったんだろうな。だけど、猿神。お前が相手なら、その隙が嘘であると信じられるよ。」
そう、私は猿神が嘘をついていることを信頼できた。
前回、そして先ほどの戦いであれ程の強さを見せた猿神が、この程度で冷静さを失うことはない。
猿神の見せた強さが、ブラフを意味のないものにしていた。
自分のブラフが効かないことを察したのか、猿神は笑った。
それは先ほどまでの嘲るような笑いではなく、どこか敵と認めてやる、そんな笑いのようだった。
「ギャ」
猿神が一言鳴くと、体から湯気のような煙が発生している。
どうやら、身体強化のスキルを発動したようである。
「全く、通常状態でもキツイんだけどな。何とか食らいつくしかないぞ、頑張れ私。」
猿神に敵として認められた以上、今までよりも更に苛烈な攻撃になる。
その絶望に近い状況でも、私が諦めることはできない。
「自分で決断したことだからな。」
こうして、スキルを使用した猿神との第二ラウンドが開始された。
「いや、やっぱり厳しい。見切れても体がついてこない・・。」
第二ラウンドは、開始数分で圧倒的な不利になっている。
判定があれば、大差で負けている内容に思わずため息をつく。
スキルを使用した猿神のスピードは格段に上がり、龍亀のような甲羅を持たない私には、力学スキルと槍による迎撃で凌ぐしかない。
幸い、猿神も疲労によりギリギリ捌ける程度の威力になっていることで、均衡を保つことができているが、私自身も限界まで集中しているため、疲労が蓄積している。
長くこの状態を維持し続けることは到底できそうにない。
「とはいえ、防ぐことが精一杯になっているのでは、どうしようもないな。」
攻撃を仕掛けたいが、猿神のスピードの前には、私の攻撃の溜めをしている間に範囲外に逃げられてしまっている。
ヒット&アウェイ。
まさしく、その言葉通りの動きをされてしまっては、私には打つ手がない。
いや、正確には一つだけ手はある。
「手が無いわけじゃないが、未完成の技を待ってくれる相手じゃないしな・・・。」
未完成の技、それは師匠が見せてくれた「無槍」である。
あの技は、技の起こりと溜めをほぼゼロにして、瞬時に最高の一撃を突き出す。
そのため、いくら猿神のスピードでも避けることは難しい。
だが、今の実力では技の成功率は二割程度であり、更に集中の時間も数秒必要なため、全く実用的ではない。
「やはり、今の手持ちで何とかするしかない。けど、どうすればいい?」
その一瞬の逡巡を、猿神は見逃してくれなかった。
集中力が切れたことを見破られ、槍の防御圏の内側に入られる。
「しまっ!?」
猿神は、クレバーにも大振りはせず、ジャブのような素早い一撃を入れてきた。
一度、攻撃を受けると、次から次へと攻撃が繰り出される。
最初の一撃で態勢を崩された私は、猿神の攻撃を捌ききれず、ダメージが蓄積されていく。
「くそっ。このままでは。」
悪態をつく暇もない連撃にどうにか間をつくるため、魔法(雷)を自分の周囲にばらまく。
”バチッ、バチッ”
雷の檻が広がるように、私の体から円状に魔法が放たれることで、猿神の連撃は止んだ。
だが、負ったダメージは大きく、全身が痛い。
ミノタウロス戦の最後のタックルを受けたときのような痛みに、思わずうめく。
「何とか、凌げたが。ダメージがひどい。それにMPもだいぶ持っていかれた。」
そう、先ほどの魔法一度でMPを5近く使用してしまい、MPの残量も半分に迫ってきた。
体力、集中力、そしてMPまでもが削り取られていく状況に、足元が闇に飲まれていくような感覚に陥る。
「いや、まだ手はある。何とかして無槍を当てる手段を考えれば。」
だが、現実は根性ではどうにもならない。
ふらふらの体では、猿神の次の攻撃を防ぎきれず、大きく吹き飛ばされて岩のような物体にぶつかる。
私は肺の空気を強制的に吐き出される。
「かはっ。なんか妙な感触の岩だな。なんだこれ?」
その時、私の体に影ができた。
上を見上げた時、この岩、いや龍亀であったことを理解する。
龍亀は驚異的な生命力でまだ活動しており、近場の私を飲み込もうと口を大きく開けていた。
猿神の攻撃を受けて動きが鈍くなっている体では、避けられない。
「いや、このタイミングでの龍亀は聞いてないぞ。というか、私を食べてもおいしくは・・・」
言葉を最後まで続けることはできず、私は龍亀の口に吸い込まれていった。
#ここから、第三者視点になります。
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#田崎(ゲーム外)
「加賀見さん!!」
俺は、加賀見さんが亀のようなモンスターに飲み込まれるのを見て、叫び声をあげる。
近くにいる、川上さん一家も口元を押さえ絶句している。
今、俺は川上さんの家に来て加賀見さんの戦いを応援していた。
何も力になれないことは分かっているが、せめて目をそらさないこと、戦いを見届けることが唯一のできることだと考えている。
その思いは川上さんも一緒のようで、分岐路になるであろう三日目を皆で集まって、応援することにしたのだった。
だが、想像を超える苦境に、なぜ俺はあそこにいて一緒に戦えないんだと、無力感で一杯になる。
「田崎さん。加賀見さんも私たちの戦いをこんな気持ちでみていたのでしょうか?」
川上さんが、過去の戦いのことを思い出したのか、辛そうに話しかけてきた。
確かに、加賀見さんは前の戦いの中で、「自分には何もできない」状況を何度も見ていたのだろう。
それが、あの人を一般人から逸脱させる行動をとらせた一因だと理解した。
「こんなことなら、やっぱり俺も参加するべきだったのか?いや、スキルの無い俺では、どの道足手まといにしかならないな。」
自嘲が止まらない俺に、川上さんが喝を入れる。
「田崎さん!下を向いている場合じゃないですよ。加賀見さんがここで負けるわけないです。私たちがそう信じてあげないと、加賀見さんは何であそこで戦っているんですか!?」
川上さんは、涙声になりながら続ける。
「加賀見さんは、優しいから。だから、皆のために戦っているんです。それなのに、守ってもらっている私たちが先に諦めることは絶対にあってはならない。それは、貴方が一番知っていることでしょう、田崎さん?」
俺が加賀見さんが負けると思っている?
それは無いよ、川上さん。
俺が見たあの人は、こんなところで負けるわけがないさ。
そうして、俺は顔をあげて少しだけ強がりを言う。
「川上さん、ありがとう。下を向いたのは、少しだけ自分を責めていただけだよ。加賀見さんの勝利を俺が疑うことはないさ。あの時、目を覚ましたあの瞬間。ボロボロのあの人が浮かべた笑顔を忘れることは決してない。」
川上さんはその言葉に泣くのを止めてくれて、「意地っ張りですね。」と笑ってくれた。
「加賀見さん。私達はあなたに託すことしか出来なかったけれど、それでも貴方の勝利を決して諦めることだけはしないです。だから、どうか・・」
だから、どうか無事で。
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