第50話 Day3 鬼ごっこと布石の結果

 「それでは、作戦通りに。」


 私がそう言うと、皆が口々に無事と勝利を願ってくれる。

 その言葉に背中を押され進む勇気が湧いてくる。

 仲間のありがたみを感じ、私は猿神の巨体を見つめる。


 「さあ、決着をつけようか。」


 私の言葉は通じないが、猿神もまたこちらを見つめており、お互いが決着を望んでいることは明白だ。


 「上木、榊原。十体は全てこちらに向かってくるようだ。ひきつける必要はないから陣地に戻れ。」


 畑中さんが言う通り、取り巻きの狒々十匹は陣地から少し離れた私ではなく、陣地に向かっている。

 どうやら、向こうも狒々では私の相手にならないことは分かっているようである。


 「さて、引き離す必要はないんだけど。本気で追ってきてもらわないと困るから。ちょっと挑発しますか。」


 私は亜空庫から、催涙スプレーを取り出し噴射する仕草をした。

 目を抑え痛がる演技まですると、馬鹿にされていることを理解した猿神が猛然と迫ってきた。

 ただでさえ、赤い顔が真っ赤っかといった感じになっている。


 「さあ、しっかりついて来いよ。鬼ごっこの時間だ。」


 私は、猿神が追ってくるのを確認すると湖に向けて全力で走りだした。

 鍛えた体と上がったステータスによって、私の体は放たれた矢のように突き進む。

 命を懸けた猿神とのレースが開始された。




#ここから、第三者視点になります。

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#畑中


 「行きましたね。加賀見さん、どうかご無事で。」


 私は加賀見さんを見送って、目の前の狒々達を見る。

 狒々は全部で十体、こちらは五人。


 いくら陣地があるとはいえ、かなり厳しい状況であることは間違いない。


 「それでも、やるしかないんですよ。」


 そう、それでもやるしかない。

 ここで、我々が全滅して加賀見さんの方に行かれるのは論外。

 そもそも、この陣地も最初のLVが上がるまでのサポートも、猿神との戦いも結局加賀見さん頼りになっている。

 

 「この程度、こなせないようではね。あの人の仲間だと、言えないんですよ。」


 狒々達が向かってくる。

 

 「全員、組み分けは覚えているな。陣形と陣地をうまく使って必ず数的有利をとるように努めろ。決して、数的不利な状況は作るな。」


 我ながら無茶言うな、と思ったが、仲間からは「了解」以外の言葉はない。

 元々優秀な隊員ではあったが、この戦いを通して本当の意味で戦士になったようである。


 「頼もしい限りだ。では、全員戦闘開始!!」


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#ここから、元の視点になります。

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 ”ドガーン”


 私のすぐそばを岩が通り過ぎて、派手な音を立てている。

 鬼ごっこは早くも鬼が本気を出してきていて、逃げる側は結構ピンチである。


 猿神はこちらに追い付けないとみると、走りながらその辺の岩を持ち上げ投げつけてきていた。

 広場での奇襲で使われたような溜めのある投石ではないが、威力は十分であり、当たったら大けがは免れない。


 必死に避けるが、その度に移動が中断させられ、想定よりも目的地が遠い。


 「全く、いやにコントロールがいいな。」


 毒づきながらも、懸命に足を前に進める。

 ここで、戦っても勝ち目はない。


 生きるためにやるべきことを。


 その思いで、時に転がり、時に地面にダイブし、土だらけになりながらも目的地まで半分ほどの距離まで来れた。


 その時、一際大きな岩が近くに着弾し、衝撃で吹き飛ばされ木に背中から激突してしまう。


 「がっ!?ごほっ。」


 まずい。

 早く立ち上がらないと。

 だが強く打ち付けたせいか、息が整わない。


 十数秒後、何とか立ち上がると目の前に猿神がいた。


 「こいつは、ヤバいかな。」


 猿神はやっと捉えたのがよほど嬉しいのか、舌をベロンと出し、笑っている。


 ここで戦っても、勝ち目はない。

 何度も自分に言い聞かせ、退路を探す。


 だが、猿神もバカではないので、私が進もうとしていた位置に陣取っているため、一度は交錯する必要がある。


 「はあ~。この先にもっとでかい博打があるのに、ここでもイチかバチかか・・」


 私は亜空庫からスプレーを取り出す。

 そのスプレーを見た猿神は明らかに警戒した表情だ。

 そして、スプレーを片手に私が一歩近づくと、猿神は警戒して一歩下がる。


 「まあ、警戒するよな。あんな痛み初めてだっただろうし。」


 私はプランを頭に描き、一気に猿神に向かって突き進む。

 猿神はスプレーを警戒しながらも迎撃の構えを見せている。


 そして、猿神の攻撃範囲に入ったところで、猿神が動いた。

 

 ”ゴォ”


 唸りをあげて、猿神の左拳が迫る。

 私は、その拳の外側に行くように通り抜けようとしたが、猿神が素早く体を移動させ道を塞ぐ。


 であれば、と逆方向に体を切り返すが、右腕で捕まりそうになり、急停止する。


 私が止まったのを見て、猿神が笑う。

 これで、逃げられない・・・そう思っての笑いだろう。


 だが、この状況はまだ想定内。

 

 私は右手に持っていたスプレーを猿神に向かって

 猿神は思わず、そのスプレーを目で追ってしまう。


 それはそうだろう。

 あれだけ警戒していた物体が使用されることなく、空中に放り投げられた。

 想定していない行動をとられたため、一瞬猿神の思考は停止した。


 その思考の間隙に付けこみ、私は左手に隠していたもう一本の催涙スプレーを猿神に向けて噴射する。


 「ギャー!?」


 流石に二回目となると顔を逸らされた上に、目も閉じられたので、効果はかなり薄かった。

 それでも猿神の横を通り過ぎ、鬼ごっこを再開するには十分な時間を稼ぐことできている。


 後ろから聞こえる猿神の怒りの声をBGMに、私は笑いながら走り続ける。


 「どうだ。この野郎。今度はこちらが騙してやったぞ。」


 やられたらやり返す。

 仕返しがすべての事柄に対して有効ではないが、今この時、猿神を怒らせ私の後を追わせるという目的には完璧だった。


 猿神は岩を飛ばすことも忘れ、怒りのあまり、一心不乱に私の後を追ってきていた。

 驚くべきことに、猿神のスピードは先ほどより速い。


 「猿神のやつ。まだ本気じゃなかったのか。段々追い付かれてる。」


 徐々にではあるが、彼我の距離が狭まっている。

 だが、目的地ももうすぐのため、後ろを確認することも止めて、前だけを見て走り続ける。


 後ろから猿神の息遣いが感じられるかと思うほど、接近されている。

 そうわかるほどの切迫した状況であったが、前方に森の切れ目とかすかな水のにおいを感じる。


 そう感じた直後、目的地が見えた。


 力を振り絞り、やっとの思いで森を抜け、湖までたどり着くことができた。

 ここは、榊原さんと事前に準備のために訪れた場所である。

 

 「頼むぞ。どうか、そこにいてくれよ。」


 祈るような気持ちで作戦の成否を確認し、私は仕掛けが上手くいったことを理解し、胸をなでおろす。

 

 「ははっ。やった。作戦は成功だ。」

 

 その時、後ろから来た猿神が湖に現れた。

 数秒の差しかなかったため、本当にギリギリのレースだったようだ。

 

 猿神は湖に現れた勢いのまま、こちらに突っ込んでくる。

 周りの様子は見えていないようで、挑発した甲斐があったとほくそ笑む。


 「さあさあ。仕上げをご覧じろってね。」


 私は全力で横に飛び、猿神は私の後ろにいる食事中のにぶち当たる。

 猿神は、当たってから気づいたのかその存在に困惑の声をあげる。


 「猿神。ここは、お前とはの縄張りだよ。普段は、ボスモンスター同士の争いを避けるため近寄らないだろうけど、今回は特別ご招待だ。」


 私の作戦は「勝てないなら、勝てる奴にぶつけてやる」という、漁夫の利狙いの戦法だった。


 事前に亜空庫にいれたモンスターの死体、そして「香り袋(呼び寄せ)」を餌として、湖からボスモンスターが出てくるようにして配置していた。

 狙い通り、普段モンスターも警戒して湖によらず腹が減っていたと思われるボスモンスターは、地上に出てきてくれたという訳である。


 湖のボスモンスターは、亀のような姿かたちをしているが、顔は龍のように見える。

 その巨体は、ちょっとした一軒家程度はあり猿神よりも大きい。


 リストでアタリをつけていたが、あれは「龍亀ロングイ」と呼ばれる、中国の霊獣で間違いなさそうだ。


 龍亀は、自分の縄張りに入ってきた猿神に対して、攻撃態勢に入っていた。

 猿神も応戦しないわけにはいかず、戦いが開始される。


 こうして漁夫の利作戦という、他力本願万歳の作戦の幕が上がった。


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