第44話 Day2 誓い

 「ここは修練場か?」


 私は、気を失ったようだ。

 そう気づいたときに、敗北したことを思い出す。


 強くなった。

 そう思ったのは幻だった。

 ただ、「猿神にも勝てる」、そう考えたことに誤りがあった訳ではないと思っている。

 あったのは、驕り、そして芽生えてしまったプライドだろう。


 あの時、私は槍、そしてスキルでのでの決着を無意識に望んでいたのだと思う。

 ミノタウロスのような、なりふり構わない必死さはなく、勝ち方に格好良さを求めていた。


 だからこそ、真に追い詰められた時にしか、催涙スプレーを使用できなかった。

 その結果として、貴重な武器の一つを猿神を撤退させること使用してしまったのだ。


 「カッコつけて弟子が敗北したなんて、師匠に合わせる顔が無い。」


 私は、修練場の入り口の前で、立ち尽くし、中に入ることができない。



 そうして、数分たち意を決し、修練場に入る。

 そこには、いつもと変わらない様子の師匠が佇んでいる。

 私の敗北は知らないのだろうか。


 一瞬、師匠に幻滅されたくないと、敗北を隠してしまうかと考える。

 そんな思いを見透かされたかのようなタイミングで師匠が話しかけてきた。


 「我が弟子、景。敗北したのですね。」


 心臓を鷲掴みされたような、急激に心拍数が上がるのを感じる。

 若干、かすれ声になりながら、


 「師匠。私が敗北したことをご存じなのですね。」


 そう回答すると、師匠は、首を横に振った。


 「いいえ、私には外の様子を窺いみることはできません。ただ、景の様子から察しただけですよ。敗北特有の後ろめたさが見え隠れしていますからね。」


 そうか、やはりわかるのか。

 誤魔化せなかった気まずさと、理解されている喜びが混ざった複雑な心境が交錯する。

 私は、師匠に猿神との戦闘について、自らの驕りによる敗北を説明した。


 気づけば、説明の途中に何度も師匠に謝っていた。

 私は、師匠の弟子でありながら、敗北してしまったと。


 敗北の事実を認めるたびに、私の心が軋む音が聞こえる。

 「どうして、もっと必死になれなかったのか」、「守るべき仲間だっていたのに」そうした思いが次から次から溢れてきて、いつのまにか座り込み、視線は床を向き、師匠の方を見ることができなくなっていた。


 そんな私に対し、師匠は何も言わずに近づいてきた気配を感じる。


 「景。聞こえてますか。我が弟子、景。」


 良くて、失望の言葉をもらう、もしくは勘当でもされるのか。


「景。返事をしなさい。」


 そうネガティブな感情ばかりが思い浮かび、自分の思考の渦から抜け出せずにいると、師匠が私の前まで来ており、私の頭が掴まれる。


 ついに来たか、そう思い覚悟する。

 だが、罵倒や拳が来るにしては、頭が妙に心地よい。


 「我が弟子、景。師が呼んだら、すぐに返事をすることです。私が優しくなかったら、折檻ものですよ。」


 師匠の声が上から聞こえるので、目を覚ますと、師匠がのぞき込んでいた。

 どういう状況だと、起き上がろうとすると、師匠に頭を押さえられて、また柔らかい師匠の膝の上に戻る・・って、膝の上!?


 まさかの師匠に膝枕をされていた。

 極上の綿のような柔らかさと、ほのかな柑橘系の香りに包まれ、精神が限界だった私は、「まあ、このままで良いか」と自分の欲望に素直に従ってしまう。


 「師匠、返事ができず失礼しました。ですが、どういった事情でこの状況になったのでしょうか?」


 そして、心地よいこのままの状態で師匠に尋ねる。


 「景。貴方はあの猿神というモンスターに敗れました。何とか、撃退し命までは失わなかったのは喜ばしいことですが、それでも貴方は「武」で負けたのです。」


 敗北。

 そう、私は負けたのだ。


 その事実を憧れの師匠の口からきかされた私は、思わず「でも」と言い訳を発しそうになり、慌てて口をつぐむ。

 油断したのは私であり、勝利に必死になれなかった、言い訳をするのは、余りにも見苦しい。

 結果的に、黙ることしか出来ない私を見て、師匠が続ける。


 「景。負けたことを恥じる必要はありません。貴方は、弟子として恥じない戦いをしました。その結果としての敗北は悪いことではないのです。ましてや、貴方にはまだ挽回するチャンスがあるのですから。」


 それでも、師匠から教わった槍が届かなかった。

 自分の不甲斐なさを感じつつ、敗北の苦い気持ちを吐露する。


 「師匠、それでも、私は猿神に負けたこの気持ちを昇華させることが難しいです。師匠は敗北したときにどうしていましたか?」


 そう言うと、師匠は少し考えながら、


 「私の時ですか?そうですね、師としては弟子のために、一肌脱ぐことも必要ですかね。私が負けた・・時・・・は、確かあれですね。もっと訓練したような?感じです?」

 

 何故か、師匠の歯切れが悪い。もしかして・・・


 「師匠、まさか敗北したことが無い・・訳はないですよね。流石に。」


 まさかと思いながら聞いてみると、師匠は「ぎくっ」と顔に書いてあった。

 えっ!?本当にと思い再度尋ねると、師匠は観念したように白状した。


 「あ~。おかしいですね。景、私には敗北の経験が無いようです。」

 

 大真面目な顔して、すまなそうに言う師匠に、私は思わず大笑いしてしまう。


 「師匠、負けたことないんですか!?いや、それは凄い。あははっ!」


 私の笑いが冗談だと思ったからだと思ったようで、師匠が必死に弁解してくる。


 「なんですか、景!ほんとですよ。最初は頑張って、探そうとしたのですが、それでも無いんです。嘘じゃないです!」

 

 敗北がない・・か。

 あまりの衝撃の事実に、私の思考の迷路もぶち壊されてしまったようで、色々と吹っ切れてしまった。


 「いえ、師匠。ちゃんと信じていますよ。そうですね、私にはまだこの命があり、やり直すことができる。その事に、師匠の言葉が気づかせてくれました。」

 

 そうして、心のつかえがとれ、精神が正常に戻ってくると、膝枕されている状況が無性に恥ずかしくなってきた。

 しかも、今日の師匠は、膝枕してくれるためか甲冑を纏っておらず、薄い袴姿である。

 膝枕から見えるほんのり膨らむ双丘に、C位かと、邪な考えが浮かんでしまい、慌てて視線を外す。

 先ほどまで、落ち込んでいたのに現金なものだと自分の思考に呆れてしまう。

 

 大分回復したこともあり、いつまでも天国にはいられないな。

 そうして、血の滲むような決意のもと、師匠の膝枕から脱すこととした。


 「おや、もう大丈夫そうですね。流石は我が弟子、景。」


 師匠は、優しく微笑む。

 

 「師匠、ありがとうございました。不肖の弟子ですが、また励んでいこうと思います。」


 そして、猿神に勝利するために残りの時間を修練に費やした。

 時間が経ち、意識が浮上する気配を感じたとき、師匠が言葉をかけてくれる。


「景。我が流派「一意槍流」は、極めれば他の武の追随を許さないと思っています。それでも、負けないわけではないのです。」


 負けたことが無い師匠が言うのかと思ったが、茶化すと怒るので黙って聞く。

 そして、「一意槍流」の極意を師匠は語る。


 「極端なことをいえば、我が流派が求めるものは勝敗ではありません。ただ、槍の一突きに専心する。それのみを突き詰めた結果が、今の流派となった。ただ、それだけなのです。」


 勝敗でなく、ただ一突きの槍に専心する。

 その言葉が心の中で、確かな芯となり、本当の意味で礎となったことを感じた。


 「師匠。次こそは貴方の弟子として、そして、本当に守りたいもののための戦いをします。」


 「次こそは、必ず」その思いを胸に秘め、私はリベンジを誓う。


 だが、戻った私を待っていたのは、そんな思いなど知らない、過酷な現実だった。

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