第36話 全力と弟子入り


 「師匠、できれば純粋な槍の技で貴方に挑みたかったですが、私はその願いには弱すぎる。だから、私の全てで師匠に挑ませてもらいます。」


 そして、私はスキルの解禁をした。

 そもそも、この空間は他のスキルの使用ができることから、他スキルを前提としているのではと、以前から想定はあった。

 だが、あの美しい突きを見てから、できれば槍だけでと思い、今日まで試しの儀においてスキルは使用しなかった。


 ただ、ゲーム本番を明日に控え、私はどうしても自分が強くなった実感が欲しい。

 そのために、自分の全てで師匠から一本を取る。

 

 「いきますよ。」


 そう言うと、私は魔法(雷)を使い、師匠に向け雷を放つ。

 だが、あっさりと師匠は槍で防いでしまうので、次は三本、時間差で体の上中下段ばらけさせて放ち、自身も師匠に突撃する。


 師匠は、一本を体を半身にして躱し、二本目を槍で弾き、三本目は左手の籠手で防いだ。


 「よし。動きを止めさせた。いくぞ。」


 修練場は痛みや疲労はほとんど感じない。

 だが、体を動かす感覚はあるため、雷撃を受けると痺れることは、自身で確認済みである。

 狙い通り、師匠の左手を少し封じることに成功した私は、最初の攻防よりも近い距離で槍を交錯させる。


 だが、流石は師匠、右腕一本でも一、二、三と槍を交わすうちに、技術の差により、こちらが押されてしまっている。

 

 「しまっ!?」


 焦りから甘く仕掛けてしまった私の槍が、師匠に上手く上に弾かれてしまい、がら空きの胴に槍が迫る。


 「まだですよ。師匠!」


 あわやというところで、私の最初のスキル「力学」によって発生した、お馴染みの四方の力場が師匠の槍を防ぎ、に弾き出す。

 そう、力学の熟練度も上がり、力の方向もかなりの精度で思った方向に向かわせることができるようになっていた。


 大きく態勢を崩した師匠に、とどめとばかりに槍を突きだすが、師匠は崩した体制の方向に踏み出すことで距離を開けられてしまい、空振りに終わった。


 再び、仕切り直しとなり、お互いの槍のちょうど倍程度の位置で対峙する。


 「この作戦もダメか。となると残りはあれしかないか・・。」


 師匠はこちらの出方を待っているようなので、再度こちらから仕掛ける。

 魔法(雷)の三本、今度は速度を重視したイメージで、同時に打ち出す。

 先ほどよりも早い雷だったが、直線的な軌道のためか、簡単に見切られ避けられる。

 気にせず、雷を連続で打ち出しながら、槍を突きだす構えをとる。

 師匠は、槍の範囲外で構える私を訝し気に見ているようだが、構わず集中する。


 そして、雷を師匠の移動方向を制限するように放射させた後、私は強くその場を踏み込んだ。

 私の体は足元から弾かれるように前に飛び出す。


 「これがとっておきです。」


 踏み込んだ先には、「力学」で発生させた力場があった。

 私が思い切り踏み込んだのは、足元の力場である。

 通常、前に進むためには地面を踏み込む必要があるが、力の方向としては、前進以外にも力が分散する。

 だが、調整の精度が上がった「力学」で臨んだ方向に力を収束させ、通常よりも遥かに速く鋭い短距離移動をする、これが私のだった。


 師匠は、移動を雷に制限されたため、その場で槍を構え迎え撃つようだが、私はすでに間合いに入っているし、何より構えたまま前進した私の方が早い。


 ”シッ”


 私の一撃が師匠の胴に吸い込まれる。

 「一本とれた」思わずそう思ったが、師匠はその上をいった。


 間に合わないと思った構えは、攻撃ではなく迎撃のため、体の前に縦に置かれており、槍先は天井に、石突は地面に向いていた。

 そうして、私の穂先を槍の柄を回転させることで受け流されてしまう。

 

 攻撃を捌かれ、流れた体、伸びきった腕では、次の有効打は放てない。

 師匠は、迎撃の構えから攻撃の構えに滑らかに移行し、攻撃動作に入っている。

 

 私は懸命に腕も引き戻そうとするが、溜めに入って「突く」だけの師匠と「引き戻して」、「突く」という動作の私では、天地がひっくり返っても間に合わない。

 

 「間に合わない。誰もがそう思うでしょうね。だけど・・・」


 ”カツン”


 何かが固いものを突いた音がした。

 それは、私の「一本」が師匠の甲冑に当たったことを意味していた。


 「私のは、槍の引き戻しの力を「力学」で返すことで、「引き戻し」と「突く」という動作を同時にこなすことでした。先ほどの、踏み込みはですね。」 


 悪戯の成功したような高揚感で、師匠に話すと、師匠はしばらく静かだったが、やがて、槍を置いた。


 「汝、試しの儀を乗り越えた。これより、継承の儀を執り行う。」


 継承の儀?

 なんだそれはと思っていると、師匠は修練場をでて、隣の母屋に向かってしまった。

 待っていればよいのかと思ったが、師匠が母屋からこちらを見ていたので、私も母屋に向かった。


 そして、母屋に入ると、日本家屋の構造であり、襖の部屋がいくつもあるようだ。

 興味深げに見渡しつつ、師匠の後を追うと、ある部屋に入っていったので、私も部屋に入った。

 

 部屋は、四方が襖で覆われており、奥には祭壇のようなものが置かれていた。

 そこで、師匠は座り、対面に座るようにジェスチャーをした。


 私が、対面に座ると、師匠は言った。

 

 「汝、試しの儀を乗り越えた。これより、我がの入門を許可する。」


 入門?

 私は、まだ入り口にすらいなかったのかという、驚きと、本当の弟子になれた喜びで困惑していると、更に驚くべきことは起きた。

 

 師匠が、兜を取った。


 艶やかな黒髪、流れる髪は肩ほどまであり、セミロングといったところだろうか。

 どうやって兜に入っていたのだろうと、とぼけた考察をしていたが、その後、鬼面を取った顔に、私は息を止めて見入ってしまった。


 するどく、それでいて静かな輝きを持つ黒目、その瞳に私は吸い込まれてしまうように思え、慌てて目をそらす。

 なんと、師匠は見た目は20代後半くらいの、私の感性ではとても綺麗な女性だった。


 「ふう。やはり、この面と、兜は疲れますね。おや、どうしたのですか。あちらの方になにかありましたか?」


 師匠は、不思議そうな顔で聞いてくる。

 そのきょとんとした顔、小首をかしげる仕草に再度見とれてしまい、数秒固まっていたが、私はしどろもどろになりながら話す。


 「いや、師匠・・師匠ですよね?先ほどまで、試しの儀をしていた。女性だったのですか。あと、その話し方は先ほどまでの話し方と違うようですが。」


 師匠は、得心が言ったようで、説明してくれた。


 「ああ。この甲冑ではわかりにくいですか。話し方はこちらが素です。先ほどまでは、最初の試練としてそれらしく見せようと、努力してみました。それに、確かに私は女性ですが、よりも強いですよ。侮りはいけませんね。」


 そうか、こちらが素なんですね、とか、と呼ばれたことに無性に恥ずかしさを感じるなど、10代に戻ったかのような感覚に思わず赤面してしまう。


 「いえ、師匠を侮るなど、滅相もありません。あの美しい突きを目標にしていますので、どうかこれからもご指導お願いします。」


 私が師匠の槍を誉めると、満更でもなさそうな表情を浮かべてくれて、もっと褒めようと密かに心に誓った。


 「私の槍が美しいとは。流石、我が弟子、景。見る目がありますね。先ほどの継承の儀により、貴方は私の流派に加わることになりました。今後も精進してください。」


 師匠は、一意槍流の師範にあたるそうだ。

 私が一番偉いのですとばかりに、胸を張る師匠を見て目の保養をしていると、流派の説明となった。


 一意槍流は、私のいる世界とは別の世界の流派であるが、この世界の「一意専心」の言葉と意味はリンクしているようで、槍の一突きに集中するという思想の元、技が練り上げれてきたそうだ。

 今回、晴れて入門となったため、今後は技の型等も教えてくれるらしいので、非常に楽しみである。

 ふと、疑問を覚えたことを聞いてみる。

 

 「師匠は、他の世界の人?なんですよね。なぜ、スキルの中にいらっしゃるんですか?後、師匠のお名前を聞いてもよいでしょうか?」


 師匠がなぜスキルの中にいるのか、その疑問が浮かび聞いたが、師匠はその答えを教えてはくれなかった。

 名前についても、すまなそうな顔で「師匠」のままで呼んでほしいと言われると、それ以上、聞くことはできなかった。

 いつか、教えてもらうことはできるのだろうか。


 師匠と話をしていると、時間が来たようで意識が浮上していくのを感じる。

 師匠が最後にこちらを見て言った。


 「景。私は、いつでもあなたの中から見守っています。我が流派の一員として、恥じることのない戦いを期待します。」


 師匠から期待されることの喜びを噛み締め、私も言葉を返す。


 「はい。師匠との修練を胸に刻み、弟子として誇れる戦いをいたします。」


 その言葉を受けた師匠は、思わず見惚れる程の微笑みを見せた。

 その表情を目に焼き付け、私の意識は現実に浮上した。


 そして、遂に奴が六か月後といった、その指定日を迎える。

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