第30話 模擬戦
移動中に、榊原さんが話しかけてきた。
「加賀見さん。佐藤の失礼はお詫びします。どうか、模擬戦なんてやめてもらえませんか。佐藤はあの態度ですが、実力は本物です。正直、貴方では怪我をするだけではないかと。」
その言葉に悪意はないことは分かる。
なので、私は榊原さんに御礼を返す。
「榊原さん。心配いただきありがとうございます。私も大人げないと思っています。けれど、彼の発言は看過できなかった。」
そう、それでも、彼が言ったことは私には許せなかった。
あのゲームでプレイヤーは望みもしない戦いを強制され、それでも戦って散った。
同じ立場で戦った私だけは、彼らの名誉を守らなければならない。
「あの戦いは、決して自ら望んだ人はいなかった。それでも戦ったんですよ。自分をそして大事な人を守るために。その彼らに対しての侮辱を許すわけにはいかないんです。」
そう言うと、榊原さんや上木さんは気まずそうな顔をして、目線を床に落とした。
黙ったまま歩くと、道場のような場所についた。
どうやら、ここが模擬戦の場所になるらしい。
「早速、はじめますか。得物は要るんですかね?一般人には武器の扱いは難しいかもしれませんが、無いと話にならないでしょう。」
佐藤がこちらに向けて、聞いてくる。
私は道場を見渡すと、木刀や棒が置いてあるため、それらを使用するかということなのだろう。
私は首を振って答える。
「いえ、得物は要りません。素手で十分ですから。」
再度の挑発に、佐藤の表情はあからさまに歪み、鼻息を少し荒くして、
「俺も、素手で十分だ。こんな素人に得物なんて必要ないね。」
お互い素手のまま、道場の中央で向かいあう。
上木さんが審判に入ることになり、模擬戦のルールが告げられる。
「模擬戦は、殺傷性がある攻撃や、重度の怪我の恐れがある攻撃も禁止です。危ない時には、審判の私が止めに入るので、”止め”の声がかかったら、速やかに攻撃を止めてください。」
私は、試合の始まる前に条件を整理しようと、声をかける。
「上木さん。スキルの使用はどうしますか。ただの人間には危ないので、やめておきましょうか?」
すると、予想通り「スキルは問題ない」と佐藤が言ってきたので、スキル有で始めることになった。
そして、試合が始まる。
はじめは様子見かと思ったが、佐藤は体制を低くし、こちらに突っ込んできた。
なかなかのタックルだったが、ミノタウロスの突進に比べたら止まって見えるため、簡単に避けられそうだ。
だが、モンスターの理不尽さを見せるため、私はあえてタックルを受けた。
佐藤は、このまま押し倒そうとしているようだが、私の足は全く動かない。
「何で。何で動かないんだ!?」
佐藤は焦ったように、つぶやき、更に押し込もうと力を入れるが状況は変わらない。
その内、恐怖を感じたのか、私から離れ、一歩二歩と後ろに下がった。
「なんなんだ、お前。一般人じゃないのか。」
その言葉に、私は淡々と返す。
「一般人だったよ。あのゲームまでは。今から見せるのは、あのゲームの、君が言った簡単な戦いの中で見た、理不尽な部分さ。」
その言葉を皮切りに、私は佐藤に向かって駈けた。
レベルアップによって、向上した私の身体能力は佐藤のタックルより、遥かに早いスピードで距離を詰めている。
「なっ!?早い。」
上木さんやまわりのギャラリーからも驚きの声があがるが、私が見せたいのはこんな程度ではない。
佐藤の前まで、最短でたどり着いた私は、大振りの右フックを繰り出す。
佐藤は何とか両手をクロスして防ごうとしたが、私が思い切り振りぬくと、彼の体は後方に1mほど吹き飛んだ。
「なんて、威力だ。あの体格の人間が出せるパワーじゃないぞ。」
審判の上木さんは、審判を忘れ、唖然と口を開いている。
佐藤は、ふらふらしながら立ち上がり、こちらを恐怖の眼差しでみていた。
「なんだ、こんな程度で折れるのか、まだ一発じゃないか。見せてくれないのか、戦いのプロの力をさ。」
その言葉に、自分が怖気づいてしまったことに気が付いたのか、彼はなり振り舞わなくなったようで、近くの木刀を手に取り構える。
上木さんが止めようとするが、私は問題ないと告げ、模擬戦を続行させる。
「はっ。余裕なのも今のうちだ。あんたのことは、モンスターだと思って遠慮はしない。さっきの借りを返してやる。」
そう言いながら、佐藤は、思い切り木刀を振り下ろしてきた。
まともに当たったら、怪我以上のこともあり得る本気の一撃に、ギャラリーは、思わず息をのみ、この後の惨劇を予感する。
「全く、こんな程度なのか。プロってやつは。」
惨劇は起こらなかった。
ミノタウロスの足元にも及ばない勢いで振り下ろされた木刀は、私の目の前で、力学スキルの四角い力場によって遮られていた。
発生した力場によって勢いよく弾かれ、両手を万歳している佐藤に向かって、私は拳を振りかぶる。
「我ながら、大人げないとは思いますよ。だけどね、君の発言は勇敢な私の戦友を侮辱したんだ。その償いはしてもらうよ。」
恐怖で顔を引きつらせる佐藤に向かって私の拳が迫り、、打ちぬか”止め!”・・ずに、彼の顔面のすぐ横を通過させる。
思わずへたり込む彼に、上木さんが慌てて模擬戦の終了を宣言した。
「モンスターは、今の私よりも大きく、強靭で、そして残酷でした。どうか、貴方達がこれから戦わなくてはならない存在のことを侮らないでください。貴方方が、弱き人々の日常を守る、本当の戦士であることを願います。」
最後にそう締めくくり、正直、少し気まずかったのもある私は、そそくさとその場を後にした。
道場を出たは良いが、どこに行けば帰れるかわからず途方に暮れている私に、山田さんが追い付いてきた。
「加賀見さん。お見事でした。それにしても、レベルアップによる身体能力の向上、そしてスキルですか。実際にみると、その規格外さが良くわかりますね。たしかに、世界は変わってしまったようです。」
山田さんは、少し悲しそうに話す。
ただの一般人だった私が、訓練を積んだ精鋭を圧倒してしまえる。
改めて、自分とそしてこれから世界が直面する問題が見えたような気がして、気軽に力をふるってしまった自分を反省した。
「そうですね。これからは、さまざまな特殊な能力を持った人があらわれるのでしょうね。先ほど感情的に力をふるった私が言うことではないですが、これらの力にどのように向き合っていくかが必要なのかもしれません。」
こうして、山田さんとこれからのことを会話しながら、私は自衛隊基地を後にした。
自分の部屋に帰ると、この二日はなんて密度が濃いんだと思う。
昨日はいきなりモンスターと戦わされて、生死の境をさまよい、今日は総理大臣と昼食して、自衛官と諍いを起こしてしまった。
今更だが、あの模擬戦は問題になったりしないだろうかと、若干不安になったが、選択自体に後悔はしていないし、なるようになる精神で忘れることにした。
自分で経験したことながら現実感がないな、そう思いながら、ベッドに横になり眠りについた。
明日は平和な一日でありますように。
「そうだった。一日はまだ終わってなかった・・。」
私は師匠の前にいた。
師匠は昨日と同じ、修練場の中央に鎮座しており、こちらを待っているように見えた。
修行パートの始まりだと、多少ヤケクソ気味に素振りをしていると、今日あった緊張や、佐藤とのモヤモヤが、心から消えていくのを感じた。
これが、精神修行かと素振りの効果を実感していると、昨日よりも遥かに早く素振り百回をクリアした。
だが、今日は百回を超えても、師匠の声は止まらず「百一」と続いている。
恐る恐る、師匠に尋ねる。
「あの、師匠。本日は何回まで素振りでしょうか?」
師匠は、簡潔に答えてくれた。
「二百」
ですよね。
まだ倍で良かった、と自分を納得させ、結局昨日と同じくらい時間をかけて、素振りが終わった。
その後の模擬戦は特筆することなく敗北したので、割愛する。
こうして、素振りの精度が上がった充実感はありつつ、師匠に全く歯が立たなかった修行を終え、一日が終わった。
明日が、良い一日になりますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます