第25話 成し遂げたこと

 私の願い事に不思議そうな顔をした、山田さんが理由を聞いてくる。


 「警察、病院ですか。普通に通報すれば良いというわけではなさそうですね。私の個人的な伝手であれば、いくつか候補がありますが、どういった理由でしょうか?」


 私の願いは、「亜空庫」に眠る彼らの遺体である。

 理不尽に巻き込まれた彼らを、できるだけ早く家族のもとに返すにはどうしたらよいかと考えていたが、事情を知る山田さんに頼めばスムーズになると思った。


 「実は、私のスキ、いや能力のようなもので、他の日本のプレイヤーの、その・・、体を持って帰ってきていまして。幸い能力のお陰で劣化は防げていますが、早く家族のもとに返せないかと。」


 すると、山田さんは驚きはしたが、信じてくれてようで、知り合いの病院、および警察の人(後で聞いたらかなり偉い人だった)に話をつけてくれた。

 その後、矢上に一言連絡をした私は、山田さんの連絡をした病院に向かった。


 病院に着くと、医者の方が待っており、共に遺体安置所に向かう。

 はじめは、手ぶらの私をみて訝しげに見ていた医者だったが、ベッドの上に他のプレイヤーの体を横たわらせたのを見て、急いで検視を始めたようだ。


 私と山田さんは静かにその場を後にし、私のマンション前まで戻った。

 無性に虚しさを感じた私は、ぽつりと言う。


 「彼らも、そして私もいつもと変わらぬ日常を過ごしていたんですよ。それが、突然変わってしまった。私は何とかなりましたが、彼らにはもう明日はない。これからも、そんな理不尽が起きてしまう。私はそれがとても怖いんです。」


 山田さんは、しばらく黙っていたが、言葉を返してくれた。


 「月並みな言い方ですが、貴方と、そして田崎さん、川上さんは帰ってこれました。他の方は残念でしたが、それでも貴方方は無事だった。まずは、それを誇って良いと思います。」

 

 無事だったことを誇る、か。

 むしろ、なぜ他を助けられなかったのか、とさえ言われる可能性も考えていた中で、成果として見られるのは意外だった。


 「山田さん。ありがとうございます。少しは、自分を誇りに思えそうです。」


 そうして、山田さん達とは、マンション前で別れた。

 山田さん達は「また明日。迎えに上がります」といい、なぜか周囲に潜んでいた。


 「いや、帰らんのかい!?まあ、好きにしてくれ。」


 私は体を休めたい一心だったので、一言だけツッコミを入れて、マンションに入った。

 なぜか、後ろから山田さんの声で、


 「これも、仕事ですので」


 という、哀しみにあふれるセリフが聞こえてきたが、努めて無視した。

 そして、部屋の前まで行くと、矢上が玄関の前で待っていた。

 

 「矢上、部屋に入ってなかったのか。別に良かったのに。」


 そういうと、こちらを見て安心したように、

 

 「いや、今朝もあんな感じで別れたでしょう?なんか心配になっちゃって。」


 まあ、確かにそうか。

 私からすると、消えた先で大変だったが、矢上からすれば、いきなり知り合いがいなくなったわけだからな。

 私はできるだけ声を明るくして答えた。


 「今回は、特に何もなかったよ。ほら、夕方とはいえまだ暑いんだから、部屋のクーラーをさっさとつけてくれ。」


 矢上もその言葉を受けて、元気を取り戻したようだ。

 あついー。と言いながら部屋に入っていく。

 私も、懐かしさすら感じる我が部屋(1K)に帰還した。


 部屋に入ると、途中のコンビニで買ってきた飯を矢上と食べ、いくつかの話をした。

 変な空間に連れていかれた話。

 田崎さんという、オタクだけど、運動神経抜群の友人の話。

 川上さんという、一本芯の通った強い人の話。

 戦いの中で、何度か諦めそうになったけど、何とか乗り越えた話。


 話の合間に、矢上は色々聞いてきたので、思いのほか長くなってしまい、時刻は21時を回っていた。

 すると、矢上は立ち上がり、帰る支度を始めた。

 

 「先輩、今日はもう帰りますね。ゲームの話も聞けましたし、何よりこんな大変な目にあった先輩をちゃんと休ませないといけませんしね。」


 結局、最後まで矢上は私のことを気遣ってばかりだった。

 本当の理由は、きっと他にあったはず。

 ただそれを表に出さない後輩に、私は感謝の気持ちで聞いてみた。


 「矢上。今日はありがとうな。ただ、何か言いたいことがあったんじゃないか、遠慮しなくていいんだぞ。」


 健気な後輩に、私はドンとこいという態度を見せ、先輩風を吹かす。

 すると、観念したのか、矢上はまくし立てるように本音を言った。


 「え~、いいんですか?それじゃあ、言いますけど。本当は、先輩に欲しかったんですよ。だって、高い肉奢ってくれるって話だったのに、いなくなっちゃうし。ずっと気になってたんですよ!」


 私は思わず、”ズコー”と机にダイブした。

 いや、お前、肉って。

 確かに、ゲームで拉致される前にそんなことを言った記憶があるが、今の今まで忘れていた。

 なんだかどっと疲れた私は、適当に「次の機会な。」といい、矢上を部屋から追い出す。


 部屋から出るときに矢上は慌てたように、


 「でも、先輩が無事か心配だったのも本当ですよ。御礼も言いたかったし。」


 御礼、なんだそれは。

 

 「御礼って、私はお前に肉を奢っていないぞw」


 すると、矢上は真面目な顔をして頭を下げた。


 「先輩。命がけで戦ってくれてありがとうございました。もし、先輩が負けていれば、きっと俺の命はなかったんでしょう。だから、痛い思いをしてもあきらめなかった先輩には、本当に感謝しています。」


 いきなりの発言にこみ上げてくるものがあった私は、後輩の手前かっこつけるしかなかった。


 「まあ、私の命もかかってたしな。ほら帰った帰った。あんまり遅くなるなよ。」


 こうして、矢上を見送った私は、ベッドに腰かけ、近くのティッシュで鼻をかむ。


 「いきなり、真面目になるなよ。でも、良かった。あいつの命を私は守ることができたんだ。」


 私は、自分が成し遂げたことを誇りに思いながら、安らかな眠りにつくことができた。

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